第2話 裏庭の見える自習室
どうぞ。
の答えもなく、ドアはすっと開いた。
「行動は機敏に!」
自習机に座った、愛する姫君は振り向きもせずに、そう言い放った。
「ドアの目の前にきてから、悩んでいる位ならば、最初から来るなっ!」
通常の授業は、初等部、中等部、高等部共に、とっくに終わっている。傾きかけた陽光が、柔らかく室内を照らしていた。
水晶姫の自習室は、相変わらずシンプルだった。書架がふたつに、机。椅子はここの主の分だけだ。
花の一つもいければよいのに、と訪ねるたびに思うのだが、もともと根をはるものを、切断して、飾る習慣はないのだと彼女は言う。
「ぼくが来てたことがおわかりだったってことですか?」
水晶姫は、後ろを向いたまま、左手をあげた。
開いた指を一本折る。
「足音」
また、一本指をたたむ。
「呼吸音」
指を折る。
「鼓動の音」
「その速さ」
「匂い」
くるりと椅子ごと振り返ったその視線の苛烈さに、海堂はたじろいだ。
「すべてが、不安とためらいに満ちたおまえのもの。」
形の良い指が、今までなにやら書き込まをしていた紙を取り上げ、引き裂いた。
ちら、と見たその書面は、海堂には分からない様々な色のインクで複雑に絡まった蔦が描かれていた。
考えごとをまとめる時の、彼女のくせだ。そして、その本数と色づかいは、思うような結論が出せずに、いらいらしていることを、示している。
「ぼう、と立っているために来たのなら、裏庭にでも行ったらどうだ? 風紀委員の海堂クン。」
「ご相談があってきました。」
「あたりまえだろうな。用もなしに訪ねて来られるほど、わたしは暇ではない。」
明らかに。
水晶姫、
その原因も、海堂敦には想像がついていた。
しかし、来た以上は話さなければならない。シッポを巻いて帰れば、彼女の怒りはとんでもないほうに、矛先を向けるだろう。
「ご指示通りに、手紙は、掲示板から撤去させました。
「で? 」
「放課後、つい先ほどですが」
海堂は、緊張のあまり、唇が乾くのを舌で湿した。
「黒瀬たちが、彼を連れていきました。たぶん・・・リンチでしょう。軽い怪我ではすまないかもしれません。」
「そんなことはいい。やつは、手紙をどうした?」
そこを、気にするのか、と疑問に感じながらも、海堂は律儀に答えた。
「燃やせるところはないのか、と聞かれたので、焼却炉を案内しました。」
ああ、そうか。
と、だけ答えて、美しき学院総代はくるりと背中をむけてしまう。
「あの」
「報告ご苦労と言いたいが、そもそもそのような瑣末事は、報告不要。」
「もう、槇村琉斗は、放っておいていいのではありませんか?」
思い切って、海堂は言った。
「それは、おまえの意見か?
それとも、生徒会の」
「両方です。」
実際には、生徒会長である
答えは、非情であった。
「そうだな。では殺すな。追い出せ。」
「やつは」
海堂は、言った。
姫君の背中から立ち上るどす黒い気配に、呼吸が苦しくなる。
「たしかに、特殊な能力を持っている訳ではありません。戦う技術もないでしょう。
戦うという意志すらないのかもしれません。
ですが、ここまで、黒瀬たちのいじめに耐え抜いて光華諸学院に残ろうとしているのです。その意志を尊重してやることは、できませんか?
たしかに、彼が転校してきた初日に、」あなたとトラブルがあったのは知っていますが・・・」
「違う。違うぞ。海堂クン。おまえの、見解はまったくの見当違いだ。」
ようやく、
くるくるくる。
と、椅子を三回転させてから、海堂と向き合うところで、びたりと止まった、その顔は笑みこそ浮かんでいないものの、いままでの切羽詰まったものは、消えていた。
「ひとつ、確認しておこう。
こんな時期に。しかもここは名門とはいえ、彼の郷里からはあまりにも、離れている。それこそ、なにか調べようにも二の足を踏むくらい。」
「そ、それは、今日のあの手紙で説明がつくのでは?」
いまさら何を、と海堂は怪訝な顔をした。
「実の姉と、ただならない関係にあったか、もしくはそうなりそうなために、わざと遙か遠い地に、転校させたのだ、と。」
「そうだな、うまい説明だ。ああ、まるですっかり納得してしまいそうになるよ。ねえ、海堂クン。彼には彼なりの、そしてわたしたちには、わたしたちなりの事情がある。」
「はい。
彼は、『
「例えば、だ。」
芝居が買った口調で、美姫は、海堂をからかうように言った。
「どちらでもない、第三の勢力が送り込んできた能力者だとしたら?」
「想像としてはおもしろいですが、連日いじめにあって、なにも出来ないというのは、いったい、なんの能力者ですか?」
「いじめられてもへこたれないって
からかわれているのに気がついた海堂は、むっとして押し黙った。
「海堂クン。ご存知の通り、わたしたちはいまとても、とっても忙しいのだよ。
次の決闘までに、不安定な要素は、確実に排除したいんだ。きみ
もそうだろう? 『千剣の王』よ。」
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