第14話 鎌と牙
「救護班はいるんだろうね。」
槇村流斗は、試合開始の合図のあとも、じっと互いを見据えたまま、動かぬ桜花と源八を、眺めながら言った。
守破離玄朱は、違和感の正体に気がついた。
この少年は・・・。
慣れている。
円形のコロシアムで、闘士が命がけで戦うことも、それが超常の戦闘力をもった二人であることも。
だから、当たり前の事を確認するように、敬語も忘れてそう言ったのだ。
「もちろんだ。」
玄朱は、答えた。
「ぼくらは、学生でこれは殺し合いではない。影王遺物の所有権をめぐるデュエルだ。勝敗は片方が戦う力を失った場合につく。
ギブアップももちろん可能だ。」
「これは殺し合いでは、なかった。
ギブアップも可能だった。」
過去系に、言い直して、流斗は、なにかをもとめるように、宵闇に手をのばした。
「この戦いをどこに導くつもりだ、黒の審判。」
「それがわかれば。」
玄朱は、つぶやいた。その言葉を闇が飲み込んでいく。
闘技場では、ついに、桜花と源八。
デスサイズをふるう乙女と、狼の仮面の魔人が対決しようとしていた。
「さあて、そろそろ始めるかあ!」 重苦しい空気をたちきるように吠えた源八は、いきなり、飛びすさった。
いままで、立っていた場所に、巨大な刃が突き刺さっていた。
それは、漆黒の大鎌であった。柄の長さだけでも、彼の身長を凌ぐ。
桜花は、それを軽々と操って、さらに追いすがる。 しかし、源八は、また、大きく跳躍してかわすと、今度は、地面に着地すると同時に、地面を拳で叩きつけた。土煙が舞い上がり、桜花の視界を奪う。
そのなかから、飛び出した源八が振るう拳。
いや拳ではない。掌は開いていた。その先端に爪。人間にはありえない歪曲した爪。
それで、桜花をひっかけようとする。 だが、当たらない。 わずかに体を傾けて、それをかわしざま、彼女は、逆に、自分の獲物を相手の肩口へと叩きつける。 とっさに、防御のために掲げられた腕が切り裂かれ、血がほとばしる。
「おおっ!やるなあ、ウサギちゃん!」 叫びながら、なおも源八は、拳を繰り出す。
そのすべてを紙一重でかわしながら、反撃の機会を狙う桜花。 両者の攻防は、互角に見えた。
「桜花はすべてかすり傷。しかし、桜花の鎌は、源八の肉を裂き、骨まで届いている。
この勝負、どう見る。」
「灰色狼は、まだ余裕がある。」
流斗はつぶやいた。
「桜花は、たぶん実戦ははじめてだ。この差は時間がたつほどに、桜花を不利にさせる。」
「すべてが正解だ。」
いくぶん、腹立たしそうに玄朱が言った。
「あらために聞く。きみは何者だ?」
「それは、とても答えにくい。」
と、流斗は言った。
「異世界から召喚された勇者さまだとでも答えれば、満足するか?」
「まさかな・・・なにか証明できるものでもあるか?」
「なにもない。だが、否定しきれものもない。だから、黒の審判。ぼくが、なにを言っても無駄だし、それはすべて戯言で信じるに値しない。」
「なら、質問を変えよう。」
玄朱は、冷静に言った。この問答を楽しんでいる自分に密かに驚いていた。
「きみはなにをするために、この学院にやってきた? 少なくとも転校からこっち、きみに対する扱いはひどいものだ。
きみは、なんらかの任務を帯びていて、いやでもここにとどまらなければならない環境にある。違うか?
きみは、ここでなにをするつもりだ。」
「黒の審判は、難しいことをきく。」
すねたように少年は言った。
「ぼくに対する命令があるとすれば、それはここに『行け』ということだ。なにをするかは、行ってみればわかる、と。
それにしても・・・・」
嘘でもごまかしでもない。
それは玄朱にもわかった。
「・・・ぼくが、送られたということは、なにをすればいいか、だいたい決まってるんだけど。具体的になにをすればいいのか。」
視線は、桜花と源八をさまよった。
戦局は・・・・
じりじりと源八に傾きつつあった。
疾い!
ナックルウオーク、というものがある。
完全に直立に対応していない類人猿の一種などが、手のこぶしを地につきながら、歩くことを言うのだと。
源八の動きはそれに似ていた。
いや・・・違う。はるかに洗練されている。まるで、
いや、ありえないことなのだが、源八の動きは四足歩行に慣れた肉食獣のそれ、だった。
桜花の技は、戦場を、想定している。
甲冑に身を包み、その硬さで押し切りにくる敵兵を、具足ごと両断できる、彼女の大鎌でなぎ倒す。
一体一の決闘は?
実はこれにも強く、そういう意味で「隙のない武術」と言われているのだ。
だが、獣を「狩る」にはどうだろう。
煌めく牙は。爪は。
地を駆けるその速度は。
一瞬、相手を見失った。
どこから、攻撃がくるのか分からない。
とっさに、桜花は体をコマのように回転させた。
ギャフッ!
という叫びとともに、源八の身体がはじけ飛んだ。
いや、自ら空中で体をひねり、あしばにならない空気を足場にして、方向を変えたのだ。
で、なければ、胴体を両断されていただろう。
恐るべき鎌。恐るべきは凪の技。
短い時間に奥義の限りを尽くした、桜花の顔から、汗がしたたる。呼吸も荒い。
「あれで決めきれなければ。」
玄朱が、すっと立ち上がった。
「試合中に審判がどこへ?」
「もう、勝負は見えた。あとは、水琴を止めなければならない。
負ければ、『槐』は、デュエルのルールを捨てて尽力で『教団』に襲いかかる。」
「なら、今少し待て、と伝えていただけますか?
凪さんはもうちょっと頑張れそうだし、灰色狼は、彼女をあまり、傷つけたくないみたいだ。」
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