第4話 槐(えんじゅ)と影王(かげおう)

槇村琉斗まきしまりゅうとに、とって状況はまったくよくならない。


先だって泥だらけにされた、制服を洗濯して干しておいたら、また泥水をかけられていた。しかたなく、持ち込んだ荷物のなかでこれだけ、なぜか無事だったゆるいズボンとシャツだけで、授業にでたところ、教師から叱責にあった。


罰も受けた。


木の枝のムチで、両手の甲を15回叩かれた。


制服を着て授業に、出席しなかったことほ、罰がムチ10回。洗濯がどうのと言い訳をしたことで、さらに5回。



相変わらず、


とは言え、鞭として使われた木の枝はよくしなり、琉斗の手の甲に蚯蚓脹れを、残した。


次の授業中に、ひどく腫れ出して、痛んた。まさか、教師がふるうムチに毒が?


そんなばかな、話はない。


しかし、その日の昼ごろには、熱も出てきた。


腕の腫れは、肘まで広がっている。



まさかとは。思うが、あの紗耶屋水琴ささやみこと嬢が、木の枝になんに細工をしたとか。


いや、勘ぐるのはやめよう。そもそも彼女も、あの風紀委員もこの三日間、一度も顔を見ていない。




そればかりではなかった。


クラスの半数近くが、この三日、休んでいる。明らかに異常事態なのだが、講師はかわらず、たんたんと授業をすすめ淡々と帰っていく。


琉斗は、じっくりと考えてひとつの結論に達した。


これなら、サボっても大丈夫だろうか。


勝手にそう判断した琉斗は、午後の授業を勝手に休んで、誰もいない食堂で久しぶりに、まともな、食事にありついた。


調理人は、四十がらみのおっさんで。

昼食と夕食のあいだのとんでもない時間にかけこんだ琉斗に、パンとスープを振舞ってくれた。



「何日もまともに食えてねえだろ。」


と、ぶっきらぼうに彼は言った。


「まあ、転校生には必ずあるんで、俺も注意しづらいんだわ。それにしても、おまえさんには、ずいぶんとしつこいな。ふつう、3日もあれば終わるんだが。」



パンは固く、スーブは塩気ばかりで、野菜のクズしか浮いていない。


それでもひさしぶりのまともな、食事に、琉斗は心から感謝した。



「転校してきて言うのもなんですが」


琉斗のもつ器に、乱暴に、おかわりのスープが注がれた。やった!今度は肉片も入ってる。


「ここはいったいどんな学校なんですか?」



「呪われてんだよ。」


と、コックは答えた。琉斗がきょとんとしていると、なんだ、本当に知らんのか、と呆れたように言って、チーズとハムを載せた、皿を差し出した。


「ここはもともとが、百年ばかり前に発見された廃城の跡地に建てられたもんでな。」


と、彼は怪談でも語るように、声を低めて言った。


「これが、八百と六十年前まで、世界を支配していた魔人の王の終焉の地だった、という伝説の城だ。


ながらく、ここら辺にあるんじゃないか、と言われつつ、見つからなかったのは、場所がけっこうな僻地だったのと、どっちかというと魔人のことなんぞ、歴史の彼方に忘れ去りたい連中が多かったからだ。」



でしょうねえ。


と、気のない相槌をうちながら、琉斗は、チーズを口に放りこんだ。硬い!


だがかまわず、噛み砕くと濃厚な味が口の中いっぱいに広がった。


これだよ!これ!


体が求めていた味であり、栄養素だった。




「そんなわけだが、まあ、場所だけは地元の住民には知られてたらしい。


で、この辺りも街道の整備とかが進んでだいぶ開かれてきたころ、一冊の書物が発見された。」




うむうむ。


少年は追加のパンに、ハムを挟んで口いっぱいに詰め込んだ。




「影王が最後の日々を過ごした城には、彼が自らみ作り出したり、あるいは集めた秘宝が眠っているという内容だった。本物かどうかは遂にわからん。


見つかった最古の書物がそもそも写本だったしな。


だが、最もらしく書かれていた。たちまちここは、宝探し屋が退去して押し寄せた。


痛みながらもかなり残っていた。城はたちまち解体、基礎部分まで掘り起こされたんだが、金目のものは、まあ、出てこなかった。


この学校は、その跡地に建てられたわけだが、そんなわけで、元の建物はほとんどのこっちゃあいない。旧図書館のあたりだけじゃあ、ないかな。


影王時代からの建築物は。」




「んで?」


口をもごもごさせながら、少年はたずねた。


「呪いっていうのは?」




「この土地を買い取って、いまの光華諸学院を立てたのは、阿原公爵家だ。だが、その裏には、恐れ多くも光帝陛下に上古より仕える異能集団『えんじゅ』がからんでいたともされる。」



ここまで、芝居がかった口調で話し続けたコックは、少年の反応の薄さに、気分を害したようだった。


すねたような口調で


「おい、勘弁してくれ。まさか『 えんじゅ』を知らないとか言い出さないよな?」



「知ってますよ。本で読んだ。」



「そうだろ。」


コックは気を取り直して、続けた。


「図書館の前に行ってみな。扉の上にこう刻まれてるぜ。


光と影。ふたつが揃いしところに宝は開かれん、と。」




少年が、また無言になってしまったので、コックは尋ねた。




「おい、まさか『影王教団』も知らないってわけはないよな。」


「書物で読んだだけです。」


「それで充分だろう?


まさか! 直接知り合いがいるはずもならろうに。」




機嫌を直したコックは、こんどは、干した果物を出してくれた。



「以降、ここには、普通の学生に『 えんじゅ』と『影王教団』の者たちが密かに混じっている。新たなる『影王遺物』が見つかると、何故か、必ず一点ずつなんだが、そいつを賭けてデュエルを行うんだと、さ。」


「どこで?」


「西の丘を登ったあたりに、窪地があるだろう。むかしむかしは、あそこが闘技場だったそうだ。あそこに決まった晩に、『 えんじゅ』と『影王教団』が集まってをするんだとさ。


おい、どうした、ボケっとして。」




ああ。と、琉斗は、笑った。寝不足なんです。




「それでだ、な。何でこんなことが行われているのかというと、それが最初の話に戻るわけだ。」


入れてくれた茶は、香り高く、琉斗は感激した。


「そうやって、自らの遺産をもとに、『槐』と『影王教団』を戦わせて、流れた血が『贄』になるんだとさ。その『贄』をもとにいつか影王は復活するんだとさ。」




少年がまた、黙りこんでしまったのを見て、コックは背中をドヤしつけた。


「どうした? まさか影王が、分からないとか言い出さんだろうな、ここに来て!」



知ってますよ。


と、少年は答えた。


書物で読んだことがあります。



「当たり前だろう。友だちに影王がいるわけでもなかろう?」



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