第6話 濡れた布団と眠りの呪文

就寝の時間直前に寮の寝室に戻った。

部屋は6人部屋だった。

もちこんだトランクには、まあ、あの『家族からの手紙』以外にも着替えやら、小物やらそれなりに必要そうなものがはいっていたのだが。


すべて荒らされて、琉斗は無一文である。


その夜、琉斗は眠れなかった。


理由はふたつあって、まずひとつめは、かれの使っているベッドに、一昨晩、布団に水をかけられてびしゃびしゃにされていたため。


一日干して置いたのだが、布団のようなものはそうそう乾かない。


もうひとつは。




眠れ。


眠れ。


子羊たちよ。


眠れ。


眠れ。


深く眠れ。


墓石のしたのもの言わぬ屍のように眠れ。


これより、起こることは子羊たちには、関係がない。


眠れ。眠れ。眠れ。


幸せな夢や、悪夢に踊りながら、眠れ。

何も知らぬ、赤子のように眠れ。


・・・・・





槇島流斗まきしまりゅうとは、闇の中、目をあげた。


それは、たぶん、たぶんなのだが、眠りを誘う魔法の一種なのだろう。


だが、眠れ、眠れと耳元で喚かれて、それって眠くなるものだろうか。

はたして眠れるものだろうか。まわりを見回したが、彼以外の同室の都合五名の同部屋の住民たちは、安らかな寝息をたてていた。




こいつらには、これが効くのか_。




どんないじめを受けたときより、疎外感を感じて、流斗は寝台を降りた。


見上げた時計の針は、そろそろ真夜中に差し掛かっていた。


魔法などなくても、眠りにつく時間だ。

光華諸学院の朝は早い。夜明けほぼ同時に起床させられ、寮の清掃が始まる。終わると朝食。味はよくわからない。ほぼ満遍なく、席がなかったり、彼の前だけ給仕の係が素通りしたりされたからだ。

つまり、あの親切なコックさんに、ごちそうしてもらった以外は、まともに食事をしていない。


で、朝食の時間が終わると、そのまま教室に移動して授業がはじまる。

これは小走りに走らなければ間に合わない。



そういえば、この時間になる前に。

一応、横になりながら、琉斗は考えた。

いや、琉斗の記憶が正しければだが、舎監と呼ばれる上級生が部屋をまわって、勝手に、外出してるものや、酒やタバコなど、寮内では禁じられている嗜好品に手を出していないかをチェックして回るはずであったが、今日はついに足音はいっこうに聞こえてこなかった。




やつらも眠っているのか。

いや、眠らされているのか。


寒い。


寒さに震えて、毛布をかぶった。その毛布もまだ端のほうはまだ湿っていた。


これはもう。

琉斗は眠るのをを諦めた。完全に諦めた。


明け方までさすらうしかない。明日の授業はさぼろう。転校生は心に決めた。


毛布をなんとかマント風に羽織って、少年は寝室を出た。ぎし、音を立てる階段を降りると、寮を後にする。




夜風はさらに、少年の細い身体から容赦なく体温を奪ったが、それはもう気にしない。できれば、毛布から湿気も奪い取ってほしい。


さて、どこに行こうか。



この学校は、元々が昔の王さまの居城だったためか、敷地はやたらと広い。


少年は、ぶらぶらと歩き始めた。


野宿も選択肢のひとつではあったが、火を起こさずには、寒くて眠る所ではなさそうだ。


日の出までは、どれくらいあるだろうか。


それまでの長い時間をどこで、つぶそうか。




実はこのとき、琉斗の頭の中には、もう明日の予定はだいたいたっている。


みんなが朝食に行って、寮がからになつたころ、部屋に戻って、布団と制服を干し直して、みんなが授業にいったころを、みはからって、あのコックさんに残り物をたべさせてもらう。


そのあと、日向ぼっこをしながら、昼過ぎまで眠る。


昼食過ぎに、また食堂に行って、残り物を食べさせてもらい。


そして、夕方まで眠る。



もはや、寮生の意味は無い。それ以前に学生の生活ではない。


だが、冷静に考えてもほかに、選択肢はなさそうだった。


彼をここに、送り込んだ者は、彼がここに、いることを、居続けることを望んでいる。だから、そうする。


そうしてやるさ。

と、端正、というよりは可愛らしさの残る中性的な顔に、歪んだ笑いを浮かべて琉斗は、小さな声で、吐き捨てた。


でも、多少の計画違いは、いくらだってあるものなのだ。



そうだ。

と、ふと琉斗は思い出した。あのコックさんが言ってた西の丘にあると言う窪地に行ってみよう。


これはいい考えかもしれない。


あの辺だったら、どこの校舎からも見えない。ちょうど、昼寝をするのにぴったりの場所が見つかるかもしれない。



昼寝の場所を深夜に、探しに行くという、どうにもわからないことをしながら、星あかりだけを頼りに、少年はあるく。



道は、でこぼこしていたし、さらに西の丘への小道はかなり、急でしかも細く。


見えるはずがない。歩けるような道ではない。


だがそんなものは、彼には何の痛痒にもならないようだった。

鼻歌すら歌いながら、彼はあるいた。


安寧と睡眠をもとめて。


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