White Score

きなこもち

第1話 夢見る少年

 あれは、小学生になる前だっただろうか。

父さんは俺を半ば無理矢理ライブハウスに連れて行った。

 

 まだ体の小さかった俺は父さんに肩車されながらステージの上に立つ人たちを見ていた。


 耳から入るキーンという不快な音、鼓膜が破れそうなほど大きなドラムを叩く音。


 耳鳴りがして、父さんに「帰りたい」と言おうとしたその時、心臓まで響く重低音が耳に入った。


 その音を聴いた瞬間、帰りたいという気持ちは一切無くなり、その音が発せられる楽器に釘付けになった。


 それが俺とベースの出会いだ。


***


 「あーあ!バンド組みたいな〜」


 いつも通り、父さんと向き合いながら晩飯を食べている時、俺は無意識にその言葉を発していた。


 「そのうち組めるさ」


 父さんは少し宥めるような口調でそう俺に告げる。

 俺が作ったハンバーグを美味しそうに口に運んで幸せそうな笑みを浮かべながら。


 「もう高校入って1週間経つのに、バンド組めそうな人どころか、楽器をやってる人とも出会えないんだよ!自己紹介の時バンド組みましょう!ってクラスの前で言ったのに」


 少し愚痴るような口調で父さんにそう言うと、


 「人は魂同士が引き合って繋がるものなんだよ。だからいつか、響の前にも一生大切にしたいと思える人や仲間が現れるはずだよ」


 と返ってくる。


 高校生になったらすぐにバンドを組むと決心していたため、若干の焦りがあったが、父さんの声や言葉を聞いていると妙に心が落ち着き、焦りもなくなる。

 不思議だが、これが親と子の関係なのだろう。


 「ごちそうさま!食器洗うから食べ終わったやつこっちに頂戴」

 「いつもありがとな。父さんの分まで」

 「父さんこそ、いつも仕事お疲れ様」


 俺が産まれてすぐ、母さんが病気で帰らぬ人となってからは、父さんが男手一つで俺を育ててくれた。

 感謝してもしきれない。


 「ほんと、いつもありがとね」


 俺がそう言うと、父さんはニコッと笑って頭を撫でてくる。 

 もう身長は抜かしているのに父さんの手はとても大きく感じる。


 「じゃあ、ベース弾いてくるから」

 「おう、1日も欠かさず何時間も何時間もよくやれるな。飽きないのか?」

 「飽きないよ!ベースは俺の生きがいだから」


 もうかれこれ10年ほど、毎日5時間くらい、ベースの練習を続けている。

 自分で言うのもなんだが、相当上手い自信はあるし、ネットにも「弾いてみた動画」をアップしている。

 

 4畳半の自室にいき、扉と窓を閉める。

 10年間、使い続けている初心者セットのベースをアンプに繋げ、構える。

 1番太い弦に指を引っかけると、

 「ボオォン……」という音が部屋の隅々まで響き渡る。


 その音は俺の全細胞を喜ばせる。

 

 「はぁ、心地いい」


 もう何年も、何万回も聴き続けている音なのに、飽きることは無い。

 初めて聴いた時の衝撃と新鮮さが思い出され、それと同じような音が自分の指と自分のベースから発せられていると思うと1人で興奮してしまう。


 だが、ベースが1番輝けるのはライブステージの上だってことは分かっている。

 バンドを組みたい、組むためにはもっと上手くならなければならない。

 

 「よし、もっと練習するか!」


 そう独り言を発してベースの指板に指を置いた。

 


 ピピピピッ、ピピピピッ……


 「んんーーっ、はぁ、朝か……」


 5時半にセットしておいたアラームを止め、俺の1日が始まる。

 俺からしたら憂鬱な高校生活。

 初日から色々な人とはなすことができ、友達と呼べる存在は沢山できたが、授業中ベースを弾けないということがストレスに直結する。

 

 知り合ったばかりのクラスメイトと話すよりもベースを弾いているほうがよっぽど楽しいが、高校生活を無難に過ごすためにはクラスメイトとも関わらなければならない。


 休み時間もベースを弾く時間はないと思い、学校にベースを持って行く事もない。

 そう、帰るまでベースを弾けないのだ。


 だから、朝早く起きてベースを触る。

 弁当の具材も昨日の夜のうちに作り置きしておいたから詰めるだけ。

 学校の準備も昨日のうちにしておいた。

 

 「1時間くらいはできるか!」


 軽く指を動かしてベースを弾くと、憂鬱だと感じていた学校生活も頑張ろうと思えるようになる。


 「いってきます!」

 「おう!いってらっしゃい」


 今日は父さんの仕事が休みらしいので弁当は自分の分だけ詰め、家を出る。


 学校までは徒歩電車合わせて1時間半ほど。

 もう少し近い学校でもよかったのだが、この高校の設備の良さに一目惚れしてしまった。


 だが、電車通学が思っていたよりも大変で乗り換えも4回ある。

 電車に乗っている時間は暇なので、いつも英語の単語帳を見るか、動画サイトで「弾いてみた動画」を見ている。


 自分のアップした動画を見返す事もあるが、最近は「Bluebeat」という名前で活動している女子高生ギタリストにハマっている。


 様々なジャンルの曲をクールに弾きこなしていて、そのパフォーマンスには目を奪われる。


 顔出しはしていないみたいだがいつかみてみたいものだ。


 『まもなく、樂蘭高校前駅』


 高校につき、下駄箱を開けると、一通の手紙が入っていた。

 

 「なんだこれ」


 封筒の右下に「田邊君へ」と俺宛の手紙であることを証明する文字が書いてある。

 封を開け中の手紙を取り出すと、


 『昼休み、西校舎の屋上で待ってます。』


 とだけ書かれていた。


 俺は即座にバンドメンバーへの加入希望なのだと認識した。


 ついに、バンドメンバーになりたいという人が来たのか!!

