秋分〈しゅうぶん〉
それは懐かしい景色だった。
黄金色の穂に埋もれて稲を刈りながら、ふと空を見上げる。
雲1つ無い空が高く、青く、目の前を赤とんぼが飛んでいった。
「そろそろ休憩にしよ」
隣で穂を刈っていた穂高が言った。
「うん、あと少しだね」
オレが首にかけたタオルで汗を拭って答えると、それを見ていた穂高が、やけにニヤけた。
「なんかちょっとムラムラした」
言っておいて、照れて挙動不審になる。
「珍しいな」
穂高が、こんなにストレートに口に出すなんてまずないから、オレはすかさず稲穂に隠れるようにして口づけた。
「お前が、田んぼやりたいって言うなんて、思わなかった」
オレは微笑んで、左手に持ったままになっていた稲穂を掲げた。
「ハローワークの担当さんにさ、『学生の頃とか、やりたいなって思ってた職業とか無いですか?その時、何故そう思ったのか、考えてみてください』って言われてさ。オレ、小さい頃からあんまりなりたい職業とかなかったけど、たった1つだけやれたらいいな、やりたいなって思ったのが、『穂高と米を作る』だったんだ。ジッチャン言ってたでしょ? 『穂高とここで米作れ』って」
「覚えてる」
穂高が俯きながら、微笑んだ。
「めちゃくちゃ遠回りしたけど、またこの景色に戻って来れたよ」
視線を上げた穂高が握り拳を突き出した。
オレはその拳に、ゆっくりと自分の拳を当てる。
縁側でイズがスケッチをしていた。
「今度は何描いてんの?」
オレたちが覗き込むと、そこには稲刈りしているオレたちの絵が描かれていた。
その上には、
『
と書いてあった。
「言ってたでしょ? 2人の物語を描きたいって。まだ描けるか分かんないけどね」
オレたちは顔を見合わせた。
「2人の長い冬が終わって、草木が芽吹く季節になったんだよ」
そう言って、イズは自分のことのように嬉しそうに笑った。
「はーい、お疲れ。マチルダ特製麦茶だよ」
マチルダさんとナイトが、お盆に麦茶とグラスを持って来て、縁側に座った。
「あれだ、甘いやつだ」
オレが言うと、
「麦茶は甘いでしょ」
とみんなが声を揃えた。
オレはもう答えが分かっていながら
「じゃ、芋煮は?」
と聞くと、
「醤油」
と返ってきた。
オレは完全アウェイだ。
でも嫌いじゃない。
甘い麦茶も、醤油の芋煮も、この風景も。
麦茶を喉を鳴らして飲んだ後、穂高がナイトを見て言った。
「つーか、ナイトまたグンと背伸びてねぇ?」
それを聞いたマチルダさんが意味あり気に笑った。
「『牛乳嫌い』とか言って飲まないと、背がちっちゃいままで、東京の背の高いイケメンに瑞穂取られちゃうよって言ったら、給食の牛乳残さないようになったんだって」
真っ赤な顔したナイトが、マチルダさんの口を塞ぐ。
甘えん坊だったナイトがグッと大人になった。
大切な人が出来ると、人は悩んだり迷ったりしながら、成長していくものなのかもしれない。
そんなことを想いながら、穂高を見た。
ヤツもオレを見ていた。
「ねぇ、あんたたち! 見つめ合っちゃってるけど、コウちゃんに声かけた? まだ刈ってない? あれ。」
「あーっ!」
オレと穂高が立ち上がり、親父さんに手を振って、休憩を知らせた。
その帰り道、少し助手席でウトウトしていたオレのスマホが震えた。
通知が来ていた。
それも数日前に面接した会社からだった。
地元の伝統的な織物や工芸品の会社だけど、新しいコンセプトの商品ブランドを立ち上げ、駅ビルなんかに展開している。
正社員ではなく、パートみたいな契約社員だけど、親父さんと穂高と三人で田んぼをやることになった今、ちょうどいいと応募した会社だった。
米作りや神楽とも通じるところがあるな、と志望動機には、その話を書いた。
面接では、神楽の話になり、
「伝統を受継いでいく、素敵な特技をお持ちですね。」
と好感触だったのを覚えてる。
「どした?」
運転席の穂高が聞いた。
「こないだ面接した会社……」
「ああ、最近いろんな駅に出来てるとこだっけ?」
「受かった」
「えっ?」
穂高が、オレの顔を見て、車を路肩に寄せて停めた。
「受かった?」
「受かった!」
お互いに抱き合おうとして、シートベルトに阻まれる。
もどかしそうにシートベルトを外した穂高が、オレの上半身を引き寄せる。
オレもシートベルトを外して、穂高を抱きしめる。
「おめでとう」
「ありがとう」
オレたちは、眉間にシワが寄った笑顔とクシャクシャの笑顔で、笑い合った。
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