第4話『私のシャーペン』
【注意】自慢(に聞こえる)話が苦手な方は、ここでブラウザバックすることを推奨します。過去の加賀倉の痛い言動の数々を連ねておりますゆえ……読者様が不快な気持ちになっても、読んで時間の無駄だった! と仮になっても一切の責任を負いませんので、悪しからず。
私は、学生時代、芯の尖り続けるシャーペンを愛用していた。
そのシャーペンというのは、ペン先に、芯の向きを調節する機構が備わっており、シャープペンシルという名の如く、シャープな文字が書き続けられる代物だ。
小学校の高学年からは、確かシャーペンが解禁されていたか、ルールがなかったかで、小学生の頃から、それを使っていたのだ。
なぜか。
芯を尖らせ続けるという超絶カッコイイコンセプトが、自分にぴったりと思っていたからだ。
人と違うことをやってこそ自分は輝く、と常に信じていた私は、非常に痛いことに、『尖っている自分』の魂をシャーペンに宿して、悦に浸っていたのである。
そこで、我が尖りエピソードの数々をここで供養しようと思う(なぜそうなる)。
【警告】これより、自己満足につき、閲覧非推奨です 【警告】
【WARNING】DO NOT READ SO MANY JIKOMANS BELOW【WARNING】
いきます。
尖りその①『小学校六年生時、通知表オールA』
私は、自分のことを神だと勘違いしていた。
その伝説を打ち立てた後、次の学期に、『自分新聞』なるものを作る機会があった。
その新聞の中で、『個人的大ニュース20XX』という記事を作るように、と指示があった。
その記事というのは、文字通り、今年に入ってあなたが個人的に一番アガったニュースを教えてください、というものである。
ちなみに、その当時の加賀倉の将来の夢は、考古学者になることだったの事前に記憶していただきたい。
そんな将来の影響もあってか、加賀倉少年は、非常に尖ったことを、ランクインさせた。
三位、忘れた。
二位、一学期の通知表オールA。
いや、それを堂々と公衆の面前に張り出す(張り出されました)ものに書くのもやばい。
が、子供とはそんなものだろうか。
一位……
〈〈〈〈エジプト百十八基目のピラミッドの発見!!〉〉〉〉
そんなのうそだ。
絶対オールAが一番良かったに違いない。
当時は流行っていた言葉ではないように思うが、『逆張り』というやつだろう。
次の尖りにいきます。
次のは尖り切れていなくてダサいです。
尖りその②『生徒会長への推薦を蹴る』
中学でも相変わらず、加賀倉は芯の尖り続けるシャーペンを使い続けていた。
中学二年の頃の話。
担任の先生に、生徒会長に立候補しないかと、勧誘をかなりしつこく受けた。
せっかくの誘いを「しつこい」と捉えている時点で、自惚れが激しい。
で、断った。
めちゃくちゃやりたいけど、断った。
やればよかったと、後悔している。
なのにそこまでして、なぜ断ったのか。
「生徒会長への推薦を蹴る自分かっこいい」と、思ってしまったのだ。
表向きは、「僕なんかに、そんなぁ」というような、当たり障りのない断り文句だった。
今思うと、本当に、痛いやつだったと思う。
尖ったシャーペンの芯で脳天をぶち抜かないと、己の愚かさに気づかないだろうけども。
次、尖ります。
尖りその③『習い事のサッカーでの我がプレーにいちゃもんつける親を、勉強頑張って黙らせる』
タイトルが長いのは、やむを得ず、です。すみません。
加賀倉少年は、小学生の時、A小学校少年サッカークラブに入っていた。
だが、サッカーをするのはあまり好きではなかった。
しんどいし、痛いし、砂まみれになって汚いし、夏は暑いし、冬は寒いし、何より汗まみれの他人と格闘するのが嫌だった。
いや、夏と冬に関しては当然か……。
要は、嫌なことづくしで、頑張る気になんてならなかったのである。
そんなとき……
