【悲報】パーティーを解散しようとしたらその前に全滅した

虎と狸の蚊は参謀

第1話

 長閑のどかに遠く夏空を眺める様な舗装していない田舎道を揺られながら走る狭い車の中で無神経な大声が響き渡る。


「なんだよ、ばっかじゃね?プジョーったらよ、あの〇産のブレーキとアクセル踏み間違えてクルマパーにしちまったんだぜ?目ん玉はどこについてんだよ、なっさけねぇ!あーっどんくせぇ!まるで80のジジィじゃん。免許返納すっか?」

「トド、そんなにいじめんなよ。なんのかんの言ったトコで運転できるの俺らん中でプジョーしかいねぇんだからさ。もう少し優しい言葉掛けてやんないとオンナ寄り付かないぜ?振られたって知んねぇぞ」

「ジューイ、トドはもう手遅れだから言うだけ無駄だって・・・プジョー、失敗なんて誰にだってあるんだから気にしないの」

「リエちゃんありがと・・・トドなんか・・・!」


 大学でツルんでる俺らの他愛もない会話はいつもこんな風に進む。ここは少々どころかとっても運転に不安のあるプジョーがハンドルを握る車の中。実は郊外の山の中腹にあるダンジョンへ潜るための移動中だったりするんだ。


 のっけから運転の上手くないプジョーをディスりまくっているのがその彼氏のトドこと八十八騎トドロキ ハジメ段平だんびらを振り回してメイン火力を気取る大男だ。

 その大男をいさめようとしていたのが俺、タンク役のデブのジューイこと十い。なんて読む?解んないだろ?これに俺は20年苦しめられてきたんだよな。ヒントは数を数えれば何となく納得できるかも。

 1、2じゃなくてひとつふたつってやってけば解る筈だ。・・・やっつ、ここのつ、とうってね。


 ほら十って『つ』が付かないだろ?だから『つなし』。名前のいは五十音順じゃない昔からある音の順番を思い出してくれ。


 いろは順の『い』ってヤツさ。いろはの最初だから『はじめ』って読むんだとさ。数字の一を『はじめ』って読ませるのと同じ発想だって言ったって誰が読むんだよ。ウチのクソ親ったらマジで脳ミソいてっからさDQNとは違った方面のめんどくささだろ?おかげで俺は陰キャに育っちまったのさ。『あ』で『はじめ』の方が説明がめんどくさく無いのにな。だからそのまんま読んでジューイってみんな呼ぶんだ。トドの頭も『はじめ』って呼ぶから俺らの中じゃ下の名前で呼ぶ習慣は無いんだ。トドんトコもウチとおんなじで頭にウジでも湧いてたんだろうな。


 紹介、途中だったね。トドにあきれてたのが大学のマドンナを自称するヒーラー兼リーダーの生天目ナバタメ 鷲理愛登ジュリエット。れっきとした日本人だ。胸部装甲は充実しすらりとした長身でストレートのロングヘアが似合う活動的な美人で実家が外資系の日本法人をいくつも経営してるようなお嬢様とかまばゆすぎて陰キャな俺としては側に寄りつきたくもない存在だな。実は名前が唯一の欠点と本人も思っているみたいでジュリエットと呼ぶなとリエってみんなに呼ぶように強制してる。きっと周りにロミオなんてのがいたら心中しなきゃなんないから嫌なんだろうけど。プチ情報だけどお兄さんは覇群登ハムレット


 最後はトドの彼女ことぽっちゃりちゃんのプジョーこと御手洗ミタライ 手洗ティアラ、我がパーティーの最大火力攻撃術師輸送係運転手だ。なんでプジョーかってぇと御手洗→WC→お不浄→プジョーって連想からだそうだ。女の子にお不浄は無いと思うぞ、トド。ここは両親がぶっ飛んでて大掃除してたら昔の血染めの特攻服が出てきてどうのこうのって恨めしそうにぼやいていたな。当の本人たち両親は当時の血を血で洗う闘争を懐かしんでいたそうだけどさ。


 この素直に名前が読めない四人が集まって探索者パーティ甲種団体『始原の太陽』って訳。探索者ってのはわざわざ危険なダンジョンに潜ったり血の匂いしかしないような事件に無理やり首突っ込んだりとロクな事をしない連中の総称で、俺らも暇な大学生活をエンジョイする一環としてその界隈じゃ少しは名の知れた存在って奴になっているんだ。


