第16話 鎌と牙2

凪桜花は、喘いでいる。

武門に産まれ、技を習い、磨いてきた。


試合は行く度も経験している。だが、実戦は初めてだ。

いや、これも試合だ。

と、水晶姫紗耶屋水琴は、言ってくれたのだが。


もう、幾度か。

桜花の振るう大鎌は、藤堂源八を捉え、深い傷を負わせている。

クラスメイトに、そこまで出来る自分に、桜花は驚いていた。


親交はないものの、なんども話はしたことがある。

無作法だが、野性味のある。どこかおどけたところもある二枚目半。

それが、藤堂源八の印象である。


今日の今日まで、桜花は源八を一般生徒だと思っていた。


しかし。

本当にこれがあの源八なのだろうか。


まるで最初からそうであったように、四足で、風のように動くこの生き物が。


顔に被った狼の面は、ほんとうに面なのだろうか。


斬っても斬っても。

傷などものともせずに、源八は立ち上がる。たんなる痩せ我慢ではない証拠に、その動きはいっそう迅く。


桜花は、戦法を切り替えた。

1VS1の戦いではなく、最初から相手が複数存在する、戦場での戦いにシフトチェンジしたのだ。


桜花の姿勢は、回転を軸にしたものに。

彼女の巨大な鎌は、曲線の斬撃でその身の周りに、攻防一体の制空圏を作り出す。


死角から飛びかかった源八が、手、いや、前足?を切り裂かれて飛び下がった。


この体制になれば、もはや桜花に死角は、ない。

どこから、襲いかかろうが、鎌の斬撃が迎え撃つ。


問題があるとすれば、それは桜花の体力だった。


ただださえ、体験のない殺し合いという実戦。真夜中の山中に設けられた闘技場。かすめただけで肉も骨も削ぎとるであろう源八の爪。

全てが、桜花を消耗させる。


加えて、桜花のとった構えは、常に鎌を振るいながら、身体を回転し続けるものだった。


息が上がる。

技により、最小限に抑えているとはいえ、柄の部分だけで、身長より長い大きな鎌だ。

遠心力で斬撃を作り出しているとはいえ、制御する桜花にも、一定の負担はかかる。


流れる汗が目にはいり、視界がぼやける。

手応え、あり!


また、どこかで、源八の体を切り裂き、大きく後退させた。


桜花は。

気が付き始めている。


源八の体力も、その回復力も、この程度では無尽蔵に等い。

そして、源八は。

身体を傷つけられながらも、桜花の体力限界を待ち続けているのだ。


おそらくは桜花を無傷で倒すために。


ナメるな!

とは、桜花は思わなかった。

己の才能に溺れた時期は、もう乗り越えている。


むしろ、この「絶対に負けられぬ」戦いの最中に、そんなことを配慮している源八を愛しくさえ思った。


これまで、「影王の剣」をめぐる、「槐」と「影王教団」の戦いは、一勝一敗。ただ、意志をもつ武具である「影王の剣」は、用意した承継者を拒否した。


「桜花」

水晶姫は、彼女にいままで見せたこともない悲痛な面持ちで言ったのだ。

「承継はわたしが、する。あの剣がどんな意志を持ち、どれ程の力を持っていても、わたしがねじ伏せてやる。」


だから、勝って!


はい、分かりました、水晶姫。

田舎の郷士の家に産まれて、いずれ婿をとって、流派を継ぐだけの道具だったわたしを拾ってくれてありがとう。


あなたとあってからの、この数ヶ月がわたしのすべてでした。

だから、もう少しだけ、頑張れる。


桜花の回転しての斬撃が、終わった。

両方の膝に手をあてて、荒い息をつく。

巨大な鎌は、もう持ち上がるかどうかも危うい。


「オワリにするか?」

狼の面?から、くぐもった声がした。

「おまえはヨク、タタカッタ。」


ありがとう、源ちゃん。

親しくなったら、そう呼ぼうと決めていた呼び名を、心の中でつぶやいた。


「奥義、虚ろ神」

それはちいさな声だった。

技の名など口に出してはならぬ、と父から口を酸っぱくして言われていた。

それはそうだ。

相手には警戒されるし、もし、見るべき者が見れば、その後の型をみて、一連の動作を「技」として認知してしまえば、再現も可能だろう。


それでも桜花が、奥義の前に技の名を口にするのは、自分自身の覚悟のためでもある。


放ったからには、目前の敵は必ず倒す。


ほかの者に見られる心配? 面白い。次に会うときには、わたしはさらに強くなっている。だから問題ない。

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