加賀倉の両親は、私のサッカーでのパフォーマンスに大いなる不満を抱いていた。
他チームとの試合があれば、ほとんどの場合、両親は観戦に来た。
本当に来ないでくれ、と思っていた。
試合後、両親が私にかける言葉はいつも、『全然頑張ってない』の一点張りだった。
やだなぁ、頑張りたくもないのに、うるさいなぁ、と思っていた。
もし、改善点の具体的な指摘、ここがこう悪いからもっとこうするべきでうんぬんかんぬん、というのがあれば、耳を傾けたかもしれない。
が、いつも両親の指摘は抽象的で、とにかく『教育』の一環として厳しくしたいだけなのかなぁ、なんて感じていた。
ひどい時は、「今日はお前、試合で頑張ってなかったからご飯はピーマンとゴーヤだ」と言って、私の苦手な野菜軍で波状攻撃を仕掛けてきた。
五十六パーセントくらい、虐待である。
いや、虐待でないにせよ、ひどい仕打ちである。
おかげさまで私は今では、一般に『苦い』とされる食べ物が大好きになりました。大感謝です(憤怒)。
ちなみに、サッカーをやめるという選択肢はなかった。
なぜなら、所詮小学生なわけで、それなりの年月続けたサッカーというアイデンティティを失ってしまえば、大きな喪失感に襲われる上に、小学校内での立場も危うくなるからである。
色々天秤にかけた結果、自身の精神衛生上、ズルズルとサッカーを続ける、という道に進んだわけである。
で、話を戻します。
ある時、加賀倉は、両親の「テメェ頑張ってねーだろ」攻撃から逃れる方法を思いついた。
それが、「やりたくもないサッカー以外の分野で結果を残して『親に
一つの分野で、「こいつやるやんけ」と周りに思わせてしまえば、世の中何とかなると私は考えているのだが、その最初の実践が、小学生の時だった。
そして、尖りその①で示した結果や、それに類する勉強分野の結果を突きつけることで、サッカーの方に文句をつけづらくすることに成功したのだ。
ある時、母親がこんな話をした。
「ねぇ加賀倉、加賀倉のクラスの子のママ友がね、『加賀倉さんみたいな素晴らしいお子さん、ご家庭でどんな教育をされているのか甚だ気になりますわ』って聞かれたけど、特別何もしてなくて答えられなかったわ」
完全勝利である。
両親という、小学生にとって絶対的権威を黙らせた瞬間である。
もう両親は、サッカーのことで、何も文句を言わなくなった。
私は、革命を起こしたのだ。
ここから、私はバチバチに調子に乗り始めた。
尖りその④『PKコーナー』
不思議と、
やはり、一つ上手くいけば他の状態も芋づる式に改善されるものである。
中でも面白いように上手く行ったのは、サッカーの試合で同点にもつれ込んだりした場合に行われる、『PK』、である。
余談だが、ちなみに私が某大乱闘ビデオゲームの中で一番好きな技は、『PKサンダー』である。
本来攻撃用のであるはずの電気エネルギーを、自分自身にぶつけてぶっ飛ばす、という使い方ができる仕様が、本当に好きだ。
話を戻します。
PKの話。
これは本当に得意だった。
小学生用のサッカーのゴールというのは、プロのそれと比べれば、それはお粗末なもので、高さはかなり低かった。
とは言え、第二次性徴のまだ来ていない子供というのは本当におチビちゃん(当時は私もそのうちの一人)である。
だから、ゴールの枠内でも、高いところの球を取れるキーパーはほとんどいなかった。
そこで、である。
加賀倉は天才的なPK攻略法を思いついた。
それは以下の通り。
「ゴールの角、右上か左上を狙えば、小学生の背の高さではまず取れない」
本当に、面白いように、その通りだった。
コースがバレバレな蹴り方をこちらがしたとしても、キーパーは絶対に取れないのである。
いわゆる、『禁止カード』というやつだろう。
だが、当時は合法だったので、その攻略法を使いまくった(今は合法かどうか知らない)。
周囲はこう言った。
「あいつは角に蹴ってくるから本当にせこい」
はい?
