第30話「未熟サキュバス、愛します!」

































 最近、悩みごとができました。


 古民家での生活にも慣れてきて、庭で洗濯物やお布団を干しながらひとり、ため息をつく。


 悩みの種は、深澪だ。


 今、家には誰もいない。


 そう、誰も。


 さとりはあんこを連れて少し遠いスーパーまで買い出しに行ってくれていて……深澪は、どこに行ってるか分からない。


 普段なら絶対に、こんな昼間に出かけることなんて早々ない彼女が、今は仕事も落ち着いていて打ち合わせなんかの予定もないはずなのに…居ない。


 ここ連日、ずっとそう。


 かれこれ何ヶ月も前から、あの外嫌いな深澪がひとりで朝から晩までコソコソとどこかへ出かけて行っては、帰ってきてからも変にソワソワしてて、どこに行ってたのか聞いても教えてくれなくて……だから今、猛烈に不安を抱えている。


 これは、もしかして……


「浮気だ…」


 多分だけど、そうなんじゃないかな?…って思ってる。


 だって日中はお出かけしちゃうから一緒にいる時間が少なくなって、それになにより元から少なかった夜の営みの頻度も…ぐんと減って、なんだか疲れている様子で、わたしの相手をあんまりしてくれなくなった。


 …それに、いつも帰ってすぐお風呂に入る。まるで匂いを落としたいみたいに。


 まさか深澪に限って…そう思ったけど、あまりに浮気の条件が整いすぎててつらい。信じたいのに信じられない。


 もし隠し事をしてるんだとしたら、さとりなら絶対に分かるはずだから聞いてみてもカラカラ呑気に笑いながら「本人に聞いてみるといい」って言われちゃった。


 そうは言われても…聞けばいいのは分かってるけど、怖くて聞けない。聞けるわけがない。


 だって、仮に本当に浮気なんだとしたら…どうしよう。


「はぁ…」


 付き合って数年も経てば、こんなものなのかな。それとも飽きちゃったとか…?深澪は人間だけど、サキュバスっぽいところがあるし…余計に。そういうのもありえる。


 思えばいつもセックスのお誘いは深澪からだったし、サキュバスらしくない…貧乳寄りでえっちじゃない体を魅力的に感じなくなっちゃったのかな。それかあまりに色んなことに未熟すぎて嫌気がさしたのかも。


 なんにせよ、悲しい。


 だけど、落ち着いて…わたし。


 これまでも嫌なことがあっても、前向きに、ポンコツなりに乗り越えてきたじゃない。


 それに考え方を変えれば、これはチャンス。


 今こそ、サキュバスの本気を見せる時。


 持ってる豊富な知識を駆使して、できる限りの方法で全力で、余すことなく魅了して…それでまた深澪に振り向いてもらって、浮気相手よりわたしが良いって思わせちゃうもんね。


 そうと決まれば、頑張らなくっちゃ…!


 洗濯物を干し終えた辺りで決意を固めて、握り拳を作る。


 今日はわたしから、セックスのお誘いしちゃおう!


 さっそくそのための準備に、今持ってる中で一番えっちな下着を身に着けるためみんなが居ないうちにお風呂に入って……体も入念に洗って綺麗にして、ボディケアもしっかりと行う。


 つやつやぷるんぷるんな…控えめな胸元の肌を薄い布で隠して、お出かけ用の外着に着替えて髪も身なりも整えた。


 さすがに家だと、いつも声とか気にして集中しきれないから、今日は……


「た、ただいまー…」


 夜のプランも練り終わった頃、ちょうどやたらとソワソワした深澪が帰宅した。…帰ってくるの、いつもより早い。


「おかえりなさい!」

「え……あ、うん」


 満面の笑みで出迎えたら、ものすごく驚いた顔をされた。


「どっか…行くの?これから」

「うん!」

「………そんなかわいい格好で、どこ行くんだよ」


 元気よく返事をした途端に不機嫌な声を出して、持っていた紙袋を置いて一歩近付いてきた深澪の手によって腕を引かれて抱き寄せられる。


 突然の体温に心臓をトクンと跳ねさせた。


 わたしのフェロモンに弱い彼女は、それだけで切ない吐息を漏らしながら髪に鼻を押し当てて匂いを嗅ぐ。


「こんなかわいい天海…どこにも行かせたくない」


 独占欲の強すぎる言葉を吐くわりに、しっかり汗の匂いと普段はしない香りをまとわせて浮気はしてるらしい深澪にモヤモヤとした感情を沸々とさせつつ、一旦冷静になりたくて体をそっと離す。


