寒蝉鳴 〈かんせんなく〉
コータの様子が明らかに変わった。
でも、そこに触れちゃいけない気がして、俺は何も知らない顔をして笑った。
何故このタイミングなんだよ。
少し苛立ちさえ覚える。
『オレにはもう、誰かと付き合う資格なんてないと思ってたからね』
そう言ったコータの横顔を思い出す。
あいつが罪の意識から、ようやく前を向いて歩き出そうと踏み出したところで……
タイミングは更に悪く、14日と15日、仕事が入っている為に、コータは一旦街に戻る。
夏祭りの夜に、身の回りの荷物を持ってこっちに帰って来る予定でいた。
こんな気持ちのまま、また離れるなんて。
夕方、駅までの道のりを言葉少なに歩いた。
どうでもいいような話題を振っては、うわの空な返事が返ってくる、の繰り返し。
最後には会話も途切れた。
「やっぱり、帰らないとダメだよね」
駅の目の前まで来て、俺はとうとう立ち止まった。
「仕事だからね」
そう言って、歩き出そうとするコータの手を、両手で握って引き止める。
「帰ってくるよね?」
俺の問いに、コータは微笑んだ。
「どうした? オレの心配性感染った?」
感染った訳じゃないけど、不安で堪らない。
コイツがどんだけ苦しんだのか。
その苦しみに俺が責任を感じてるように、コータもまた、自分が傷付けた人たちに責任を感じてる。
罪の意識をずっと抱えて生きてる。
コイツが真面目であればあるほど、それは重くて深い。
それをよく知ってる。
「お前が、俺の荷物を『少し分けろ』って言ったみたいにさ、お前が抱えてるものを俺に分けてよ」
「気がついてたか」
コータの手を握ってた俺の手を引いて、コータが俺を抱きしめる。
「大丈夫。最後に来た手紙の住所が杉並区だったから、もしかしてって思っただけだから。むしろ、気になるから、必ず戻って来る。あの子が本当にそうなら、キチンと話したいし。心配かけてゴメン」
俺は大きく首を振った。
「待ってる。俺んちで一緒に暮らせるの、楽しみにしてる」
遠くから遮断機の警報音が風に乗って聞こえてくる。もうすぐ電車が来る。
俺たち以外には誰もいない駅前。
見つめ合って、そのまま離れようとしたけど、ダメだった。
もう一度引き寄せられるように近づいて、鼻先が触れ合い、唇が重なった。
駅から戻ると、家では盆提灯が点けられ、親父が迎え火の準備をしていた。
俺たちが神社に行ってる間、3人はジッチャンの墓参りに行っていた。
毎年俺だけは、夏祭りの準備で墓参りは別日になる。
でもジッチャンはきっと『それでいい』って言うと思うんだ。
縁側でマチルダさんとナイトが、精霊馬を作ってるのが見える。
去年と変わらない風景。
でも今年はその風景の中に、少しだけコータがいた。
来年はこの場に一緒にいる。
繰り返していく四季を、共に歩んでいる。
そう信じたい。
「お祖父ちゃん、この馬で飛ばして帰って来るといいね」
「お祖父ちゃんの代わりに、ほだ帰ってきたよ」
ナイトが手を振る。
それに応えて、俺も手を振る。
ジッチャン、俺はやっぱりここで生きてくよ。
好きな人と一緒に。
リビングで、荷物をキャリーケースに詰め込みながら、イズが叫んだ。
「もう体調大丈夫? 仕事普通に出来た?」
俺も自分の部屋から、必要な荷物をピックアップしながら答える。
「痛みとかはないよ。お盆に仕事復帰とか大丈夫かな?と思ったけど意外とやれるもんだね」
「良かった。コータは? 仕事?」
「うん。夏祭りの夜に戻って来る」
「じゃ、16の夜からはこっちで2人で暮らせるね」
その問いに間が開いたのを、イズは聞き逃さなかった。
「ん? 何かあった?」
俺は手を止めて、部屋の入口に立つと、リビングへ顔を出す。
「コータの娘らしき子がこっちに来てる」
イズの手も止まった。
「しばらく連絡なかったんだっけ?」
俺は頷く。
「まだ確定ではないんでしょ?」
「最後の手紙が住所杉並で、その子は杉並西小だって。つーか、笑い方コータにそっくりで、色白は母親に似てた」
イズが、俺の顔をまじまじと見て、吹き出した。
「顔!」
イズがケラケラと笑う。
「ほだでもそんな顔するんだね。妬いてる?」
不貞腐れた顔になってんのは気付いてたけど、今は許してよ。
