光華諸学院奇譚
此寺 美津己
第一章 影王異物
第1話 水晶姫は見逃せない
放課後というのは、どんな優等生にとっても心休まる時間だ。
そんなひとときの安寧の刻に。
金剛派の貴族の一角として、水琴の家には、長く伝わる家訓がある。
流麗な筆致で流れるように書かれた巻き物は、現代の活字印刷に馴れたものには、読みにくいほどだ。
長々と、書かれたそれは。
「力こそ正義」。
弱いものは倒れ、強いものの糧となるのが世の定め!
その家に生まれ、育ち、いま毀誉褒貶も甚だしい光華諸学院の総代を務めるその、彼女にしても。
これはあまりにひどい。
そう感じたのだ。
取り囲んだ学生たちは、
講堂の入り口に置かれた掲示板は、コルク素材でできていて、学生たちは、そこにてんでにサークルの募集やら、集会の知らせやら、豪の者になると自作の詩を貼り付けたりしているのだが。
いまは、びっしりと手紙のようなものが、貼られている。
小柄な少年は、それを剥がそうとして、何度も突進するのだが、その度にクラスメイトたちに阻まれて、失敗に終わっている。
少年は、転校生。
名前はたしか、
沿海州の出身だと聞いた。
出会いからして、最悪だったし、細っこい体も、優しげな顔立ちも、水琴には入らない。
イジメ?
「なぜ、やり返さない。」
と。
勝つ勝たないは、ともかく、抵抗しないことなど、この脳筋伯爵家には、辞書から抹消された概念なのだ。
だから。
なよなよのちびのやせっぽちの少年が、いじめられているのを見ても、
いや、むしろ、なんの抵抗もせずに、あいまいな笑顔でやり過ごそうとする槇村琉斗に、嫌悪感を抱いたほどだった。
だが、これは違う。
これは醜い。
突き飛ばされて、尻もちをついた
掲示板に貼りだされていたのは、彼のもとに届いた家族からの手紙だった。
「す、水晶姫・・・」
透明感のある硬質な美貌。めったに笑顔をみせないことから、彼女はそう呼ばれていた。
ただし、陰である。面と向かってそう呼ばれることは不快だった。
「退きなさい。」
怒るほどに、彼女の指示はシンプルになり、口にする単語は少なくなる。
ここらは、学院中の者が全員知っていた。
いや、知らない者もいた。
彼は、のろのろと立ち上がると、彼をいじめていたひとりに向かってこう言った。
「あのさ、これでもういいかな。殴ったり蹴ったりもいいし、ほかの荷物も諦めるけど、手紙だけははがさせてくれないかなあ。すごく嫌なんだけど。」
「
いじめの主犯格と思われる生徒、
「実際にこの手紙の内容は、風紀委員として、見逃せないものがあるんです。」
そう、海堂はクラスの風紀委員だった。
いわば‥
放課後に呼び出されて、殴られた金銭をたかられるといったシンプルなものまで、ほぼクラスの半数がなんらかの形で参加して続いいていた。
これは、光華諸学院の悪しき伝統行事でもある。このくらいのことに耐えられないのならば、
光華の生徒ではない。戦う意志のないものは、去れ。
新入生たちの半数は、9歳で上級生たちからこれをやられている。
前にも述べたように、
だが、その中である事実に到達している。
いじめられた者ほど、いじめる側にまわったときに、酷いことを平然とやる。
貼り出されているのは、
昨晩届いた郷里からの、仕送りの荷物は、本人の手に渡ることなく、解体され、服は切り裂かれて、教室の彼の席に詰まれ、金に変えられるもには変えられ、そして中に入っていた家族からの手紙は、こうして掲示板に晒されているわけだ。
踊るような筆致のなかなか見事な手紙は、遠い異国の地へ留学することになった彼の身を、案じるとともに、学業への邁進を叱咤激励するもので、その古風な言い回しから、祖父母からのものだろう。
内容は似ているが、簡潔で、筆ではなくペンで書かれた手紙は、父親のものだろうか。
母親からと思われる手紙は、かなり長く、便箋何枚にもわたっていた。
かなり息子を溺愛し、また遠い地に送ることに葛藤があったのだろう。
彼女がいかに、息子を大事に思っているかを綴るだけで、便箋2枚が消費されていた。
それから、延々と生活上の諸注意、生水は飲むな、とか歯を磨けとか、挨拶はきちんとしろとか、それが数枚にわたって続いたあと、再び、遠く離れた異国への留学が心配になったのだろう。
最初の2枚と同じ内容が、こんどは5枚にわたって、延々と語られていた。
これはこれで、かなり恥ずかしいのだが。
問題は次の手紙だった。
おそらくは、彼の姉からのものなのだろう。こちらは、細かな筆致で丁寧に書かれた手紙で、便箋では3枚と、母親のものに比べれば、かわいい分量だった。
だが、その内容は。
一言でいってしまえば、それは、槇村琉人と彼の姉の道ならぬ恋を暗示したものになっていたのだ。
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