 ここでめげちゃ、だめ。


「?…どうし」

「これから、お出かけしよ?深澪…」


 相手の言葉を遮って、服を掴むのと一緒に甘えた声で見上げた。


 深澪は目をパチクリとさせて呆気にとられた様子を見せていて、少しして「どこに?」と望んでいた質問をくれる。


 勇気を出して、口を浅く開いた。


「…ラブホテル」


 ツリ目な瞳が、クリクリになるくらい大きく見開かれた。


「行こ…?」


 ねだるようにお願いしたら、そこからはもう早くて。


 駅までは徒歩で行けるとはいえ少し距離があるから、すぐ近所のタクシー会社から車を呼びつけて乗り込んで、ふたりで駅前で下ろしてもらってすぐどこでもいいからと近場のラブホテルへと入店した。


 時間は今回も、あんこが寂しい思いをしちゃうからショートタイムの二時間だけ。


 その間に、身も心もとろとろのメロメロにしちゃうんだから。


「あ……あたし、汗かいてるから風呂先に…」

「だめ」


 部屋に着いてすぐシャワー室へと向かおうとした深澪の腕を引っ張って、今日の舞台…サキュバスの本領を発揮できる場所まで向かう。


 戸惑った彼女をベッド脇へと座らせて、跨る形で膝の上へと腰を下ろした。


「あ、天海…?」


 キョトンとした目で見つめられて、これ以上ない緊張感が全身を硬直させようとするけど、なんとか踏ん張って耐える。いつもみたいにテンパらないようにしなきゃ。


 軽く息を整えて、相手の瞳を見つめ返す。


「深澪…」


 慣れない動きで唇を奪いながら、女性にしては大きな体をそっと押し倒した。


 自分から舌を絡め入れて、掬うように誘導させて口内へといざなう。…よかった、ちゃんと興奮してくれてるみたい。精力の味、いつもより濃い。


 しばらくキスを堪能した後は、未だ戸惑い揺れる瞳の深澪から一度体を離して、上半身を起こした。


 着ていた服の裾に、手を交差して掛ける。


「今日、ね…」


 ゆっくりと持ち上げていく間、深澪の視線もそれに伴って下から上へと移動した。


「えっちな…下着なの」


 その言葉を表すみたいに現れた…透けた布に覆われた肌を目にして、細くて綺麗な首元の喉仏が分かりやすくゴクリという音と共に動いた。


 緊張で、呼吸が浅くなる。


 服を脱ぎ捨てて、すでにじっとりと汗ばんだ手のひらを女性なのに薄い胸板の上へと乗せた。…あ、ブラしてない。これはイケる。


「気に入って、くれた…?」


 相手の表情を伺いながらとある感触を求めて探りながら手を這わせて、見つけてからはクリクリと指先で弄った。


「っあ、天海…ど、どうしたの、今日…なんか」

「積極的なの、やだ…?」

「い…嫌なわけない、けど…」

「じゃあもっと、しちゃうね?」

「さ、サキュバスっぽい……えろ…」


 面食らった深澪にキスをして、照れ笑う。


 ずっと触ってたいような服越しの小さくて可愛い突起の感触からは指を離して、代わりにプツンとシャツのボタンをいくつか外す。


 顔を落として、皮膚の上に滲み浮かぶ粒にもならない体液を舌先で掬い上げた。


 甘美で、芳醇な味が広がる。


 微量な精力を体内に取り入れただけでゾクゾクとした感覚を背筋に走らせながら、今度は骨ばった鎖骨部分に口元を移動させた。


「んっ…はぁ、おいし」

「あ、まみ……っなんで今日そんな、えろいの…」

「深澪のこと、好きだから」


 色々と辛そうな声が聞こえたから、舐めるのはやめて垂れた眉で微笑みかける。


「もっともっと…好きになってほしいの」


 輪郭の細い、白く綺麗な両頬を、包み込む。


「わたしが誰より、大好きなの。だから…」


 たとえ深澪が、他の人間と浮気してても、


「愛して、ください」


 わたしだけを、見ていてほしい。


 浮気なんて…やだ。


 自分でも無自覚に傷付いていたらしい心が涙へと変わって、水滴となって頬をボロボロと伝う。


 深澪は苦しそうに唇を弱く噛んで、つられたのか優しい瞳をうるうるとさせてわたしのことを強く抱き寄せてくれた。


「そんなこと、言われなくても」


 大きな手が頭の後ろを支え持つ。


「愛してるよ、一生」


 さらに視界が滲んだ。


「天海、愛してる…大好きだ」


 わたし……バカだ。


 こんなにも、愛情を持ってくれてるのに浮気を疑っちゃうなんて…本当に、救いようのないポンコツすぎて泣けてくる。


