第7話 決闘の夜1

「落ち着け。」


紗耶屋水琴ささやみことは、とうてい無理だろう、と思いながら凪桜花なぎおうかの肩に手をおいた。


「これは試合だ。宝物の所有権を賭けてはいるが、あくまで試合だ。


相手は、ともに机をならべて、同じ学びやに通う同窓生だ。


いいか、殺し合う必要はない。要は試合に勝てばいいんだ。」


 


下手くそっ!


と水琴は自分で自分をののしった。

桜花を落ち着かせようとしゃべっているのだが、まったく逆効果だ。


桜花の華奢な肩から感じる震えが、いっそう激しくなっただけ。


 


「でも、今回の『影王遺物』は」


「それはいい。考えるな。」


水琴は、きっぱりと言い切った。


「勝敗は気にするな。たしかに今回の『影王遺物』はかつての彼が愛用していたという伝説の一振り。もし、試合に負けて、これが教団の手にわたるようなことがあれば、もはや、どんなルールも縛りも無用! 方法を問わずに、やつらを皆殺しにしてでも奪還せねばならん・・・・だが、気にするな! わたしたちはベストをつくせば、それでいいんだ。」


 


水琴は自分がなにを言っているのかわからない。


言えば言うほど、桜花の顔色があやしくなっていっく。


追い詰められた桜花のかわいらしい顔は、もはや死人のそれ、だった。


 


ほんとうに抱きしめて、頬ずりしたくなるようなその顔立ちに、華奢な体。


ただし、得物は、彼女の身長よりも長い柄のついた大鎌だった。刃の部分は、錆びたように赤黒く粉を吹いている。それは、いままでこの鎌が吸った血の名残りだ。


 


「時間だ。」


 


テントの入口から、生徒会長殿が、顔をのぞかせた。


守破離玄朱しゅはりとうじゅは、こんなときでも冷静だ。


かといって冷徹なわけでもない。貴公子のような笑みに優雅なものごしを絶やさない。


 


影王の剣が影王教団の手に渡れば、それは影王の復活を意味するかもしれない。それはまた世界が、800年前の魔人の支配する世界へと、再び変貌を遂げるきっかけになるかもしれない。


 


玄朱とうじゅ、あなたは人間だろう?」


もう一度だけ、説得を試みるつもりで、そんなふうに切り出した水琴の、目の前で、玄朱はひらひらと手をふった。


 


「くどいよ、紗耶屋伯爵家ご令嬢。」


「このままでは、どれほどの血が流れるのか」


「ここで、ルールを覆してしまえば、流れる血の量は川となり、つみあげた死体は山となる。」


 


玄朱!と、初等部以来の友人に、水琴はすがった。


なみの影王遺物ではない。影王の剣だ。もし、やつらにそれが渡ることがあれば、我々「槐」は、総力戦をもってそれを取り返しにかかるしかない。そうなれば。


 


「剣呑、剣呑。」


そんなじじいくさい言い回しを使って、守破離侯爵家ご子息どのは、笑った。


「『槐』がすることを『教団』がしないとでも思うのか?」


 


ならば。


このような試合は、もうやるだけ無駄ということか。


 


「それは違うだろう。」


玄朱は、たのしい冗談でも言うように陽気な口調でいった。


「試合の決着がつかなければ、影王遺物はすがたを現さないんだから。」


 


「決着はついているじゃないか。」


 


なんどもなんども言った理屈で、水琴は食い下がった。


 


「前々回は、『槐』が勝ったな。たしかに。」


仲はけっして悪くないのだ。玄朱と水琴は。現にこうやって試合の時刻がきているのに、水琴の無駄話に付き合ってくれている。


「試合に出たのは、きみだ、紗耶屋水琴。そして勝ったのもきみだ。だが、肝心の遺物の承継者を定めるにあたって、遺物は、彼を拒んだ。」


 


「ああ。」


水琴は顔をしかめた。


「無惨な死に様だったよ。あんなのはもう見たくはない。」


 


水琴が、からくも影王の魔人を打ち倒したあとに、転がっていた黒き剣。


だが、歩み出てそれを受け取ったのは、本部から出向いてきた『幹』の1人だった。彼女たちのような『枝』ではない。


彼は、このよき夜のためにわざわざ本部から、やってきたのだ。


名目は、過去最大の「影王遺物」影王その人の剣をすみやかに、回収し本部へ移送するため、であったが、たんにはじめて影王の剣を手に取り、その継承者として登録されるという栄誉が欲しかった。ただらそれだけなのは、明らかだった。


剣のために戦い、受けた傷のため、自力でたつことのできない水琴は、もちろん、光華諸学院に、在籍する全ての「槐」はその瞳を、仮面の奥で怒りに燃え上がらせた。


幹部殿は、芝居ががった仕草で、闘技場の地面に突き立った剣の柄を握りしめた。


一瞬の空白は、彼が、剣と「対話」をすませた証なのだろう。


彼は、にこやかに、剣を振りかざした。真っ直ぐな両刃の剣だった。


よけいな装飾のたぐいはない。シンプルで、いかにも斬ることにすべてをそそいだかのような、すがすがしさのある剣だった。


 


「最後の剣は、わたしが、『槐』を代表して手にした。剣もわたしを継承者として認めた。」


声は、増幅されて、会場の隅々まで響いた。


「これは、ひとという種族が、魔族に最終的に勝利したことを意味する。影の末裔どもよ。よくみるがいい。おまえたちが、光帝に逆らい、邪な野望を企てようとすれば。」


 


にやにやと笑いながら、彼は自分の手首を剣で切り落とした。


 


「こうなる。」


 


血は噴水のように、ふきあがった。それは彼自身の顔も濡らしたが、まったく動じることなく、男は剣を自分の口にくわえた。


 


「こうなる。」


 


切れ味が随分、いいんだな、と、水琴はそう思った。


はね上げた剣は、さして力をいれたとも思えぬのに、すっぱりと顔を半分切り裂いた。眼球が転げ落ちた。


 


そこからは、もうなにを言っているのかは、よく分からない。口が裂けてしまったからだ。だが、言いたいことは何となくわかった。自分がいかに、偉大かを、おのれに逆らうものがどんな目に遭うかを、自らの身体をもって証明し続けたのだ。


 


「あひぇ?」


だが、ついに、それも終わりが来た。


大量の出血に、すでに男の手は、剣を握る力を失っていたのだ。


剣が、ごろりと地面に落ちた。


 


途端に。


いままで感じていなかった痛みに、一斉に襲われた男が、悲鳴をあげた。


 


だが、もはや喉も切り裂いている。


縦に割られた腹からおちた臓物をかき集めようとした手も、片方は失われていた。


 


「あば」


意味の分からない音を、発しながら男は闘技場を転げ回った。


以外に男の命は長く持った。


その心臓が血を吐き出し尽くし、男が絶命するまで20分はかかっだろうを


 


それが、「影王の剣」を継承しようとしたものの末路だった。


 


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