第5話『山本五十六』

【注意】ほんの一部、フィクションを含みます。


 豆知識:誰もが思い浮かべるあの白と黒のスタンダードなモデルは、五角形と六角形の組み合わせでできている。

 ※お察しの通り、サッカーの話題が続きます(当時はあんなに嫌だったサッカーが、今では有り難くも話のネタに笑)。


 

 私は実は、小学校に入る前にも、少し、サッカーを嗜んでいた。


 それは、祖父が、私が入った小学校の隣の小学校で、サッカークラブの監督をやっていたことに起因する。

 

 正式にそのサッカークラブに所属していた、ということはなく、単に遊びに行かせてもらっていた。

 

 その当時、私は幼稚園生年長さん。そこから私のサッカー生活は始まった。

 

 つまり私は五歳から、サッカーを始めたわけだが、それは十六歳、高校一年生になって、いわゆる『サッカー部ノリ』についていけなくなるまで、続くことになる。



 ◯●◯●◯●◯●◯●◯

 


 五歳から六歳。


 私は、母方の祖父が監督を務める、U小学校少年サッカークラブで、子供の遊び感覚で、サッカーの練習をさせてもらっていた。


 監督である、祖父の権限で、参加で、である。


 いつも決まって、キャンプで使うような折り畳みの椅子に座って、サッカー少年たちの動きを観察する祖父。


 脚を大きくガニ股で開いている。


 手には、地面に戦術の図を書くための細長い木の棒。


 それを、重ねられた両手で杖を地面につくような形で持つ。


 圧があって怖すぎる、ということもないが、威厳を欠いてもいない、ほど良い風格。


 その姿はまるで、旧日本軍の将校が座りながら軍刀を地面に突き立てているかのよう。


 監督としてチームを指揮する祖父は、格好良かった。


 なぜ、そう思うのか。


 祖父は、口だけで説明して、あとは子供たち任せ、ということはしなかった。


 子供たちに何を教える時も、一度自分でやってみせるのだ。


 そう。 


 かの有名な、連合艦隊司令長官、山本五十六いそろくのように。


 皆さんは、彼の、この名言をご存じだろうか。


 やってみせ

 言って聞かせて

 させてみて

 褒めてやらねば

 人は動かじ


 祖父は、それを、まさに体現しているようだった。


 人に物を教える時。


 まずは、自らやってみせ、視覚的に学ばせる。


 次に、言葉で指南し、耳から学ばせる。


 それから、一旦やらせてみる。


 そしてついに、成功したら、褒める。


 できなかったら、また見せる、聞かせる。


 今、思い返してみると、もはや、祖父は、山本五十六の生まれ変わりなのではないか、とさえ思えてくる。


 待てよ……


 本当にそうかもしれない。


 私が、サッカーをしにU小学校へ通い始めた時、祖父の年齢は……


 五十六歳。


 いやいや、そんなのは偶々たまたまだろう。


 そして、祖父の誕生日は……


 五月十六日。


 偶然だろうか。


 本当に、生まれ変わりなのかもしれない、という気がしてきた。


 そう言えば……


 山本五十六の如く、サッカー少年たちに手取り足取り教えてやる祖父に比べて、私が小学生の時のサッカークラブのコーチの指導は、理不尽極まりなかったと思う。


 とりあえずやってみろ。


 だとか、

 

 こっちからなんでもかんでも教えてくれると思うな、学ぶ側がひたすら見て盗め!


 だとか。


 主体性を重んじる、という言い方もできなくはないが、言い換えれば、向こうの手抜き、傲慢である。


 こんなこともあった。


 練習中、隣にいる剽軽ひょうきんなチームメイトが、私にしつこくちょっかいをかけてくるのを手で振り払っていると、連帯責任として、ゲンコツを頂戴したのを覚えている。


 祖父も、山本五十六も、そんなことは、決してしないだろう。



 ◯●◯●◯●◯●◯●◯



 私はふと、気づけば、『山本五十六』について、書いていることに気づく。


 なんだ、書けるじゃないか。


 白状しよう。


 私は冒頭で、「現在執筆中の『山本五十六』というタイトルの伝記小説を仕上げなければならない」と言った。


 しかし、実は「仕上げる」ような段階には至っておらず、原稿用紙の一枚目に、「十字路沿いには、その屋根の頂点に十字架がそびえる教会。」という一文を書いてから、全く進んでいなかったのである。


 なんならその文は、五角の消しゴムで、既に跡形もなく消してしまった。


 今、十六時。


 いつもなら、今日はそろそろ終わりにしよう、と鉛筆を机に置くタイミングである。


 しかし、今日は、また別な気分。


 私は、本日、五月十六日、二十三時五十九分の締切に向けて、伝奇小説『山本五十六』の執筆を、開始した。


 〈完〉

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こちら、奇奇怪怪な自己紹介でございます。 加賀倉 創作 @sousakukagakura

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