第3話『私の鉛筆』

 執筆開始から、六時間が経過した。

 

 私は相変わらず、原稿用紙に、HBの六カク鉛筆で、黒鉛を原稿用紙に擦りつける。


 ちなみにこの『鉛筆』という、偉大な力を備えた文具によって、紙に文字が書ける仕組みは、以下のようである。


 黒鉛、又の名はグラファイト。これが、原子番号六番、炭素の原子が六つ集まって正六角形を作る。


 この黒鉛の六角形が平面上に多数連なっているのだが、それら六角形同士の結合が、弱くがれやすいために、擦り付けると、紙の方に乗り移って、字がかける、という原理である。


 そんな蘊蓄うんちくを脳内で垂れるほどに、今、鉛筆の動きが止まっている。


 私は六角鉛筆を、コロコロと転がす。


 この、可愛らしい高い音が、心地よく、たまらないのである。


 その昔、『バトル鉛筆』というのが流行ったのをご存知だろうか。


 鉛筆を使った、一対一の真剣勝負。


 とは言っても、某魔法学園もの児童文学の、杖を駆使して戦う『決闘』とは異なる。


 鉛筆一本に、一つのキャラクターがデザインされている。


 キャラクターのバリエーションは、いかにも子供の好きそうな、ドラゴンだとか、悪魔だとか、戦士だとか、そんな具合である。


 キャラクター毎に、体力が設定されており、敵の体力を、先にゼロにした方が勝ちである。


 六角鉛筆の各面には、そのキャラクターの使う『わざ』が書かれている。


 自分と相手、両者鉛筆を同時に転がして、出た面のわざを使って、勝負する、というわけだ。


『攻撃』のわざ、『防御』のわざ、『回復』のわざなど、さまざまな種類の技があるが、キャラクターによって、それらのバランスはまちまちである。


 稀に、『五角』の変わり種のバトル鉛筆があった。


 この五角というのは、本当に強かった。


 わざの総数は、鉛筆の角の数に比例するので、五角だと、六角に比べ単純にひとつ技が減り、そこがデメリットではある。


 しかし、ここでひとつ、想像していただきたい。


 転がして静止した、五角の鉛筆を真上から見ると、角が頂点に来て、二つの面が確認できる。


 なんと、五角鉛筆は、この二面から、好きな方のわざを選択できるのだ。


 つまり、場面に応じて、戦術を使い分けることが可能な、チート級の鉛筆なのである。


 他にも、五角か六角かに関わらず、強いキャラクターになると、キラキラと輝く加工がなされているものもあったりした。


 それらをカードゲームのように集めては、コレクションにし、毎日眺めてニヤニヤしていたのを思い出す。


 私は小学生の頃、このバトル鉛筆に熱中したので、親に買ってくれとねだったり、クリスマスプレゼントに頼んだりしたことがあった。


 小学三年生のクリスマスの時に、『サンタクロース』の正体に気づいてしまった私は、どこにプレゼントが眠っているのかと、師走の下旬、押し入れを毎日漁っていた。


 その時に、たくさんの『バトル鉛筆』の入った白い袋を見つけた時のことは、鮮明に覚えている。


 両親がこの文章を読むことが、あるかはわからないが、ここで、謝罪しておこう。


「お母さん、お父さん。せっかくこっそり準備して、私に見つからないよう隠してあったクリスマスプレゼントを、血眼ちまなこになって探すような真似をして、ごめんなさい」


 よし、これでみそぎは済んだだろう。


 あと、杞憂きゆうには違いないが、もしこの文章の読者の中に、サンタクロースの正体を知らない方がいらっしゃるのであれば、この全人類共通のパンドラの箱についての、盛大なネタバレを、お許し願いたい。


 ひょっとすると、「サンタクロースはフィンランドに実在する」と言う方がいるかもしれない。


 残念ながら、そういった気を衒う切り返しマジレスは、こちらでは受け付けていないので、悪しからず。


 閑話休題。


 このバトル鉛筆は、小学生の私にとって、学校でも遊べる心強いツールだったわけだ。


 しかし悲しいことに、バトル鉛筆は、教師たちに目の敵にされる玩具おもちゃに相当した。


 私の通っていた学校では、バトル鉛筆の校内への持ち込みは、ある時から禁止になった。


 ちなみに、その悪夢のような『法律』が施行されてからというもの、私も含めた鉛筆決闘者えんぴつデュエリストたちの成績に、特に変化は現れなかった。

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