第18話 継承の儀式
安堂寺鐵市は、今年で18になる。
家は、地方では名家だった。幼い頃から、自分の言うことはなんでも聞いてくれる使用人に囲まれて、育ったから、ろくな人間にはならなかった。
それでも、使用人たちのなかでも、何人がここある者が、目を光らせていたうちは、まだよかった。
彼の父もまだ若く、すぐにカッとなる体質はよく似ていた。
祖父の代から、仕えるものが、一人さり、二人さり、ついには、まわりには無能・・・いや、なんとか安堂寺家の名声にすがって、小金のひとつもせしめようとする連中だけが、残った。
まだ十代をいくつも超えたばかりの少年を、盛り場に連れ回し、賭け事、酒、はては女まで世話をして、とにかく、家から金をひっぱらせた。
やつらは、やり過ぎたらしい。
そのまま、あと十年。うるさい親戚が、しっかりものの、嫁を取らせるまで、放蕩三昧を続けられただろうに。
鐵市が、何度が父親に、叱責された挙句に、勘当されられるまで三年も持たなかった。
金蔓でなくなった鐵市の、まわりから瞬く間に、人が消え、放蕩ぐせと借金が残った。
いくつかは、それでも実家に泣きいて、面倒を見てもらったのだが、17のときに酒場のアバズレに引っかかった。
これは鐵市が、全て悪い。
酒場で接客するものは、多かれ少なかれ、酔客に金を使わせようとするものだし、多くの客は、入れ込みすぎぬように、あるいは入れ込んでも、身の破滅にはならぬところで、きっちりと身を引くのだ。
何もかも思いどうりにしてきた安堂寺鐵市には、それが分からなかった。
彼女へのプレゼントや高い酒を入れるため、実家から与えられた手切れ金とでも言うべき金は、あっという間に底をついた。
放蕩息子に、金を貸してくれるところは、金利もべらぼうに高く、いざとなれば、口では勘当とは言っていても、指の1本も切って送り付けてやれば、幾ばくかの金はでるだろうと、考えるかなり、まともではない連中が多かった。
以前の遊び仲間に、そういった類いの金貸しが混じっていたことは、彼の不運だったのか。
気がついたときには、彼は、ほとんど半裸の状態で地下室の床に転がっていた。
隣には、愛しい女が、こちらは全裸で転がされていたが、いままで見たこともない悪鬼の表情で彼を罵っていた。
指の何本がくだかれ、これから、おまえの実家に送り付けると言って、手首を落とされそうになったとき、そいつらは現れた。
いままで、威張りくさっていた旧友どもは、顔色をかえてその足元に跪いた。
「お、俺たちは、なにもやっちゃいねぇっ!」
突如、現れた仮面の集団を拝むように、ひれ伏して、金貸しは叫んだ。
「こいつが金を返さねえんで、ちょっと脅しただけだ。」
仮面の男は、借りた額を聞き出すと、その半額を差し出した。
受け取った金貸しの、爪を剥がし、指を折ると鐵市の前に立った。
「ゆ、許してくれえっ!!」
安堂寺鐵市は、泣き叫んだ。
「おれはこの女に騙されただけなんだあっ!」
隣では、愛した女がまったく同じことを叫んでいた。
髪を鷲掴みにして、仮面の男は、安堂寺鐵市を立たせた。
「確かに、あのお方の直系なのに。」
仮面の中の声には、呆れたような響きがあった。
「それでも、拾っておけとの仰せだ。なにかの役にはたつかもしれぬ。」
自分を拾ったのが、「影王教団」であり、彼が先祖に影王の血すじをひくことを知ったのは、しばらくしてからだった。
「さあ、剣よ。」
影王教団の誰かがつぶやいた。
「おまえの待ち望んだ相手を、連れてきたぞ。800年ぶりの逢瀬を楽しんでくれ・・・」
意思をつ無機物と契約を結ぶには、作法がある。
まず、所有者となるべき者が、物に手を触れる。
受け入れる意志があるなら、その時点で、無機物は、候補者を自分の世界に招く。