 でもそれももう終わりって事なんだよな。俺らも大学三年でさ、いつまでもモラトリアム気取ってられる訳無いだろ?潮時だから解散しようって事で最後の冒険をしようって最近話題になってるダンジョンに向かってるんだ。ハタチになったから暴〇族辞めますってのとレベルが変わんない事はトド以外は自覚があるから詰めないでくれるとセイシンエイセイ上嬉しいな♡


 リアルな話、就職活動もトドは腕力と体育会系の伝手で一部上場企業の内定をもうもぎ取ってるし、リエは親の息がかかった外資系の商社に役付きで入るのが決まってるし、プジョーは花嫁修業で家事手伝いをするんだそうだ・・・俺以外はちゃんと先が決まってるって事さ。

 俺も家事手伝いになりたいよ。そう親に言ったら火事を手伝うって放火でもする気か消防署を敵に回してこの先商売やってけないだろって返されてお終い、誰が上手い事言えって言ったのさ、ったく。アタッカーでもヒーラーでも無い探索者って就職に何のメリットも無いのよね・・・どこにいってもお祈りメール不採用通知しか貰えない。家業を継ぐとか真っ平御免だからな、零細のポンプ屋とかやってられっか!


 んで車が舗装もしてない田舎道のせいで土埃つちぼこりまみれまくった頃、ようやく俺らは無事に目的のダンジョンへと到着した。

 夏の日差しもやや傾き鬱蒼とした林に囲まれた洞窟、千葉県指定甲種第三異界通称『鬼の棲み処』だ。

 まぁ甲種とはいえ国指定じゃなくて県指定だから底が知れてるってもんだけど最近潜ったまんま戻ってこない甲種や乙種の免許持ったパーティが続出しててネット上でも話題になってる場所なんだ。


 当然入場規制もやってるんだけどそこはそれ、俺らって甲種のパーティだしリーダーのリエの顔とコネそれからトドの無神経なまでの押しの強さで簡単に突破・・・出来ると思ってたらリエの親から手配が回ってて拘束されてそのまま送還、なんて恥ずかしい事態になったんだ。


「なんでリエの顔パスが効かねぇんだよ!俺は国の甲種の『樹海の果て』にだって潜った事あるんだぞ!」


 トドよ、潜ったって言っても樹海の果てじゃお前幽霊にビビッて何の役にも立たなかっただろうが。あそこじゃいつもお前がバカにしてたリエとプジョーの頑張りで生還できたじゃないのさ。俺は・・・肉盾として満身創痍でレディたちリエとプジョーを守り切っただけだけどさ。


「パパね!これが最後だからって念を押して邪魔しないように言ったのに!」


 リエも落ち着きなって。君の顔の広さとか見た目に目を付けてトドがキミをリーダーって事にしてただけで君には何の決定権も無かっただろ?まぁ俺にも決定権なんて無かったけどさ。

 それにお飾りのリーダーって事に嫌気が差してたじゃない。これこそ潮時ってもんだよ。今度婚約だってするんだから自分を大事にしなって。


「ローンが、ローンが残ってるの。だからダンジョンでいっぱい稼がなきゃいけないの。ダンジョンにさえ、ダンジョンにさえ入れたら・・・」


 車全損させたばっかりのプジョーの切実な思いは解るけどさ、命あっての物種って言葉もあるんだからここは引こうぜ?それこそトドに手伝わせりゃいいじゃん。事故ったのだって元々アイツ絡みなんだからさ。


「なんだ、ジューイは行きたくねぇのかよ!ここは男として突っ張るのがスジってもんだろうが!何シケたツラしてんだよ!男を見せろよ!あぁ!男をよ!」


 煮え切らない陰キャな僕に圧を掛け始めるトド。お前何処のジャ〇アンか!きっとこうやってプジョーにもパワハラ、いやDVをかましてても俺は疑わないぞ。


「そもそもだけどここの下調べって誰かしたのかい?」

「話逸らしてんじゃねぇよ!県程度の甲種なんて勢いでドバーッってやりゃ結果が付いてくるに決まってるだろうが!今までだって1フロアこなすくらいなんともなかったじゃねぇか!」

