教えて欲しくば弦に聞け!

おるか。

第1話 落ちこぼれとキモサベ。

 星歌せいか音楽高等学校。日本中の音楽の才能のある者だけが入学を許される音楽の名門。

 試験には面接を含めた楽器・声楽の実技試験、更に筆記試験も周辺では最難関。

 まさにエリート中のエリートのみ通える学校なのだ。

 部活動は運動部も存在し大きな成績を残しているが、もちろん音楽系の部活動でも負けを見ることはない。

 特に軽音楽部は最も成績を残している強豪で、今まで何組も有名なバンドを排出している。

 そんな優秀な部活でも、いわくつきだったり人嫌いだったりする落ちこぼれは一定数いる。これはその、落ちこぼれたちの物語。





「っだーーーーっもうっ!」

「うるさ」

 ここは星歌軽音部活動場所、第二音楽室。の隣にある準備室。

 今まで掃除がされなかったために物置と化し、使われなくなった吹奏楽部の譜面の原本やら誰かが持ち込んだのだろうレコードやら野菜の形を模したマラカスやらが散乱していた。

 その事に大変困っていた音楽教諭及び軽音楽部顧問の浅山あさやま雅子まさこ氏は、軽音楽部員に準備室の掃除を言い渡した。しかし掃除に取り組んでいるのは、たった二人。軽音部内で、〝落ちこぼれ〟と卑下される二人だった。

「だって果てしなくない?!もやだよ紙の山みるの……」

「ならあっちのマラカスとレコードとアコーディオンやって」

「どっちにしろ同じだし!てか項目増えてるし!!」

 限界だと言わんばかりにキャンキャン喚いているのが椎名しいなあめ。大好きなバンドに憧れて星歌軽音部を志しやってきたが、とてつもなくギターが下手でどのバンドにも入れてもらえず、現在に至る。なぜこの学校に入学できたかは、全く持って謎である。

「だったら黙って片付けろ。口より手を動かせ」

 椎名を罵りつつテキパキと山を片付けているのは朔波さくなみけい。バンドを組んでいた親の影響でベースを始めて十年、プロも顔負けの腕前に育ったがそれに引き換えたように人付き合いが全くできず、バンドの誘いもすべて断ったために彼女も又落ちこぼれと言われる一人となった。

「圭ちゃんだって口動かしてるじゃん」

「私はそれ以上に手動かしてるから」

「こンの……」

 能天気と一匹狼。

 この全く反対な性格をした二人がなぜ一緒にいるのか、それは二人が同じバンドの仲間だからである。 

 二人が自主的に組んだわけではない。この軽音楽部で一番の人気と成績を誇るバンドによって勝手にのだ。


 彼女らの名前は『RAVE.』。バンドメンバー全員が二年生であるにも関わらず、ただならぬ実力と人気を誇っている、所謂スター集団である。

 特に人気があるのは、ボーカル兼ギター担当でバンドのリーダー、魏衣たかいエレイナだ。

 容姿端麗頭脳明晰、おまけに人当たりも良く、一度会えば皆虜になってしまう魔性の女。しかしそれは表の顔で、本当の彼女は他人をけなし見下ろす最低な人間である。その他のメンバーは彼女の取り巻きに過ぎない。

 彼女らは仲間の居ない椎名と朔波を見下し、嘲笑した。他の部員は彼女らの反感を買わぬように見て見ぬふりをした。

 そのうち魏衣は二人を勝手にバンドに位置づけ、雑用まで押し付けていくようになった。

 朔波は彼女の所業など気にもとめずバンドを組んだこともなかったことにしようとしていたが、椎名の猛烈なオファーによって押し切られ、存続することとなった。

 そうは言えど扱いが酷いことは変わりなく、今日も又、全員に任されたものを二人のみでやっているのだ。


 活動時間終了から暫く経った午後八時三十分、やっと準備室の床が見えるようになった。

「やっとここまできたか……」

「ねーえ圭ちゃんお腹すいた何か買い行こうよー」

「購買やってないから無理です」

「えー……ったく、魏衣さんたち、全部私達に押し付けちゃってさぁ」

「もう帰ってるだろ」

「だから言ってるの!あー駄目限界。もう圭ちゃんコンビニ行こ」

「今日何時に帰れるんだろうな」

 この学校には最終下校時間というものが原則設けられていない。楽器というものの性質上音が出る為、家での練習ができない場合が多い。その為学校に残って練習できるよう、最終下校時間は設定されていない。しかし、流石に二十一時、二十二時になると警備員に注意されてしまうのだが。