「だって、俺とじゃ子供なんか出来ねーし。あんなにはっきり遺伝子見せつけられると……なんかね」
「そういうもん? 私には理解できない感情だわ」
「コータは、気になってうわの空になってたし。せっかく前向きになってたのに、後退りしそうで心配」
イズが優しく微笑む。
「そんだけ、コータが好きなんだね」
頷くのも小っ恥ずかしくて、こめかみを掻いて誤魔化した。
「まぁ、何にせよ、今気を揉んだって答えは出ないんだから、気にしない気にしない! やっとさ、ほだの願いが叶うんだから。好きな人と好きな町で一緒に生きる。そっちにフォーカスしなよ。ねっ!」
俺は渋々頷く。
「ま、また何かあったら相談にのるから」
キャリーケースの蓋を閉じたイズが言った。
「そろそろ私行くね。そのまま実家に泊まるから、ほだ今日こっちでも大丈夫だよ」
俺は頷くと、駆け寄ってテーブルの上のキャリーケースを下ろすのを手伝う。
「たまには遊びに来てよ」
「うん、2人のノロケを聞きにくるよ」
「ノロケねーし」
「期待してるよ。2人の物語、描きたいから」
「じゃ、取材料頂いちゃおっかなぁ」
俺たちは、玄関で向き合って笑い合った。
「それじゃ、またね」
「うん、また」
イズが手を振りドアを離すと、あっという間に部屋は静寂に包まれた。
お盆の中日を迎えて、職場は一気に忙しくなった。
農産直売側がこれだけ混んでいるのなら、フードコートはどんなことになっているんだろう。
補充したいけど、レジの援助に入って、戻ると精米の依頼が入って……ぐるぐる回るから、まさに目が回る。
パートさんや、お盆だけのアルバイトさんを先に休憩に入れていたら、俺が昼休憩に入ったのは3時半を過ぎていた。
道の駅の中にあるコンビニで弁当を買い、フードコートを覗くと、人が溢れていた。
外では地元の太鼓の演奏が始まって、駐車場もたくさんの人で賑わっていた。
休憩室にはもう、俺とフードコートの数人の社員しか居なかった。
弁当を食べ始める前に機種変更したスマホをチェックすると、コータからのメッセージが入っていた。
『少し早くあがれそう』
そのメッセージを見て、俺は微笑んだ。
『迎えは? どうする?』
そう問いかけると、
『大丈夫』
とだけ返事がきた。
駅からまた歩くつもりかな?
『また連絡して』
そのメッセージにすぐ既読がついたが、返信は無かった。
流石に退院後に動きすぎたのか、どっと疲れが出て、少しウトウトし始めた頃、
「川島くん」
と声をかけられ、ハッとして振り向いた。
店長だった。
「体調、大丈夫?」
「はい、もう大丈夫です。ただ、一気にお盆のピークだったので、流石に疲れました」
今、ウトウトしてたのを見ていたから、心配させたのかもしれない。
「なら良かった。前から話が出てたけど、繁忙期過ぎたら産直の人間にお米マイスターの資格を取らせようって話、候補に川島くんあがってるから、もし決まったらよろしく頼むよ」
そういえば、そんな話があったっけ。
資格取得には5年の販売実務経験が必要だから、俺か安斉かという話が出ていた。
米の品質の見極めやブレンド、精米法や炊き方について本格的に学べて、地元の米をたくさんの人に食べてもらえる手助けが出来るなら、喜んで引き受けたいと思ってる。
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
右手を軽くあげて、店長が店舗へと戻っていく。
仕事で認められ、期待されてる。
素直に嬉しい。
ふと、スマホを見る。
俺も戻らないと。
休憩室のテーブルを片付け、持ち場に戻るとだいぶ客が引いていた。
「今日、あちこちで盆踊りやらお祭りやらで、引き早いですね」
安斉が小声で言った。
気になっていた補充も、安斉が終わらせてくれたようで、売り場はかなり落ち着いていた。
ここからバタバタすることはないだろう。
定時であがれれば、夏祭りをそれなりに楽しめる。
そう思って、再び精米作業に入った時、
「どの品種が特におすすめですか?」
そう声をかけられて、顔をあげる。
「そうですね……」
声の時点でちょっと気になったけど、まさかないなと仕事モードの声で答えたけど……
「お疲れ!」
コータが目の前で笑っていた。
「驚いた?」
俺は固まって頷く。
「仕事してるとこ、見たいって言ってたじゃん」