「でもここってひと月で甲種5組、乙種8組が消息を絶ってるって話じゃん。最低限の情報ぐらいは仕入れてて当たり前だろ?」

「ジューイの言うのも解るけどこれが最後の冒険なのよ?そうだ、スッと入ってサッと出たっていいじゃない。安全第一にやるって言うから来たんだし、それでいいでしょ?」

「今さら何言ってんだよ!最後なんだからここは一発華々しく成果を上げようって思わないのかよ!1フロアなんて甘っちょろい事言って無いでダンジョン攻略して有終の美ってヤツを飾ろうぜ!」

「持てないくらいのお宝抱えてローンとおさらばしたいの!これが最後のチャンスなんだから行かせて!」


 どうやら誰も下調べをしなかったらしい・・・ならお前がやればいいじゃないか、なんて言うヤツもいるけどさ。


 毎回下調べをして下準備をして入院する一歩手前迄の大けがを毎回してきた俺が今度もやんなきゃならなかったのよ?盾だ鎧だって修繕に金が掛かってバイトを掛け持ちしても間に合わない俺がやんなきゃいけないのか?企画をしたトドがなぜやらない?後ろで一番安全な場所から指示を出すだけのリエがなぜしない?属性の把握をしないと攻撃が後手に回るプジョーがしないのはなぜ?


 そりゃあけがだけはヒーラーのお嬢様リエが治療してくれるけど、流れた血は戻ってこないから帰りはいつもフラフラだし壊れた鎧が元に戻ったりはしないんだよ。おまけに乱戦だとフレンドリーファイヤーも喰らうし冒険の間生きた心地もしないんだぞ?


 生天目家からコッソリ渡されてた金も学費やらの支払いに消えて何も残っちゃいないんだ。リエに内緒でリエを守るってミッションを遂行するのも限界なんだよ。おまけに探索者を引退した後もアタッカーでもヒーラーでも無いのに何を厚かましい事を言ってるんだって言われて就職の斡旋もして貰えなかったし。


 という訳でワザと調べなかった俺はこいつらを道連れにこの世とおさらばしてやろうと思ったわけだ。何も考えずにダンジョンに入るんなら全滅しても自己責任、ここで勇気ある決断撤退を出来たらクレバーなメンバーに拍手をしながらそのまま解散、どっちに転んでも俺は構わない。


 そしてトドは画期的なプランを思いついた。


 俺にダンジョン入り口にある警備詰所に殴り込みを掛けろと来やがった。俺が散々暴れて気を逸らしてる間に忍び込むとさ。アタッカーでも無い俺が暴れたぐらいで誰が騒ぐってんだよ。あっという間に捕まって俺は生き残っても犯罪者、お前らは入り口で待ちぼうけってか?俺だけ貧乏くじなんて納得できっかよ!


 挙句に生き残れたところで犯罪者じゃ真面な人生送れる訳無いだろう?それに詰めてる連中は元甲種探索者が鍛え上げた猛者だぞ?コネでランク上げた女連れで入れる訳なんて無いだろ?


 ここで諦めてくれたらまだ可愛げがあるってもんだが往生際が悪いやつらは次なる手を思いつく。


 詰所の電源を破壊して混乱に紛れて入るんだと。切羽詰まってるとはいえプジョーてば頭悪すぎ。交際相手が酷い頭(あたまと呼んでもよし、はじめと呼んでもよし)だからって君までレベル下げる必要ないでしょ?

 詰所の電源が落ちると10秒で自己発電始めるから隙なんてほとんど無いし、電源が落ちてる間って侵入できないようになってるって探索者になった時に説明受けてるよね?これはモンスターが中からあふれる『ダンジョンの氾濫オーバーフロー』と呼ばれる現象を食い止めるために開発された装置だって認識できてないの?中からも出れない、外からも入れない、そんな仕組みで一般市民の安全を担保しているって習っただろ?


