立秋・新〈りっしゅう・あらた〉

 花火の夜。

いつでも出られる準備をして穂高を待った。

7時半くらいまでは、笑っていられた。

花火の音が聞こえて、テレビで生中継が始まっても、まだ落ち着いていられた。

8時を過ぎた頃から、スマホの連絡を気にし始め、花火が終わった8時半から、オレは落ち着いていられなくなった。


 結局、そのまま穂高は帰らなかった。

いくら連絡しても、返事はない。

何があったって、連絡してこないなんてあり得ない。

だとすれば、連絡出来ないほどの何かが起こってるとしか考えられない。

心配性の癖に、なんで何かあった時の為に、職場や実家の連絡先を聞いていなかったのか後悔した。

一睡も出来ないまま、仕事に出かけ、暇さえあればスマホをチェックした。

だけど、連絡は来なかった。


 思考はどんどん悪い方に転がっていく。

連絡出来ないんじゃなくて、もうしないと決めたんじゃないか、という考えが浮かんでは消えていく。

あの時のように、やっぱり別々の道を歩もうと決めたんじゃないか。

そんなはずはない。

そう思いながらも、心が揺らぐ。

だから、営業時間になっても、職場に電話出来ない。

もし、何でもなく出勤してるのに、連絡が無いのだとしたら……。

怖くて何も出来ない。


 本来、2人共休みで、七夕の街に繰り出そうと話していたその日。

ようやく、電話がなった。

知らない番号だった。

だけど、すがるような想いで、電話に出た。

「もしもし? 三枝さん? の携帯ですか?」

知らない女性の声だった。

「そうですけど」

「川島と言います。ほだから聞いてるかな? マチルダです」

マチルダさんからの電話と知って、身構える。

これは悪い報せに違いない。

「聞いてます。穂高は? 何かあったんですよね?」

冷静でいられない。

「仕事の帰り、高速でゲリラ雷雨にあって、トンネル目前でスリップしたらしいんです。どうにか路肩に止まったけど、衝撃で脳震盪起こしてて……。私達も連絡先知らなくて、すぐに連絡出来なくてごめんなさい。心配だったよね?」

「脳震盪……。命に別状ないんですね?」

身体中の力が抜けて、その場に座り込む。

「良かった……」

相手が穂高の義理のお母さんと分かっていても、堪えられないくらいに泣いていた。

「コータ、ほだに会ってあげて。ほだ、ずーっとコータを呼んでる。気を付けなくてゴメンって泣いてる」

「すぐ向かいます。場所教えてください」

涙でボロボロになりながら、オレはメモを取った。


 伝えられた午前の面会時間終了まであと少し。

ギリギリ3階にたどり着く。

エレベーターが開くと、そこには見覚えのある男の子が立っていた。

「マチルダ、コータ来た!」

呼びかけた方向を見ると、女性が2人立っていた。

「ナイト立たせておいて良かった。コータ! こっち!」

年上と思しき女性が手招きする。

きっとマチルダさんだろう。

だとするともう1人は…。

オレは2人の方へ小走りで向かった。

病室に、

『川島穂高』

のネームプレートが掲げてある。

「連絡ありがとうございます。三枝です。マチルダさんですよね?」

そう頭を下げると、

「挨拶はあと!」

と、手を引かれて病室に入った。

「ほだ、コータ来たよ!」

マチルダさんが声をかけると、マチルダさんの肩の向こうから組紐を付けた左手が見えた。

古い方の組紐が無くなってる。

その瞬間、全てが吹き飛んで、マチルダさんを追い越して、穂高の左手を握った。

「良かった。生きてて良かった」

そう呟くと、虚ろな眼の穂高が、

「ゴメン、コータ。花火見られなかった……」

と謝った。

「いいよ、そんなの。穂高に会えなくなるとこだったと思うと、オレ……」

「そうだよ、警察の人も言ってたじゃん。運良くトンネル手前の広い路肩に止まったのと、後続の車がいなかったからこれで済んだけど、そうじゃなきゃ谷底か、後ろから突っ込まれてこんなんじゃ済まなかったって」

