第5話

「よし、やってやんよ」


 可愛らしい手袋をつけて、雪玉を固め始めるのは、「海來ちゃん、一緒に帰ろー」と押しかけてきた数多の男女をすべて断り、こそこそと逃げるようにここへやってきた河瀬。


 対して俺は、雪を触るなんてこと考えていなかったから、手袋なんて持っておらず――素手だ。


「……冷たすぎんだろ」


 ひんやりとした雪を触った俺の全身を、一気に寒気が襲う。身の毛がよだつような冷たさに、俺は早々に戦意を喪失しかけていた。


「よーし、和樹。いっくよー?」


 ブオンと風を切って、河瀬の手から離れた雪玉が俺に向かって飛んできた。


「うお」


 体をひねって避ける。俺は負けじと雪玉を固めて投げようとする――そのときだった。


「和樹くん、……私に雪玉当てるの?」


 河瀬の声。彼女は潤んだ目でこちらを見てきている。


「中学で野球部だった(今は陰キャだけど)剛力男子が雪玉投げるの? こんなか弱い女子に向かって?」


 おい、かっこの中身。心の声漏れてんぞ。

 それに、俺は元野球部だったことお前には言ってない!


 俺はそう反論しようとしたが、出来なかった。寒さで頬を赤くした河瀬海來が、涙目でこちらを見てくる様子は――それがたとえ演技であろうと。


 反則だったのだ。


 可愛すぎて。


「……っ」


 俺の手から雪玉が落ちた。


 だめだ、可愛い。

 可愛すぎる。


 陰キャぼっちの俺じゃ、河瀬に勝てない。


 こいつはある意味で強すぎる。


「……はーい、ということで、此上和樹選手の戦意喪失により、決着がつきましたぁ!」


 先程の涙はどこへやら。河瀬海來はケラケラと笑いながら、俺の方へスキップして近づいてくる。


 やめろよ、滑るぞ。


「結果は、私の勝ち! ってことで、これからも話に行くねー! よろしくぅ!」


 バッチリとウインクして見せる河瀬。なるほど、俺はやはり河瀬に勝てないらしい。


「はいはい、よろしくお願いしますよーだ」


 仕方なく俺は返事をする。今までは、好きでぼっちをやってきたけれど――まあ、人と話すのも悪くないな。


 そんなことを思ってしまう。


「んじゃ、和樹。次はキミが熱望していた『脱陰キャ作戦』の会議をしようか」

「誰も熱望してねぇよ」

「うん、そんなに喋れるなら、コミュ障卒業は間近だね」

「不本意にも、お前のおかげでな」

「じゃあ和樹が他のクラスメイトと話せるようになった暁には」

「はぁ」

「『私が育てました』っていうプレートを和樹に貼り付けておこうかな。もちろん顔写真付きで」

「俺は農産物か」

「地産地消だね」

「意味わかんねぇ」


 結局やはり俺は河瀬に勝てないようだ。


 まあ、悪くないな、と思う。


 しばらくは、このままで。


 そんな事を思いながら、俺は河瀬の隣に並んで、真っ白な世界の中を歩き出す。雪はまだ、チラチラと降っていた。



(了)

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俺はやはり彼女には勝てない。 咲翔 @sakigake-m

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