それで「対話」が行われるのだ。
例えば、こんなふうに。
「いらっしゃい。オカエリナサイ、と言うべきなのかな。」
そこは、以前、何度も騒ぎを起こしたバーだった。
酒を飲ませてから、別のお楽しみもある。そんなところだ。
迎えて女を見て、安堂寺鐵市は驚いた。
あの女だ。自分を騙して、金貸しに売りやがったあの女だ。
(彼の中では、あの事件はそのように変換されていた。)
だが、似ているが、違う。
席に案内され、わたしからの奢りだから、と言われて、超高級な酒をつがれて、鐵市は気がついた。
この女のほうがずっと美人だ。
気だても良さそうだし、なにより、自分から金をむしり取ろうとする気配がない。
グラスの酒を口に含む。
至福の香りが、口腔から鼻に抜けた。
「い、いい酒だな。」
ここがどこだかわからない。
だが、いい酒といい女が揃ったら、安堂寺鐵市はたいていのことは、気にならなくなるのだ。
「気に入ってくれて、うれしいわ。」
女は、胸の谷間に見せつけるようにして、擦り寄った。
「わたしとしては、これから一緒に長い年月を歩むわけだから、リラックスして欲しいのよ。
もう一杯いかが?」
そらきた。鐵市がさんざん騙された手口だ。サービスは一杯めだけ、二杯目からはとんでもない金額が飛んでいく。
「そうだな、それよりも」
鐵市の視線は、奥の小部屋をさ迷った。
カーテンで仕切られ、なかには寝転がりやすようなソファがいくつも置いてある。
「あっちで呑み直す?」
「いや、酒もいいが」
鐵市は、肌がすけるようか薄物一枚の女の身体をじろじろと見やった。
そうすると、女はきゃあきゃあ言う。
それが、モテることだと、この男は信じていた。
「わたしが欲しいの?」
女は顔を上記させて、そう尋ねた。
「あ、あたりまえじゃねえか。」
フフっ、と女は笑った。
「そんなにわたしを、欲しがってくれるのは、嬉しいわね。」
これは、イける。鐵市は歓喜した。
ここ2年は、ろくでもねえことばっかりだった。
これだ。これでいいんだ。
この女を手に入れる。
この女を自分のモノにするんだ。
それですべて上手くいく。
俺を追い出した実家も、い張り腐る教団のやつらにも目にもの見せてやる。
「それでさあ」
女がついっと、寄ってきた。もう唇が触れる距離だ。
「わたしをどうしたいの?」
そりゃ、おまえ
と、鐵市は相好をくずした。本人はかっこよいつもりなのだが、とんでもない、にへら顔で、それが、金になる水商売のものだけが、かろうじてガマンできる程度のものだった。
「おまえを俺のものにするんだ。」
「それはいいよ。そうなってあげる。でもそうしたらわたしはどうなるの?
わたしはなにをすればいいの?」
問に、明らかに危険なものが混じりはじめたが、鐵市はきがつかない。
「別に、そうだな。なんもないな。」
べらべらと、哀れな男はしゃべり続けた。
「おまえを手に入れさえすりゃあ、それでいいんだ。なんもしなくていい。俺のそばに、いてくれりゃあそれでいいんだ。かわいがってやるぜえ、俺は優しいからよ。」
「そうなの?」
鐵市は、おうよ、と答えた。自分自身への死刑宣告であった。
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槙島流斗は、モテている。
流石に、みな、このまま眠りにつける自信はなかったとみえ、少し話しをしないか、と誘われたのだ。
しかも。
影王教団と、槐、それに黒の審判だ。
こんなことに、なっているのだから、全員で話せばいいと思うのだが、実際はそうも行かないのだろう。
考えたすえ、流斗は茨姫のご招待にあずかることにした。
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