 そういう訳で活動時間を過ぎても尚学校に残された二人は、腹ごしらえの為学校から少し歩いた所にあるコンビニエンスストアへと出発した。


 星歌音楽高校に一番近いこのコンビニエンスストアには、普通のコンビニエンスストアには売っていないものが売っている。ギターやベースの弦、楽譜、オイルやクロス等だ。

 最も、コンビニエンスストアなのだから原価より少々高額だし、種類も少ないのでここで買うくらいならと駅近くの楽器屋に行く生徒が殆どなのだが。

「はーもー雨ヤダ」

「今は梅雨だ。逃れようがない」

「どれにしよっかなー。圭ちゃん決めた?」

「コーヒー牛乳」

「いつものかー。私どうしよ」

「サンドイッチとかにしときなよ。お母さん、夕飯作ってくれてるんじゃないの」

「確かに」

 銘々商品を物色していると、入り口付近からクスクス笑い声が聞こえてきた。

 このコンビニエンスストアには入り口付近にフードコートがあり、購入した商品ならそこで食べることができる。声は、そのフードコートからのものだった。

「あらあらこれは、落ちこぼれツインズのお二人じゃないの」

「お掃除ご苦労さま〜」

「こんな時間まで頑張ってるなんて、余程お掃除が好きなんだね」

「ミス浅山にもお伝えしておくよ」

「これからも…頑張って頂戴ね」

 同学年の五人組、顔見知りの彼女らは二人を嘲笑していた。

「『RAVE.』……」

「行くぞ椎名」

「……うん」

 二人はセルフレジで手早く会計を済ませ、コンビニエンスストアを後にした。


「っもうあったまきた!」

 準備室に帰ってきてからというもの、椎名は激怒していた。

「何なのあの人達!人の心ってないのかな!こちとらあんたたちのせいでこーんなに遅い時間まで練習もせずに残ってるっていうのにさぁ!」

「練習しても上手くなんないだろ椎名は」

「そこ!お黙んなさいっ!」

 掃除の結果広く空いた床にどかっと音を立てて座り込む。朔波もその横に椅子を持ってきて腰掛ける。

「私だって下手でいたいから下手なわけじゃないもん」

「わかってるよ」

「圭ちゃんだって好きで人と関わらなくなった訳じゃないでしょ」

「やかましいわ」

「……何で私達ばっかりこんな扱いを受けなきゃいけないんだろ」

「……さあね」

 それきり黙り込んで、暫く買ってきた品を食べていた。


 食べ終わった頃、椎名が再び大きな声で叫んだ。

「やしっ、続きやるか!」

「噛んだな」

「気にしないのっ!」

 二人は壁にびっしり並んだ棚を見渡した。

「でかいな」

「これ掃除する必要ある?出したほうが逆に汚くなりそうなんだけど」

「浅山先生が何て言うか」

「あーやだやだ想像したくない」

 二人のやる気は殆ど無に帰した。

「……じゃあ私こっちからやるから、椎名奥からやって」

「うぁーい」

 二人は棚にびっしり詰まった楽譜の整理に取り掛かった。午後九時二十分である。

 椎名が任された棚には基本的に軽音楽部が所有するバンドスコアが収まっていた。どれも日に焼け埃を被り、所々破れていた。

「…………やるか…」

 端に収まったバンドスコアに手をかけ、思いっきり引き抜いた。

 それが最後、朔波の視界に椎名は居なくなった。代わりに、大きく埃っぽい紙の山が現れた。

「おい、生きてるか」

「……なんとか」

 紙の隙間から親指を立てた手が現れた。

「何したらこうなるんだ」

「軽く引っ張っても抜けなそうだったから思いっきり引っ張っちゃった」

「馬鹿だな」

「何とでも言ってけれ」

 紙の山から椎名は起き上がった。幸いにも怪我はないようだ。

 椎名が見上げた先の三段ある棚の上段は空、つまりその段のすべてが落ちてきたのだろう。

「どうすんのこれ」

「もちろん掃除するよ。一気に出せて寧ろ手間が省けた……」

「…何」

「何だろあれ」

 椎名が指差したのは空いた上段。先程の衝撃に耐え落ちなかったものがある。

「……CDケースか?」

「よいしょっと」

「きったね」

 椎名が立ち上がった拍子に崩れた紙束と舞い上がった埃に朔波は後ずさる。

 気にもとめず棚に残ったものを手に取る。

「CD入ってる。……『Ke-Mo Sah-Bee』?」

「は、キモサベって、あのMrs.GREEN APPLEの?」

 Mrs.GREEN APPLE、朔波が尊敬するロックバンドである。

「……『ソウル・ストリングのキモサベ達』だって」

「は?ちょっと見せて」

 椎名から奪ったCDには、たしかにこう記してあった。

『Ke-Mo Sah-Bee/Mrs.GREEN APPLE

 by ソウル・ストリングのキモサベ達』

 CDはかなり古いようだったが、保存状態が良く、中身だけ見れば最近の物と言われても分からないほどだ。

「マジでなんだコレ」

「ちょっと聴いてみようよ」

「は、冗談だろ?大体片付けも終わってないし、今汚れたばっかりだろ」

「気になるでしょ?圭ちゃんも」