 リエはリエで暗闇に紛れればどうにかなる筈とかのたまってるけど世の中そんなに甘いかねぇ。


 そんなこんなで夜になり24時間体制で警護されてるダンジョンの入り口は、ライトアップで昼間のように明るくなった。暗がりに紛れて忍び込もうなんていうリエの目論見は儚く砕け散った訳だ。赤外線センサーなんかも張り巡らせてあるから忍び込むとか絶対無理だから。


「もう気が済んだろう?引き上げよう。これにて『始原の太陽』は活動休止だな」

「何てめぇ勝手な事言ってやがるんだ!オレの眼が黒い内は勝手な事はさせねぇからな!」

「でも最後の活動って決めてたダンジョンに入れないんじゃ仕方ないわよね・・・残念だけど解さ・・・」


 リエが言い終わらない内にトドがリエの喉を抑え上に持ち上げた。端的に言ったら首吊り状態にトドがリエをしたんだ。ヒーラーに危害を加えるという探索者として最低の行為に一瞬俺とプジョーの動きが止まってしまった。


「何やってんだよ、手を離せよ!何やってんのか解ってるのかよ!もしヒーラー殺したら手足もがれてダンジョンに放置されても文句が言えないって事は知ってるだろうが!」

「勝手に解散するとか言い出すこの女が悪いんだろうが!俺は何も悪くねぇ!」

「ダンジョンに入らなきゃなんないのにトドは何やってんのよ!リエちゃんのおかげでその刀だって買えたくせに「刀じゃねぇ!段平だ!これは俺のもんだ!俺は俺の好きなように生きるんだ!誰の指図も受けねぇ!」どうしちゃったのよ!」


 とうとう本性現しやがったか・・・俺は溜息を一ついて周りの暗闇に合図を送る。


 次の瞬間、暗闇から現れた黒い集団がトドを押し倒しその手からリエを奪い去った。激しくせき込んではいるものの命に別条はない様でほっとする。


 黒い集団は生天目家の雇っている警護のプロたちで俺もその端っこに在籍しているようなものだ。でもこの一件で守れなかったからと放逐される事だろうな。違約金が発生しない事を祈るばかりだ。


 わめき抵抗するトドをものともせず、黒い集団はダンジョン入り口へと移動する。大方手足を折ってダンジョンに放置でもするつもりなんだろう。


「リエ、大丈夫か?」

「太めの騎士ナイト様は随分とつれない言い方をするのね。こうなるって解っていたんでしょ?」


 自分に治癒魔法を掛けながら苦笑を浮かべるリエに苦笑いで返す。


「最初っからアイツの我儘に振り回され続けてたからね。プジョーも大丈夫かい?」

「あたしは別に・・・これであいつから解放されたのよね・・・でも借金だってアイツのせいだったのにこれからもずっと付いてくるのよね」


 ずっと金に苦労してっからな。でもやっぱDVやらかしてたんだろうな、薄情なもんだぜ。


「プジョー、お金の心配はしなくてもいいと思うわ。死人に口なしでトドのせいにして借金なんてチャラにしたげるから。それどころか慰謝料を貰えるようにウチの弁護士を付けてあげるわ」


 ・・・金の始末は金でするって言ってますぜ。カネモチハオソロシイ!


 黒い集団と騒音を撒き散らす物体トドがダンジョンに消えてゆき、俺らは腰を上げた。


「始原の太陽を始めたのもアイツなら全て決めてたのもアイツだった。そのアイツがいなくなったって事は始原の太陽は解散する前に無くなったって事かな?」

「メイン火力を自負してたトドがいなくなったんですもの、全滅でいいでしょ?解散とかなら後を追われる事もあるかも知れないけど全滅じゃ探せないものね」


 ダンジョンに背を向け俺ら元始原の太陽の生き残りが家路に就こうと歩き出した時、背後からの衝撃で俺らは前に吹っ飛ばされた。


「何があったんだ?!」


 後ろを振り向くとダンジョンの入り口が破られ大きな影が姿を現していた。サーチライトを浴びてもなお暗い影・・・ここは鬼の棲み処・・・まさか!


「氾濫が発生したのか?アレは黒鬼?」

「黒鬼は国指定の甲種の奥に巣食う固定種じゃなかったかしら・・・等級が間違っていた?」

「そんな事を言ってる暇は無いでしょ?氾濫だったら事務局に連絡しないと探索義務違反で罰金払わなきゃならなくなりますよ!」


 まだ夜になったばかり・・・最悪の夜が始まったみたいだ。

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