 深澪はそんなこと、するような人じゃないのに。


 誰よりもわたしが…知ってたはずなのに。


 申し訳ない気持ちと一緒に、どうしようもない愛情が湧き上がってきて、


「わたしも、愛してる…っ」


 結局、魅了しようという企みは消え去って。


 お互い惹かれ合うように唇を重ね合った後は、時間も忘れて体も重ねて…その日は結局、一時間だけ延長してから帰宅した。


 ちなみに、どうして深澪が数カ月も様子がおかしかったのかは…帰ってからその理由が判明した。


「…天海、これ」


 夜ご飯も終えて、家の縁側で寛いでいたら隣に来た深澪が赤い色の小箱を見せてきて、蓋を開いた。


「え…」


 視界に映った銀色のそれを見て、思考を止める。


 こ、こ…これは、まさか……


「婚約指輪だ…!」


 驚きと歓喜の声を上げたら、深澪が照れたように苦笑して指輪をつまみ取る。


「…左手、貸して」

「う、うん」


 言われた通り左手を差し出せば、手首を支え持たれて、丁寧に銀色の細い輪っかが薬指に嵌められた。


 つい、まじまじと見下ろす。


 まさか、ポンコツなわたしがこうして指輪を貰えるなんて……思ってもみなかった。


 …うれしい。


「…不安にさせて、ごめん」


 心の中の喜びの声と、罪悪感に押しつぶされそうな深澪の声が重なる。


「婚約指輪の相場…給料の三ヶ月分ってよく聞くけど、あたしの場合は明確な月収とか……計算するの大変でさ」


 そこから、ぽつりぽつりと居心地を悪くした顔で教えてくれた。


「だから…短期のバイト三ヶ月分で、買ったんだ。そのせいで忙しくて……寂しい思いさせてごめん」


 なる…ほど。


 理由を聞いて全ての辻褄が合って、納得した心で安堵する。…やっぱり、浮気なわけなかった。


 深澪って相変わらず…真面目。そこも好き。


「わたしもごめんね」


 疑っちゃったことを謝って、改めて仲直りみたいなキスを交わして……気分が盛り上がりすぎてたせいで、縁側だってことも忘れて押し倒されたのを受け入れてしまった。


「天海…声、我慢して。聞かれちゃうよ…?」

「っぁ、んぅ…だめ、声出ちゃ…う」

「あぁほんと、かわいすぎる…愛してるよ」

「んん…っわたし、も…」


 もうほぼ青姦な状態でひと通り愛し合った後は、


「…ふたりとも、近所迷惑だよ」

「「す、すみませんでした…」」


 さとりにそう諭すように怒られてしまった。…ほんとに良くない、反省反省。もうしないようにしよう。


「あ、そうだ…」

「ん?」

「このこと、さとりは知ってたの?」


 ふと気になって聞いたら、さとりは「ふっ…」と鼻で笑う。


「もちろん」

「むー…どうして教えてくれなかったの?」


 いじわる、と心の中でも伝わるのが分かった上で憎たらしい言葉を吐いて目を細くして睨んだら、悪びれもせずさとりは喉を鳴らして楽しそうにする。


「サプライズの邪魔なんて野暮なこと…しないよ」


 どうやら、彼女なりの気遣いだったらしい。


 そんなこんなで無事に浮気問題も解決して、婚約指輪も貰えて、


「これから先…死ぬまで、いや死んでも……お前を愛し続けるよ」

「…うん、わたしも。愛してる」


 永遠の愛を誓い合ったわたし達ふたりは……きっと明日からも、平穏に平凡に平和に生きていく。


 何も変わらない日常を、重ねていく。


 もちろん、わたしと深澪だけじゃない。


「さ、寝るか。…あ。今日はみんなで寝よっか」

「うん!そうしよ!」

「家族で雑魚寝…幸せだね、あんこ」

「ニャア…」


 家族三人と一匹。


 とびきりの幸福を連れて。


 いつかきっと地獄に落ちても、その後もずっと。


 みんなのことも、自分のことも。


 未熟なわたしごと、愛します!













    【未熟サキュバス、恋します!】


           完













 










 












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未熟サキュバス、恋します! 小坂あと @kosaka_ato

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