「……そりゃまあ気になるけど。でもプレイヤーないだろ」

 そう言われるや否や、どこからか取り出したプレイヤーを掲げドヤ顔をする椎名に、朔波は呆れ顔で降参を認めた。彼女が椎名に降参したのは、これで二度目だった。


「どっから持ってきたんだよこれ」

「横見たら転がってた。コード刺すとこコード刺すとこ……」

「そこに一個ある」

「おお、ナイス」

 コードを挿し込むと、ディスプレイに明かりが灯り上面にある蓋がパカッと開いた。

「なかなかにハイテクだね」

「どこがだ。さっさとセットしろ」

「へいへい」

 割れないように丁寧にするも、その必要はないとでも言うようにCDはかちりと音を立てぴったりとそこに収まった。開いた蓋もまた丁寧に閉める。

 するとディスプレイの表示が切り替わり、数字が進み始めた。

「わ、始まっちゃった」

「やっぱボロだな」

 ディスプレイの数字が〇:〇三になった頃、激しい勢いの、鮮明で高らかな音楽がスピーカーから放たれた。

「……うわ」

「やべえ……上手い」

 まるで嵐にも似た衝撃だった。

 鮮烈に駆け巡るギター、軽やかなキーボード、場を締めるベースに、安定で支えるドラム。

 そして、歌声。

 透き通っていながらも芯があり、原曲が男性ボーカルであるにも関わらず一音も外さない、女性の声だった。

 それぞれの楽器、歌声は一つになって大きな世界になった。

 壮大で美しい世界の中に、二人は一瞬にして飲み込まれた。


 ―♪


「……すごい、すごいとしか言えない」

「本家とは又違う何かがあった……」

 二人は暫くその余韻に浸っていた。プレイヤーが古かったお陰か、再び再生されることはなかった。

「でもマジで謎深まったぞ。何なんだこれ」

「あ、圭ちゃん、これ」

 そう言って椎名が指差したのはCDケースの中央、丁度CDが収まっていると隠れる位置に何か書いてあった。

「『キモサベ。

 親愛なる友人よ、永遠に』……?」

「きっとこの曲演奏したバンドの名前なんだよ!『キモサベ。』って」

「いや分かってるわ」

「よし決めた!」

「うわっ、何」

 気にもとめず椎名は勢いよく立ち上がった。

「このCD作ったバンド探そう!」

「はあ……はあ!?」

 朔波はこれまでになく焦った。

「いやいやいやいや」

「圭ちゃんだって気になるでしょ?こんなカッコいい先輩達が今どこで何してるのか」

「知ったところで何も生まないだろ!」

 朔波だって気になっている。

 元々大好きで憧れているバンドの曲、その原曲とはまた異なっていながらも曲の良さを消さない完璧な演奏。

 そんな事ができるコピーバンドに、彼女は未だ出会ったことがない。

 それでも止めるのは、知ってしまうことが怖いからか、単に面倒なだけか、そのどちらもか。

「そんなこと言ってたら何もできなくなっちゃうじゃん!それに、きっとこれは今の現状を変える大きな一歩につながると思うから」

「は……?」

 朔波は切れ長の目を見開く。

「今私達は、大きな問題を抱えてる。せっかく軽音やりたくて来たのにバンドは組めない練習はさせてもらえない、おまけに雑用も押し付けられて笑い者。でもこの人達連れてこられれば、どうやってかは分からないけど変えられそうじゃない?」

「……」

「このバンドは、例えあの人達でも敵わない」

 本当にこいつを信じて良いのか。確かにこのまま放って置きたくないし、が終わるな是非ともそうしたい。しかし何もわからず寧ろ事が悪い方向に進んでしまったら――でも…

 おずおずと顔を上げれば、そこにいるのは挑戦的に笑う椎名。

 大きく丸い瞳に、雨が上がった空に現れた月の光を反射させて、きらきら輝かせている。

「どう、圭ちゃん。〝やってみる価値〟はあるでしょ?」

 ――こいつとなら、解決できるかもしれない。

「……まあ」

「よっしゃ!!」

「いいか?情報尽きたらそこで終わりだからな?」

「わかってる!」

 朔波を説得できた嬉しさにか、立て掛けていた自身のギターをジャカジャカ鳴らす椎名。それを見て朔波は選択を間違ったかもしれないと、一人思った。

 その時、準備室から音楽室につながる扉がゆっくりと開いて、優しい顔立ちの男性が顔を覗かせた。

「君達、何してるんだい?もう十時を過ぎたよ」

「あっ青山あおやまさん」

 青山俊夫としお、星歌音楽高校の警備員で、いつも遅くまで残されている二人とは顔見知りである。

「すみません。すぐに帰ります」

「えっあ圭ちゃん、待って!」

 すぐに荷物を持って出ていってしまった朔波に大声で呼びかけながら、わざわざ出した自慢のギターを急いで仕舞う椎名だった。


 この後、三十分に一本しか来ない電車に乗る為急いで走ったがために、道中にある坂で野良猫につまずき盛大に転んだ椎名を朔波は捨て置くのだが、それはまた別の話だ。




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