あなたもすればいい。
当時は心からそう思っていた。
が、今思えば本当に嫌なやつである。
また他にも、ちょっとした大会で、ありがたくも『優秀選手』の賞状をいただくこともあった。
お前のような自惚クズは、生徒会長でなくその賞こそ辞退するべきだろう! というツッコミの声は、タイムマシンを発明して過去の加賀倉に届けてください。おそらく聞こえませんが。
そんなふうに、サッカーに関しても上手く行ってはいたのだが……
ちょっと不満もあった。
良くも悪くも、人間とは満足しない生き物なのである。
で、不満というのは、『ポジション』についてである。
加賀倉のポジションは、主に『フォワード』だった。
要は、『攻』める役だ。
だが私は、本当は『守』る方が好きで、中でもサイドバックがやりたいと思っていた。
なぜ『守』りたかったか。
理由はこうだ。
『攻』めて、いくら点を取っても、こちら側のゴールにボールが入ってしまえば、負ける可能性がある。
しかし、『守』って、失点さえしなければ、決して負けることはないからである。
この論理は、
とにかく、私はそう感じ、『守』る役が良かった。
これを踏まえた上で、次はラスト・トガリです。
尖りその⑤『ボール横取り大魔神』
中学に入っても、サッカーは続けた。
特に他にやることもなかったし、小学校の少年サッカーチームの面子も多かったのもあって、とりあえずサッカー続けるよな? 的な同調圧力があってそれに屈したのも事実だ。
そして、嬉しいことに、加賀倉は、ディフェンスを任せてもらえた。
ディフェンスの中でも、サイドバックというポジションだ。
サイドバックのいるあたりには、敵のフォワードが、ガンガン攻めてくる。
こいつをおちょくるのが、本当に楽しかった(性格悪い)。
『インターセプト』なるものがある。
英語の日本語訳を考えれば、そのままの意味ではあるのだが、要は『横取り』とか『迎撃』とかいう意味だ。
インターセプトの流れはこうだ。
其の一、加賀倉は、ニヤニヤしながら、パスが来そうな敵フォワードに目星をつける。この時、その敵にベタベタに張り付くことはせずに、泳がせておく。
其の弐、点を決めたい敵が、前線にいる加賀倉が気にかけていたフォワードにパスを出す。
其の参、待ってましたと言わんばかりに、ボールを横取りし、カウンターを決める。
これが本当に気持ちよかった。
ありがたくも、加賀倉の小説の書き方のスタイルをご存じの方がいらっしゃったなら、お気づきかもしれないが、私は大の伏線厨で、
【注】神に誓って、現実世界で詐欺師はやっておりません。
【注】加賀倉は無宗教です(意味深)。
【注】自分でややこしくしてしまいましたが、本当にやっていません(普通に確実にその時間を小説書くのに充てます)。
そんな私にとって、この『インターセプト』は、脳汁で床がビシャビシャ案件なのである。
パスを横取りされた敵は、シンプルにイライラする。
その上、「自分は動きを読まれていた」とプライドも傷つく。
さらにさらに、インターセプトが連続で続くと、イライラのせいでプレーも不安定になり、ミスが連発。
挙句の果てには、怒りのあまり、加賀倉に対し、ネタニヤフも真っ青のラフプレーによる報復攻撃に出て、運が良ければただのファウル、よくあったのはイエローカード、運が悪ければ
最後、調子がいいのでおまけでもう一度尖ります。
尖りその⑥『スライディング特攻隊長』
相変わらずサッカーの話です。
(小学生時代のサッカーイヤイヤボーイは何処?)
中学サッカーでディフェンスをやる中で、一番のピンチはもちろん、『失点』の危機が訪れた時だった。
中でも、敵フォワードに
しかし、最終手段がある。
それが、『スライディング特攻』である。
もし、抜かれたら、あるいは、敵の方が技術が上手だ、足が速い、と感じたら、ファウル覚悟のスライディング。
抜かれてもどうせ失点なら、最悪、フリーキックやPKを取られたって戦局には影響しない。
むしろ、軽めのファウルとして取られて、主審が笛を鳴らせば、味方が自陣に帰ってくる時間稼ぎにすらなる。
そもそも、明らかに敵に向けたスライディングでない場合、例えば、敵がこの後走るであろうルートを防ぐ目的でのスライディングだと主審に判断されれば、まずファウルにはならない。
置いてある石ころに、自らぶつかり行くようなもの、とみなされるのだ。
ちなみに私は試合の度に、数え切れないほどのスライディングをかましてサッカーシューズをボロボロに破りまくったが、ファウルを取られた記憶はほとんどない(都合の悪い記憶は削除しているだけかもしれないので注意が必要)。
サッカーというスポーツは、選手としてフィールドに立つ限りは、戦術が極めて重要である。
というか……
己が尖りを示そうとしたら、『サッカー論』になってしまったので、一旦ここで切り上げて頭を冷やします。
〈次へ続く〉
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