「だって、仕事……」
「早くあがれそうって連絡したじゃん」
「そうだけど……」
「迷惑だった?」
俺は首を振った。
「ただ不意打ちで驚いただけ」
コータがしてやったりという顔で笑った。
「何て言うか……、天職だね。穂高らしい。道の駅の店員と米作りの兼業って。」
コータに天職と言われるのは、誰に言われるより嬉しい。
「そう?」
俺は不器用に笑った。
どんな顔していいか、分かんねぇや。
「フードコートで何か食べて待ってる」
「定時にはあがれると思うから、店舗閉まったら、駐車場の出口辺りにいて」
「分かった」
手を振って、フードコートへと歩いていくコータの背中を見つめる。
普段のコータに戻ってる。
俺はホッと胸をなでおろすと同時に、ニヤけそうになる頬を立て直した。
予定通りに仕事をあがり、コータを乗せて、予定通り30分かからずに実家に着いた。
珍しく今日は、親父がナイトと神社に行っているらしい。
俺とコータも神社へと急ぐ。
「今日はかき氷、ほどほどにね」
「分かってるって」
俺は笑った。
十字路までの道は暗くて、コータの顔さえ見づらい。
でも、だからこそ、回りからも見られない。
「コータ」
呼びかけられて立ち止まったコータに黙って抱きつく。
「どうした?」
俺の髪を撫でながら、コータが聞く。
「心配性、感染ったのかも」
ちょっと笑ったのが、微かに聞こえる。
「大丈夫だよ。ちゃんと戻ってきたよ」
そして、耳元で言った。
「もう明日からはずっと一緒でしょ」
僅かな光を頼りに、唇を探して口づける。
「早く行かないと、ナイト待ってるよ」
「うん」
そう答えたけど、神社にはあの子も来てるかもしれないわけで、またコータが塞ぎ込むんじゃないかと思うと、やっぱり不安は拭い去れなかった。
十字路を曲がると提灯の明りがぼんやりと辺りを照らし、浴衣や甚平の子供たちが鳥居の下ではしゃぐのが見えた。
ほんとに小さな町内会の夏祭りでも、子供たちには夏休みの楽しい一大イベントだ。
一の鳥居で一礼して石段を登る。1段ごとに明りが増して、登り切ると別世界が広がっていた。
境内がライトに照らされ、拝殿に向かう石畳の両脇に小さな出店が並ぶ。
焼きそばに、かき氷に、アメリカンドックに、水ヨーヨーに、わたあめ、そしてソフトドリンク。
たったそれだけだけど、境内にはびっくりするほど人が集まっている。
「ほだー!」
集会所の軒先で、親父とナイトが焼きそばを食べていた。
親父が手招きするから、近づくとビニール袋に入った焼きそばが2つ、差し出された。
「買っといたから食え」
俺たちは顔を見合わせて、それを受け取る。
「ありがと」
「ちょっと先にお参りしてきます」
俺が言うより先に、コータがそう言った。
「親父さん、ちゃんと父親やってるじゃん」
拝殿に向かう途中、コータが小さく呟いた。
「だいぶ、父親になったよ」
俺は笑って答えた。
けど、気づいてる。
さっきから何度も、コータの視線があの子を探してること。
見える範囲には、たぶんいないと思う。
それでも、同じくらいの背丈の子に反応してる。
神様への挨拶を終えて神楽殿を見ると、町内会の祭り好きたちが、流れるCDの盆唄に合わせて踊っていた。
それに合わせるように、神楽殿前で子供たちや、浴衣姿の人たちが踊る。
ふと見ると、CD係として太鼓の松崎さんがちょこんと座っていた。
「松崎さんじゃん!」
コータが嬉しそうに駆け寄る。
松崎さんもすぐ気が付いて手を振った。
「ホントにコータくんだ」
「お久しぶりです」
コータが頭を下げる。
「いや、
そう言った松崎さんが、
「ちょっと待って」
と、裏にさがると、すぐ笛の袋を持って帰ってきた。
「これ、三國さんから」
コータが呆然として、受け取れないでいる。
「『コータくん、自分の笛もう持ってないかもしれないから、お古で申し訳ないけど』って」
松崎さんが、コータの手を取って、笛を握らせた。
「コータくんがさ、そんな奴じゃないのみんな知ってるからさ。余程の事があったんだろうって話したんだ。特に三國さんは、コータくんに戻ってきて欲しいってずっと言ってた。だから、嬉しかったんだと思うよ。受け取ってあげて。三國さんの気持ちだから」
コータの頰に、光る筋が落ちていく。
