第11話 決闘の夜5


「伯爵」に「灰色狼」。


そう呼ばれた「教団」側のふたりにも、緊張が走った。


狼は、そのものずばりだが、「伯爵」がそう名乗る吸血鬼が登場するホラーからのとったものであるのも明白だっまからだ。


 


およそ、ろくに授業もうけられないほどのイジメを受けながら、この少年はなにを観察していたのだろう。


 


茨姫。


そう呼ばれた水琴ただひとりが、その異常に気が付かない。


彼女は、その怜悧な美貌から水晶姫と呼ばれている。


 


いばらひめ


 


か。


よくぞ言ったものだ。と、玄朱は心の中でつぶやいた。


 


「ジャマだよ!」


「だから退散しますってば。」


「逃げるのかっ!」


「…じゃあ、どうすれば。茨姫。」


 


まさに、彼女に、ぴったりじゃないか。


玄朱のつぶやきが聞こえたのか、そうでないのか。


 


「い、いばらひめ!?」


「そうだよ。どうもみんなの名前はぼくには、呼びにくくってね。」


「ふ、ふざけるなあっ!」


 


もともとが、滅多なことでは表情を崩さない水琴が、感情を顕にするのは、玄朱を、はじめほんの数人である。


空吾と源八もあっけに取られたようだった。


 


「おまえを拘束する。」


いばらひめは、そう命じた。


流斗の足元の地面から、蔦が飛び出して、少年の体を締め付けた。


 


幸いなことに茨ではなかったが、骨が軋むほどの勢いである。


少年が苦痛の表情を浮かべ無かったことが、水琴をさらに激高させた。


 


「縊り殺せ。」


 


その一言が終わらぬうちに、空吾の短剣が、源八の爪が、そして桜花の巨大な鎌が、蔦を切断していた。


 


玄朱もふくめ四人の非難の視線を受けて、水琴はたじろいだ。


「いや、茨姫が絞め殺すと言ったら、ただの脅しですよ、みなさん。」


 


また、地面に尻もちをついた流斗が、呻くように言った。


 


「本当に殺す気なら殺してます。」


 


「単刀直入にきくがおまえは、何者だ?」


空吾が、また胸ぐらを掴んで、流斗を吊り上げた。


「黒の審判か、茨姫に聞いてください。


あの二人なら、学校の資料も見放題でしょ?」


「俺たち『教団』も、紗耶屋伯爵家のご令嬢率いる『槐』も一枚岩ではない。」


 


空吾は、らしくないことを言った。


こういう尋問は昼間の俺の領分だ。


夜の俺は、こいつの血をすすり、下僕に変えてから、問答する。


なんだか。


 


こいつは、調子が狂うな。


 


源八が、仮面の奥で唸った。彼も同じ気持ちなのだ。おそらくは、審判も、姫も。





 


 

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