第9話
ドタドタッと廊下で足音がして、屋敷が騒ぎになっていた。
ルールーの部屋はすぐ隣なので、急いで駆けつけてドアをノックして入室の許可を待つと、しばらくして返事があった。
「ルールー大丈夫かい?」
「ファ・・・ファリオンにいさま!だいじょうぶです!なんでもありません!」
戸を開けて部屋に入ると、ルールーは顔を真っ赤にしてベットの辺りを隠す。
そのしぐさはとても可愛いが、それだと明らかに何か隠してるのがバレバレだよね。
それに、私の部屋から一緒に出てきた小人が肩の上に乗っている居たのだが、ルールーの視線は明らかに小人を見て呆気に取られている。
これ、ルールーには間違いなく見えてるね。
「ユィルール様!何かございましたか!」
「な・・・なんでもありません!だいじょうぶです」
ルールーは駆けつけて来たミレーナの声にビクッとして、どう答えるか困ってる感じがひしひしと伝わってくる。
なんで隠してるのか良くは分からないけど、ここは兄ちゃんが助けてあげるべきだろう。
「ミレーナ、ごめんね。ルールーは外が一面の雪景色だから、驚いて皆を呼び出しちゃったみたいなんだ」
「そうでございましたか、このような不思議な事が起これば無理もないお話です」
「まぁあんな呼び方じゃ、母さんに「はしたない」と怒られかねないからね?あんまり騒ぎにしてあげて欲しくないかな?」
「かしこまりました」
「だからルールー、着替えたらもう一度来るから、テラスで外を眺めてお話ししよう?」
「あ・・・はい!ファリオンおにーさま、お着替えいたします」
妹とは言え、寝巻姿の女子の部屋に長居するのは得策じゃないと思うので、ササッと退散モードに入る。
ルールーも「話をしよう」と言ったの時に小人を指さしたので、その意図も何となく伝わったみたいだった。
まぁ、ベットの辺りで隠れきれなかった小人たちがピョコピョコしてるし、私の肩の上には先ほど話をしていた小人が乗ってるけど、全く全然不思議なぐらいミレーナはそれに気付いてない様子だった。
本当に普通の人には見えない存在なんだな。
肩に乗ってるのに気付いた時はヤバッと思ったけど、ここまで華麗にスルーされてるのを見ると、姿が見えないと言うのには同意しないとダメだね。
「ミレーナ、私もルールーの呼び鈴に驚いて急いで着替えたから、きちんと着替えをお願いしたいな」
「かしこまりました、お手伝いできず大変に申し訳ありません」
「じゃぁ部屋で待ってるね、ルールーも着替えが終わったらすぐ来るから、ちょっとまっててね」
「わかりました!ファリオンおにーさま」
いつもなら7:30ぐらいに起きるのだけれども、今日はまだ6:00を過ぎたぐらいだったらしい。
深夜の見張りが気付いた時点から大雪が降りだして、急な雪かきや庭の手入れに全使用人で寝ずの番の大忙しだったみたい。
そりゃ真夏の深夜にいきなり寒くなって大雪降ってきたら、誰も混乱しますわ。
いつもなら一番最初に来てくれそうなアリスが居なかった事も、忙しさが垣間見える。
館は暖かったけど、全力で魔道具が稼働している雰囲気だ。
外はすごく寒いみたいで、着付けられた格好は冬服だった。
準備も済んだのでルールーの部屋に行こうとすると、小人たちはぞろぞろと後についてきた。
ついでにいたずら小人の腰に巻いた縄を解いてあげようかと思ったんだけど、そのままで良いと言われたので、酔っぱらいのすし詰めみたいな恰好で持っていく。
反省したのか、うなだれて一言もしゃべらないけど。
「ファリオンにいさま!お待ちしてました」
「大丈夫だった?」
ルールーは笑顔で頷きながらおでこタックルをかましてくる。
うぐ、なかなかいいタックルだぜ?