「俺…何て言っていいか……」
コータの声が震えていた。
「何も言わなくていいよ。一緒に神楽やってくれれば、それでいいよ。たぶん、先代の総代も、上坂さんも、生きてたらそう言うよな?」
松崎さんの問いに、俺は笑顔で答えた。
「もちろん。『えがった、えがった』って、笑ってるよ」
コータが俺に振り向いた。
俺は頷く。
松崎さんに向き直ったコータが、
「有り難く使わせて貰います。今度、三國さんに挨拶行きます」
そう言って、頭を下げた。
その時、コータの向こう、神楽殿と拝殿の間から、あの子が見ているのに気が付いた。
俺に気が付かれて、神楽殿の裏へと走って消える。
「コータ!あの子……」
コータが駆け出す。
「松崎さん、また後でね。ありがとう」
驚く松崎さんに声をかけて、俺も後を追うけど、姿はもう見えなくなっていた。
「牧村の実家に来てんのかな?」
俺が問いかけると、
「まだ瑞穂だと決まったわけじゃない」
と、珍しくコータが語気を強めた。
「ごめん……」
俺たちは、お茶を2本買って集会所の前に戻り、親父から貰った焼きそばを食べた。
ナイトが親父と一緒に、水ヨーヨーを釣って戻ってきた。
「ほだ、今年はかき氷何杯?」
「まだ食べてないよ」
「まだ具合悪い?」
ナイトが心配そうに聞くから、頭を撫でて笑う。
「大丈夫、焼きそば食べ終わったら食うよ」
ナイトが水ヨーヨーをバシバシと手に当てて遊んでる。
「そんなやったら割れるよ」
そう言いながら、感じてる。
さっきから、中学の同級生数人が子供と通って、コータの存在に気がつき驚くさまを。
佐藤の耳に入れば、明日にはみんなに知れ渡る。
けど、俺はもうそんなの気にしない。
俺は、コータと生きていくって決めたんだ。
奴らに会うのも、こういう時だけ。
言わせておけばいい。
あの子の事を気にしながらも、何でもない振りをしてコータは笑った。
だから俺も、見てない振りをした。
かき氷は3杯目で、コータストップがかかって諦めた。
それでも、俺たちには十分楽しい夜だった。
「おかえり! 楽しかった?」
ナイトが水ヨーヨーを横向きに放って、縁側のマチルダさんに見せた。
親父は慣れないことするもんだから、すっかり疲れ切っている。
俺は3杯目のかき氷カップを左手に、マチルダさんに手を振った。
すると、マチルダさんが怪訝な顔をした。
「えっ、何? 怖いんだけど。私しか見えてないとかじゃないよね?」
全員が振り返ると、少し距離を置いたところにあの女の子がいた。
みんなが絶句した。
「何? ちゃんと生きてるよ」
怯える視線に、彼女は言った。
コータが真っ先に声をかける。
「女の子が1人でこんな時間まで……。親御さんは?」
それを聞いた彼女は、コータの前までスタスタと歩いて来て止まった。
「あんたが三枝紘太?」
大人顔負けに、コータに見栄を切った。
「そうだけど」
いつになく厳しい声でコータが答える。
「見ず知らずの大人に『あんた』は失礼だよ」
「見ず知らずじゃないわよ」
コータの言葉に被せるように、彼女は言う。
「五十嵐瑞穂。もう名前も忘れちゃった?」
コータが眼を閉じて、空を仰いだ。
親父が、ナイトを促して、家に入ろうとするも、ナイトは動こうとしない。
「ママが写真見せてくれないから顔知らなかったけど、お祖父ちゃんちで私が産まれた頃の写真見せてもらったら、神社で会った人が写っててびっくりした」
彼女は穴が開きそうなほどコータを見つめて言った。
「あんたが私のホントの父親?」
コータが、どう答えるのが正解か考えてるのが分かる。
視線が彷徨い、最後に瞬きすると、彼女をしっかりと見つめた。
「そうだよ」
「お祖父ちゃんが、高校生で子供作った極悪人って言うから、どんな悪そうな奴かと思ったら、なんか普通でびっくりする」
彼女の言葉に、コータが笑った。
「そうだよ。普通そうに見えて、極悪人かもしれないから、こんな時間に小学生が、ましてや女の子が、知らない土地でフラフラしてちゃいけないよ」
「大丈夫よ。私はどうせいらない子だから。どうなったって誰も……」
「瑞穂!」
見たこともないような顔をしたコータが、怒りを露わにした。
「いらない子なんていないよ! マチルダが、みんな愛の結晶として産まれてくるんだって言ってたもん」
