綿柎開 〈めんぷひらく〉

 新しい生活が始まった。

俺のウチにコータがいる。

何か不思議な感じだ。


お盆が明けて、職場はいつもの穏やかな日々が戻ってきた。

それと同時に、お米マイスターの件が正式に俺に決定した。

プレッシャーを感じつつ、少しワクワクしている。


 コータは髪を切って、こっちのハローワークに通い始めた。

すでに地元の企業2社を紹介され、履歴書の送付を終えた。

面接の用意をしつつ、ダメだった時に備えて他の仕事も探している。

同時進行で、前の派遣の仕事の残りのシフトもこなしているから、コータは大忙しだ。

身体を壊したりしないように、気を付けてあげないと。


 実家には、数日おきに瑞穂が来ているらしい。

ナイトといい感じに、田舎の夏休みを楽しんでるみたいだけど、毎回『で、コータは来ないの?』と聞くから、ナイトをショボンとさせてるという。

次の休みには、コータと実家に行かないと。

夏休みが終わったら、瑞穂は東京に帰る。

それまでに、コータと瑞穂には絆を深めて欲しいんだ。


「愛の結晶かぁ」

ナイトの言葉を思い出して、俺がポツリと言う。

「何? 瑞穂?」

隣で本を読んでたコータが、俺の顔を覗き込む。

「何拗らせてんの?」

「別に」

コータがクスクスと笑う。

「眉間のシワ、エグいことなってんぞ」

コータがまたシワを伸ばしにかかる。

「いーよ、伸ばさなくて。どーせ、眉間にシワガッツリ入った強面のジジィになるんだから」

バタバタとシワ攻防戦を繰り広げた俺らは、コータが俺の両手を押さえつけてキスしたあたりから、様子が一変した。

甘い吐息に紛れて、コータが囁く。

「オレにとって、お前が丸ごと愛の結晶なんだけどな」

小さく途切れがちな声に紛れて、俺は笑った。

「何言ってんすか、コータさん……」

俺のコータさん呼びが、また火をつける。

痺れるような幸福に、俺は身を震わせた。


「テレビで特集やってたの見たんだけど、岩手に『銀河鉄道の夜』のモデルになったっていう眼鏡橋があってさ、近くに銀河ステーションの壁画がある道の駅があるんだって」

「何それ、めちゃめちゃ行きたいんだけど」

起き上がろうとした俺の身体を引き寄せて、コータが言う。

「行こう。近いうちに、2人で。また夢叶えよう」

「行く、絶対!」

幸せに浸るように微睡みながら、まだ見ぬ風景を夢想する。

コータの寝息が聞こえてきた頃、俺も微笑みながら眠りについた。


 辰哉くんから、神楽が無くなるかもしれないという連絡が来たのは、それからほんの数日後だった。

理由が分からず、相澤さんに連絡しても、相澤さんは何も答えない。

そのかわり、秋祭りの準備に向けた総代会には出ないようにという連絡だけが来た。

嫌な予感がした。

俺は相澤さんの言葉に背いて、総代会に出席した。


 集会所に入ると、相澤さんが立ち上がった。

「穂高。なんで……」

総代会のメンツを見て、何となく分かった。

いつもなら総代会に委任状だけで出席しないような名ばかりの重鎮たちが雁首揃えていた。

「おう、本家も来たか。座れ」

辰哉くんが重鎮たちに冷えたペットボトルのお茶を差し出す。

御神職が申し訳無さそうに俺に頭を下げた。

町会長も俺に頭を下げる。

何だ、この空気。

「本人が来たなら言わせてもらう。川島本家は総代会から外れてくれ」

総代が相澤さんに引き継がれた時以来、会に出席していなかった、ウチの分家の哲男さんがデカい顔して言った。

「は? 本家が外れるとか、ありえない話じゃないすか?」

「本家は問題が多すぎる。耕一といい、お前といい、とてもじゃねえが神社も神楽も任せらんねぇ」

任せらんねぇも何も、お前は何もしてねぇだろうが。

喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

「全く、耕一は女でやらかしまくって、穂高は男色ってどうなってんだ本家は。男色の二人で神楽やるなんざ認めらんねぇ。嫁は町のスナックのチーママ上がりだしよ、子どもの名前は奇天烈で……」

「いい加減にしてくんねぇか、哲男さんよ」

相澤さんがキレ散らかした声で言った。

俺は絶対に手が出ないように、膝を両手のひらでギリギリと握った。

「あんたが今まで神社に何した? 名前だけで何もしてねえよな。先代が駆けずり回ってる間、いつも酒呑んでるだけだったじゃねえか」

「何だと! 相澤、お前誰のお陰で総代になれたと……」

相澤さんが、見たこともないような恐ろしい顔で、哲男さんを睨みつけた

「俺は穂高への引継ぎ役として総代を引受けた。本家が外れるなら話は別だ。相澤は神社の全てから手を引く。町会からもだ。哲男さん、後はあんたが全部やってくれるんだよな? 神社の創祀から続く神楽を、あんたの代で終わらしたらタダじゃおかねえぞ」

哲男さんは、町会長に助け舟を求めたが、町会長は、

「多様性の時代に、こんな差別用語満載の発言してたら、訴えられますよ。これだから田舎は、って言われるんですよ」

と、逆に俺を擁護してくれた。

後を追うように御神職が、

「穂高くんには小さい頃から良くやってもらっています。神楽だって、穂高くんが舞わずに誰が舞うんですか?」

そう問いかけた。

その問いに誰も答えない。

「た、辰哉が舞うだろ、辰哉が」

それでも引かない哲男さんが辰哉くんに呼びかけた。

「やりませんよ」

哲男さんが絶句する。

「嫁が嫌がるんですよ。神社の行事で駆り出されるの。田舎はこれだからって。でもそれをなだめてまで出てんのは、先代や上坂さんや穂高くんがカッコ良かったからですよ。俺もああなりたいと思ったからですよ」

結論は出たに等しかった。

だけど相澤さんがダメ押しした。

「ということで、相澤と川島本家は総代会を下りる。以上。後は好きにやってくれ」

相澤さんと辰哉くんが立ち上がって、俺を呼んだ。

俺はその場にいる全員に頭を下げ、集会所を後にした。


「要らぬ気を揉ます事になるから、出るなって言ったのによう……」

相澤さんが、俺の肩を叩いた。

「これからだって、ああだこうだ言うやつはいるだろう。でも、胸を張れ。お前は誰よりも良くやってきた。何も恥じる事はねえ。」

俺は全力で、全てを抑え込んでいたから、身体中の力が抜けて、深く溜息をつくと、小さく頷いた。

「心配いらねえ、そのうち音をあげるだろ」


しかし予想に反して、哲男さんはなかなか音をあげなかった。

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