ルールーと朝の挨拶を少し交わした後に、小人たちと簡単にお互いの自己紹介を始める。
先ほどから話をしていた一人?の小人はテルテンテル、テルって呼んで欲しいらしい。
臥せている長とは別の場所に暮らしていて、魔領の山の中にある精霊の集会所の長らしい。
その臥せている長はトリルリト、かなり北西の方にある大きな集会所の長みたい。
縄で縛られたのはレンテンレ、レンテって呼べばいいらしい。
悪戯なだけかと思ったら、ダルベス領からリトリア領に広く広がっている魔領の森にある精霊の集会所の長と言う事だった、マジか。
精霊達は固有の名前は持っていないらしく、こう言う時は集会所の長がその名前で名乗るのが習わしみたいだ。
地域の精霊の中で、長く生き力が備わっている者が長となって、糧となる魔力の湧き出る「泉」と呼ぶ所に集まって暮らしていると紹介を受ける。
「精霊の小人が泉を離れて、こんな所に居るのはどうして?」
「ひとつは凍える魔力を振り払える、暖かい風を出す魔道具に惹かれました」
「そうだね、空調の魔道具が気持ち良いって言ってたもんね」
「もうひとつはユィルール様のお部屋に引き寄せられたのは、ベットの横にある本があったからです」
「え?ルールー、この本って?」
「これはリリアン・ハートウッドせんせーの「つどいのもり」と言うごほんです!」
えー、例のおまじないの作家さんじゃん。
「いったいどんなお話なの?」
「ようせいさんがいっぱいあつまる、おはなばたけのおはなしです」
「お花畑?集まって何かするのかい?」
「ようせいさんがいっぱいあつまって、ヒミツのおちゃかいなのですよ!」
「へぇ、妖精ってお茶会を楽しむんだね?」
「そうなのですよ!ようせいさんとあまいおかしでおちゃを楽しんだら、また来てくれるからそのことはないしょにしましょうと言うおはなしです」
「ないしょにね」
「ファリオンにいさまにはバレましたが・・・ふたりのヒミツなのです」
てへへとルールーは照れる、うん可愛い、はい可愛い。
しかし、妖精と精霊って同じなのかな?
「テル達はあまいお菓子食べる?」
「ほんと?」「食べる食べる」「砂糖より蜜が良いなぁ」「クリームも美味しいんだよね」「果物もいいよ!」「お肉でもいいよ!」
食べ物の話をした所為か、小人たちのテンションが一気に爆上がりした。
ちょっと人数多いけど、まだ朝早いし、どれくらい用意したらいいのかは後で考えよう。
「それでこの【集いの森】の本に何があるんだい?」
「表紙に魔法陣が刻まれていて、簡単ではありますけど、魔力を集める効果と憩いを与える効果があるんだと思います」
アストーリア語で【集いの森】と背表紙に書かれた本は、両面の表紙に幾何学模様で書かれた円形の製図が埋め込まれている。
童話の本にしては凝った意匠の装丁だとは思っていたけど、魔術的な意味があったのね。
何度も見た記憶がある形ではあるんだけど、魔法陣には魔力を帯びたような違和感は感じない。
ただ、手に握って魔力を意識したら、なんだか本が光を帯び始めて、温かい感触になる。
「これはエルリルア様のお力!」
「なんと温かな光・・・」
「エルリルア様ありがとうございます」
小人たちはいっせいに手を胸の前あたりで組むと、ありがたやーと言った雰囲気で拝み始めた。
えっ?エルリルア様って誰よ?
「これって魔石使ってないけど、なんで魔法陣は発動するの?」
「人の理はわかりませんが、森人などは魔道具など使わずに魔術を使いますから、その力があるのでは?」
「なんか、呪文とか魔術は使えないって言われたんだけどなぁ」
「ファリオンおにーさま!すごい!」
ルールーは無邪気に笑顔だ、うん尊い、はい尊い。
でも、この流れていくと・・・神聖魔法とかも使えそうな雰囲気だよね。
昨日レイルトンに教わった、教会の癒し手が使うという神聖魔法を唱えてみる。
「《se》《the》《peia》【作れ いくつか 生命】」
魔力よ流れろ!と意識をして呪文を唱えると、手先が白い光を帯びてきたので、ベットに臥せっている小人に向かって放ってみる。
やっぱり呪文は発動するんじゃん!
そのまま、良くなれー良くなれーと思いながら目いっぱい魔力の流れを維持した。
虹彩のアルケミスタ @xtokaito
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