第4話 白百合の散る夜に


 夜、私立天原学園のグラウンドは投光器によって照らされていた。

「本当に、君なんだな」

「ええ、影追香の示した通りよ」

「どうして殺した」

「もっと強くなるために。私の残影は命を喰らうの。喰らえば喰らうほど増えて強くなるの」

 そんなことのために。

 人の命が犠牲になったというのか。

 レオンは怒りを隠そうともしない。

「お前は強さの先に何を求めている? 何になるつもりだ」

「知ってる? 一人殺せば犯罪者けれど百人殺せば英雄だ。って言葉。私はね英雄になりたいの」

「馬鹿げてる!!」

「フフッ。そうかもね。でもこの力と条奏院家の財力があればなんでも出来ると思わない? 例えば国家転覆とか」

「させない。君は、条奏院一花は、今日、ここで俺が殺す」

「出来るかしら。出来損ないの投影遣いに」

 カッターナイフを取り出すレオン。

 対する一花は。

「影、幽かな虚ろを実に」

 ――詠唱。

 おそらくそれが彼女の影幽を起動するための一工程ワンアクション

 レオンはすぐさま手首にナイフを突き刺す。

「投影ッ!!」

 刃が形成される。それを手に一つ、二つ、三つと増えていく一花に向かう。

「アハッ! 怖いんだ」

「何故笑ってられる! 何故人を殺せる! 何故俺の前に現れた!」

「気になる? 気になる?」

「答えろォ!」

 一体目の分身を一刀の下に斬り伏せる。しかしその隙を突かれて二体目のタックルをモロに喰らう。吹き飛ぶレオンは柵にぶち当たる。

「わあ痛そう」

 しかしすぐさま反撃に移るレオン。二体目の残影を蹴り飛ばすと返す刀で三体目を斬る。

「へえ、やるじゃん」

「答えろ。条奏院一花。お前は何者だ」

「テロリスト。そう言ったら満足?」

「赤点だ。追試からやり直せ」

「ざぁんねん。気に入ると思ったんだけどな。新しい世界をさ」

「新しい世界だと」

「そう影幽だけで作られた新たな国家、もう人の目を忍ぶ事のない異能者の集い。そんなものを私は貴方に貴方達に作りたかった」

――いらない。そんなものはいらない。少なくとも君と過ごした日々に比べたらそんなものに価値は無かった。

 刃を握り直す。蹴られた二体目が起き上がるところだ。斬りにかかろうとしたところで。

「ねぇなんで私が叶さんを見逃してあげようとしたか分かる?」

 そんな質問が飛ぶ。レオンは残影と鍔迫り合いになる。

「まさか」

「流石にヒント出しすぎたかー。そうだよ。彼女も影幽」

 レオンは迷いを振り切り残影を蹴散らす。そして一花に刃を向ける。

「終わりだ。生徒会長」

「一花って呼んでくれたのに。あの情熱はどこへ行ってしまったの?」

「俺は新しい世界なんていらない。そんなものを作ろうとしている奴がいるなら誰であろうと殺す」

「へぇ……だってさ

 レオンは振り返る。そこには金色の髪の少女がいた。

「私も……異能者……」

「……ごめん、気付けなかった」

「なんであんたが謝るのよ!」

「どうする叶さん? どっちに来る? 差別される現実か、受け入れられる新しい世界か」

「そ、そんなの」

「そんなの……なに?」

 叶は言葉に詰まる。ニヤニヤと一花は笑っている。レオンは刃を笑顔の主に向けたまま動けないでいた。まだ彼女は戻れる。人が死ぬ場面なんて見ずに帰れる。そう思った矢先。

「影、幽かな虚ろよ実に、百の鬼が夜を行く」

 詠唱、影幽を使う一工程。

 大量の異形が地面から湧いて出る。恐らく人型と違って一体一体に大した戦闘力はない。だが数が数だ。レオン一人で相手するのは厳しい。

 しかし、まだ影幽に目覚めてもいない叶を頼る事も出来ない。

「形勢逆転ねレオン。降伏はしてくれない?」

「しない」

「じゃあ――死んでくれるかしら」

 一斉にレオンへ飛び掛かる異形達。その牙が爪が黒曜石の少年に突き刺さろうとしていた時だった。

「だ、ダメェェェ!!」

 叶の声が響く。

 そう、影に響く。

 影幽、第三の力。

 その名は――

 影によって空間を支配する力は瞬く間に異形達を無力化した。

「――は?」

 一花は茫然としている。

 レオンも混乱のまま叶を見る。

 叶も自分が何をしたか分からないでいる。

「叶さん、あなたどっちの味方なの」

「わかんない、わかんないけど、そいつは私の家まで来て、それで、覚悟を示してくれた。だから、私もそれに応えなきゃって!」

「ふぅん」

「……形勢逆転だな」

「みたいね、あーあつまんないの」

「これから死ぬのに呑気な奴だな」

「本望よ? 貴方に殺されるなら。こんな格好の悪い最期は……ちょっと予想してなかったけれど」

 それ以上の問答は無く。

 一花の心臓に影の刃が突き立てられた。

「さよなら、好きだった」

 一花の血の気が引いて行く。彼女は最後の力を振り絞る。

「これで貴方も同類ね」

 対するレオンは。

「覚悟はとうに出来てる」

 と答えた。

 そして条奏院一花はこと切れた。

 叶がレオンの下に駆け寄り手を取る。

「どうした」

「約束して……黒尾くんは生徒会長みたいにはならないって」

「ああ、善処するよ」

 きっと血濡れた自分に向けられるには無垢過ぎる感情に。

 レオンはただ目を細めて微笑む事しか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

影幽譚~英雄とは語られずに~ 亜未田久志 @abky-6102

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