まさかのナイトが割って入る。
「何にも知らない田舎のガキは黙ってなさいよ!」
「田舎のガキじゃねえもん!」
掴み合いになった2人は押したり引いたりを繰り返し、最後は身体の大きい瑞穂にナイトが突き飛ばされた。
「危ない!」
ナイトが突き飛ばされた先に電気柵があるのに気づいたコータが、庇うようにナイトを引き戻した。
俺はナイトを受け止める。
「コータ!」
電気柵スレスレにコータが倒れ込んだ。
ナイトを親父に預けると、俺はコータの元に駆け寄る。
「大丈夫? 柵に触れてない?」
「大丈夫」
コータは俺に心配かけまいと微笑むと、ゆっくり立ち上がる。
「ナイトに謝りなさい」
「なに父親ぶって説教してんのよ!」
「何と言われようが、オレは間違いなくお前の父親だ。娘が道を間違ってたら、叱って諭す。それが父親の役割だ。ナイトは間違ってないよ。お前はいらない子なんかじゃない。少なくて、俺はそう思ってる」
「ママと私を捨てたくせに」
吐き捨てるように瑞穂が言った。
「それは違うな。捨てられたのは、オレだよ」
どこまでも寂しい顔して、コータが笑った。
流石の瑞穂も、もう何も言えなくなった。
もう一度、コータが言う。
「ナイトに謝りなさい」
瑞穂がナイトに近づくと、渋々呟いた。
「ごめんなさい」
ナイトが親父から離れて、瑞穂に向かい合う。
「俺も乱暴してごめん。お互い、頼りない父親持つと大変ですね」
ナイトが大人ぶって言うから、その場にいた全員が大爆笑した。
「俺、川島騎士。騎士って書いてナイト。小6」
「えっ、同い年?」
驚くのも無理はない。
小学6年生にしては大きい瑞穂と、4年くらいにしか見えないナイト。
10センチ以上差がある。
「五十嵐瑞穂。私も小6。夏休み、お祖父ちゃんちに1人で来てるの」
2人は初々しく握手した。
「いつまでも外でワチャワチャしてないで、中に入ったら?」
マチルダさんが呼ぶから、みんな家へと歩き出す。
「お祖父さんやお祖母さんには言ってきたの?」
コータが聞くと瑞穂は首を振った。
「きっと心配してるよ。電話番号わかる?」
「いい。自分で連絡する」
瑞穂はポケットからスマホを取り出した。
「すげー。スマホ持ってる」
「スマホじゃなくても、子どもケータイくらい結構みんな持ってるよ」
「だってよ」
ナイトが親父に強請るように言うけど、
「いらねぇよ」
と、親父が一蹴した。
「ママは元気?」
コータと瑞穂が縁側で話すのを、少し距離を取って聞いていた。
「身体は元気」
「身体は?」
「ちょっと嫌な事あると、すぐ離婚するって騒いでる。いつもバタバタしてる」
「そっか。だから瑞穂がしっかりしてるんだね」
「私、しっかりしてる?」
コータが優しく微笑んだ。
「パパ……五十嵐のパパね、あいつもあんまりあてにはならないから、ママは私が守らなきゃいけないの。だから強くなりたいの」
「瑞穂はもう十分強いよ」
コータが恐る恐る瑞穂の髪に触れる。
「ほら、いらない子なんかじゃない。オレの分も、ママのそばにいてあげて。ママを守ってあげて」
「言われなくても、そうする」
苦笑いして、コータは優しく瑞穂の髪を撫でた。
口では突っぱねながらも、その手をはね退けはしない。
見えない父娘という糸が、見えるような気がして、俺は眼を逸らした。
少しして、牧村の親父さんが車で迎えに来た。
「ご無沙汰しております」
コータが深く深く頭をさげるが、牧村さんは何も言わずに瑞穂に車に乗るように促した。
「ねぇ、また来てもいい?」
誰にというわけでなく、瑞穂が聞いた。
「いいよ!」
ナイトが威勢よく手を挙げた。
瑞穂がそれを無視して、コータを見る。
「いいよ。オレのウチじゃないけど、オレの家族のウチだから」
コータの言葉に、俺たちみんなが微笑んだ。
「またね」
最後にナイトに手を振って、瑞穂が車に乗り込んだ。
「カッコよかったよ。ウチの親父より、ちゃんと親父だったよ」
「そう?」
「惚れ直した」
「え?何聞こえない。もう1回」
「そこ! 大っぴらにいちゃつかない!」
「あと軽く親父ディスんなよ、お前ら」
お盆の夜、俺たちはまた〈家族〉になれた気がした。
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