 メンバーになりたいのなら手紙など使わず直接話しかけてくれてもよかったのに!


 「パートはどこだろうな〜?文字的に女の子だよな〜!女性のドラマー!?かっこいい!ギターもいい!いや、ボーカルが1番か!…………」


 午前の授業は期待に胸が膨らみすぎて、内容が全く頭に入ってこなかった。

 

 4限終わりのチャイムがなり、西校舎へと向かおうとしたのだが、校舎の場所が分からない。

 まだ入学して1週間なので、把握していなくても仕方ないだろう。


 そう思い、たまたま近くにいた茶色がかった髪の女の子にきくことにした。


 「あの、質問したいことがあって、少しいいですか?」

 「え、あ!田邊くん!?いいですよ!!」


 初めて話しかけたのに、なぜ名前を知っているんだ?


 「あれ、俺名前言ったっけ?まぁいいや、西校舎の場所が知りたくて」

 「西校舎は確かそこの廊下をまっすぐ行って突き当たりを右に曲がったところだよ!」

 「ありがとうございます、優しいですね」

 「え!ありがと…、あの、迷わないように一緒に行きますよ!」

 「大丈夫です!真っ直ぐいって右ですよね、それじゃ」


 一緒に来てくれようとしてくれるなんて親切でありがたいが、迷惑になりそうなのでやめておこう。


 西校舎まだ行くと、屋上へ続く階段があった。

 階段を一段登るたびに期待度も高まっていく。


 屋上のドアを開けると、見たことのない小柄な女の子がいた。

 

 「あの、この手紙って、君かな?」

 「そ、そそうです」

 

 声と目線から焦りが感じられる。

 

 「話って何かな?」


 そう問いかけた俺に返ってきた答えは、


 「田邊くんが好きです!つ、付き合ってください」


 だった。


 「え、ええー!!」


 バンドじゃなかった。

 つ、ツキアウ?スキ?

 これって告白??


 「私の一目惚れです!一目見た時から田邊くんのこと目線で追っちゃいます。めっちゃイケメンの高身長マッシュ、はにかんだ時の笑顔が太陽みたい、下校中に猫ちゃんと遊んでる姿を見た時はかわいいって思っちゃいましたし!それで、それで……」


 女の子は何かのリミッターが外れたのか、俺のことをベタ褒めしだした。

 流石に照れるので、止めようとおもう。


 「ストップ!ストップ!照れるから、やめて」

 

 女の子の方を見ると、顔を赤くしてこちらを見ている姿が目に入る。


 告白なんて、したことないから分からないけど、どれだけ勇気のいることだろうか。

 緊張しながらも頑張って思いを伝えてくれたんだ。

 ちゃんと応えないと。


 「思いを伝えてくれて、ありがとう。すごく嬉しい。でも俺は今やりたい事があって、多分付き合っても君のこと疎かにしちゃうから、ごめん、付き合えない。」


 本当に嬉しかったし、断るのは心が痛いけど、俺はまだ人を好きになったことがないし、今付き合ってもこの子を幸せにはできないだろう。


 「そ、そうですか、わかり、ました」


 女の子は校舎の中へと続くドアを開け、トボトボと歩いて行った。


 申し訳なさと、何もできない自分への苛立ちを抱え、教室へ戻ろうとした時、

 ブー、ブーッ、とスマホがなった。


 『父さんから二件のメッセージ』


 と書いてあり開くと、


 『響、ほんとにごめんなさい。部屋の掃除をしていたら、ベースを落としてしまって、ネックを折ってしまいました。』

 

 という文と、見事にネックが真っ二つになっているベースの写真が送られてきた。


 ネックは弦を指で押さえる、音程を決める場所だ。細くて長いので落としたら折れる事もあるだろう。


 しょうがない、と思いたいが、涙が出そうになる。

 10年間、ずーっと使い続けてきたベースだ。

 俺の相棒で、癒しで、生き甲斐だ。


 「まじ、かよ……。」


 父さんも悪気があったわけではないということは分かる。

 せっかくの休みに部屋の掃除をしてくれてたんだ。

 責める気なんて全くない。


 ただただ悲しいだけ。


 『明日楽器屋にいくから、大丈夫だよ』

 

 そう返信してスマホをポケットに入れる。


 ベースが壊れたショックからか、午後の授業の内容は1ミリたりとも頭に入っていない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 


 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

White Score きなこもち @saionjisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