第19話 それは小さな罪
案内されたのは、さすがに、寝室ではなかった。
あの、裏庭を望む自習室だった。
風紀委員の海堂敦もついてきている。
これは、ありがたかった。
部屋は狭く、嫌になるほど殺風景だった。
そもそも、調度品と呼べるものが、椅子と勉強机、それに書架しかない。
適当にその辺に、と言われたので、海堂と流斗は、床に座った。
水琴は、書架から分厚い本を取り出すと、その後ろに隠したグラスと酒瓶を取り出した。
グラスは三つとも形状が違っていて、これは来客用ではなくて、部屋の主が気分によってグラスを替えるためのものだろう。
酒は琥珀色をしていて、かなり酒精は高そうだった。
茨姫はなみなみと、その酒をついだ。
ほんとうは、なにか。
たとえば水とか果汁とか、なにかで割って呑む代物だろう。だが、全員が全員、とっとと、正気をなくしたい気分だったのだ。
「では」
水琴は、グラスを掲げた。いや、グラスてはない。マグカップだ。
縁まで注いだそれを、がぶりと噛み付くように、一口、飲みくだした。
「茨姫は酒は強いのですか、剣の王。」
むせて咳き込む水琴を、心配そうに見ながら、流斗は、海堂にきいた。
「海堂敦、という。」
風紀委員は、険しい顔で言った。
「おまえのいた地方では知らんが、貴族家では正式なディナーの席では、酒も振る舞われる。」
「しかし、強くはなさそうだ。」
流斗は、言って二口めに齧りつこうとする水琴の手から、カップを取り上げた。
「かえしぇ、こらあっ!」
水琴の抗議を無視して、かれもそこから一口やって、顔をしかめた。
水筒を取り出すと、水を注ぐ。
海堂を見やると、かれも頷いたのぇ、水筒を渡した。
手に返されたカップから、水割りになった酒を一口のんで、水琴はため息をついた。
「こにょほうがいい。」
ブラウスのボタンをふたつ、外す。
海堂敦は、折り目正しく正座を崩さない。
流斗は、もともと夜着に毛布を被っただけだったので、これ以上着崩す必要はなかった。
「飲みやすわ、これ。」
「お疲れさまでした。」
とりあえず、きみたちは体力、精神力、ぎりぎりに削るまでよく頑張ったよ、という意味の挨拶をして、流斗と一口、ほんのちょびっと、酒を口に入れた。
辛い。というか、アルコールに、焦げ臭い香りの混じった凄まじい飲み物だった。飲んべえにはたまらないのかもしれないが、学生には二十年早い。
「よっぴゃらうまえに、にゃにがおこったのかだけかくにんしとこう。」
黙々と1杯目をあけたところで、水琴が、言った。
もう、酔っている。酔いがまわりはじめたからこそ、「影王教団」が用意した後継者の死に様を語っておこう、とう気になったのだ。
「後継はまたも失敗した、でいいんじょないですか?」
流斗は言った。
懐からキャンディーを一掴み。それを水琴と海堂に渡した。
怪訝な顔で、キャンディを口に放り込んでから、酒を一口。
「ほう、合うな、転校生。」
「意外でしょ? 剣の王。」
かいど・・・と言いかけて、海堂敦は諦めた。この手のワガママさは、水琴も、彼自身ももっている。
人の域を越えた強者が、もつワガママさだ。
「しかし、あのしにじゃまは・・・」
水琴は口ごもった。酔いの助けを借りてさえ、それは形容しがたく、あまりに凄惨なものだったのだ。
継承の儀式は、必ずしも難しくはないのだ。ないはずなのだ。
そうでなければ、いくら強大な力を得ることが出来るとはいえ、意志を持つ道具と契約する人間がいるだろうか。
とは、いえモノがモノ。かつての影王の剣だ。
槐が最初に用意した男は、本部から派遣されたどうしょうもない、クズだった。
影王の剣を継承する。その栄誉を手に入れるためだけに、ゴリ押しのように本部が派遣してきたヤツだ。それでも、継承がどのようなものでどう行われるかは説明を受けていたはずだ。
それが失敗した。
水琴たちは、やつがクズだから、で割り捨てた。
とんでもない間違いだった。
影王教団は、狂喜したらしい。
本来ならうしなわれるはずの「影王の剣」を手にするチャンスが、再び巡ったのだ。
「しかもあのあほうどもは」
ケケケ、と妖怪じみた笑い声をたてながら、水琴は言った。
「影王の剣が、自分たちのところに帰りたがっているのだと、言い出したのだ。つまり、本部のクソは、継承に失敗したのではなく、剣が継承を拒否したのだと。」
「酔っ払うといつもこんな感じですか?」
流斗は、海堂にささやいた。風紀委員は難しい顔で頷いた。
「外で呑ませたらだめですよ。」
「我々は学生だ。まして全寮制の光華では、酒を呑む機会などない。」
それは、どんなものだろう。ここの社交会がどうなっているのかは知らないが、上流階級のものたちは、見栄を貼る意味でもしょっちゅう、パーティを開きたがる。
寮にいる間はともかく、一歩出たら呑みの機会などいくらでもありそうだ。
「首尾よく、勝ちをおさめて、さて継承となったら、」
くしゃ、と端正な顔が歪んだ。
「おまえらも失敗しおって。」
嘲るというよりも、そこは死を悼むものがあった。
「仮面をつけて戦って入るが、同じ学校で学び、同じ宿舎に生活する仲間だ。」
むっつりと、海堂は言った。こちらは飲むほどに寡黙になる酒のようだ。
「戦いの果ての死はともかく、あんな死にかたは嫌だな。」
「前とその前のふたりもあんな感じだったんですか?」
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