マチルダさんの話にゾッとした。

そんな事になってたら……

「マチルダさん、少し2人だけにさせてあげよ」

もう1人の女性が、マチルダさんに呼びかける。

「ゴメン、イズ。気が利かなかったね、私」

2人は病室を出て、ドアを閉めた。

ドアが閉まり切る前に、オレは握った穂高の手に口づけた。

「生きててくれたらそれでいいよ。だから、もう謝らないで。生きてれば、また七夕も花火も行けるんだから」

「七夕……見たかったのに……」

残念そうに呟く。

「来年、絶対見よ。約束するから」

穂高が微かに笑ったように見えた。

「あと、昔の組紐、どっか行っちゃった……」

ずっと大切にしててくれた組紐。

穂高の身代わりになってくれたのかもしれない。

「お前を守ってくれたんだよ、きっと」

頷いた穂高が顔を顰める。

「まだ頭痛む?」

「そんなに強く打った記憶ないんだけどね」

オレはゆっくり近づいて、額に口づける。

「今度こそ本当に無理すんなよ。キチンと良くなるまで、しっかり休んで」

院内放送が、午前の面会時間の終了を伝えている。

正直、離れたくない。

多分、穂高もそう思ってる。

だから、オレの手を離さない。

「午後も来るから。ずっとついてるから」

そう言うと、ようやく安心したように手を離した。

「ゆっくり休んで」


 病室を出るとマチルダさんとナイト、そしてイズと呼ばれた女性が待っていた。

「さっきは挨拶ごめん。マチルダです。ナイトは会ってるよね」

「はい。三枝紘太です。はじめまして」

オレはイズと呼ばれた女性の挨拶を待った。

彼女は自己紹介を躊躇しているように見えた。

「イズ……」

マチルダさんが促したから、彼女は仕方なさそうに口を開く。

「私もさっき聞いたんですけど、私のこと聞いてないんですよね?」

そう問いかけられて、オレは凄く嫌な予感がした。

何も知らない。

オレは頷いた。

「ほだは自分の口で伝えたかったと思うので、正直戸惑ってるんですけど……川島いずみといいます。色々事情がありまして、戸籍上ほだと結婚しています」

「へっ?」

オレは今何を言われたのか。

確かに聞いたはずなのに、頭が理解してくれない。

「ちゃんと説明しないとびっくりしますよね。でもこれだけは先に言っておきます。安心してください。本当の夫婦ではないですから。ほだが、あなたの事ずっと想ってたの知ってましたし、2人が再会出来るよう応援してました」

結婚してるけど、本当の夫婦じゃない?

ああ、穂高は女を抱けない状態だった訳で、そういう意味なんだろうなというのは分かる。

でも、『安心してください』って言われても、『ああそうですか』とは受け入れられない。

それはどんな結婚だとしても、今の今まで、結婚してるってことを、真っ先に言うべきようなことを、隠してたってことだろ。

結婚してて、奥さんがいたけど、オレと暮らしてたってことには違いないんだろ。

彼女が言うように、安心出来ることなら、何故最初に言わなかったんだ。

疑問、失望、怒り、いろんな感情がくるくると渦を巻いて、少しずつ大きくなっていく。

でも、今この状態の穂高にも、穂高の家族にもぶつけられない。

大人な対応が出来なかった。

何を言えば良いか、分からなかった。

マチルダさんも、いずみさんも、困惑しているのが伝わってくるのに、場を丸く収めるような言葉が出なかった。

「いろんな事が一気にだから、混乱しちゃいますよね。でも、信じてください。ほだは、悪気があって隠してた訳じゃない。全部キチッとしてから、自分で話したかったんだと思います。こんな時だから、私が話すことになって、余計に受け入れられないの分かります。だから、ほだが退院したら、ちゃんとほだの言葉で話を聞いてあげてください。お願いします」

いずみさんが必死に、そして深々と頭を下げた。

「イズ……」

マチルダさんが、頭を上げるように促しても、いずみさんは頭を上げない。

「だって、せっかく幸せに暮らしてたのに、私の存在のせいで2人がギクシャクしたりしたら嫌なの!」

本当の夫婦じゃないっていうけど、彼女が穂高をとても大切に思ってることは伝わってきた。

そして、オレたちを応援していると言う言葉に嘘が無いことも。

「頭を上げてください。ちゃんと穂高と話しますから」

穂高の口から聞きたかった。

もっと早くに知りたかった。

それは変わらない。

でも、深い事情があることも察せられる。

何より今は、少しでも早くヤツが元気になることが先だ。

やっと顔を上げたいずみさんが、オレの顔を見つめる。

わだかまりが全部無くなった訳じゃないのを、見透かされてる気がする。

「落ち着いたらもう1回検査して、大丈夫そうなら退院とは言われてる。だけど、コータと七夕行くの相当楽しみにしてたんだね。自分の運転を過信してたこと含めて、ほだにしては随分まいってるから、付いててあげて」

マチルダさんが、いずみさんの背中を擦りながら言った。

「勿論です。オレ、今日は休みですけど、あとは11日まで仕事で来られません。12日は、予定通り実家にお邪魔したいと思っています。どうか、穂高をよろしくお願いします」

オレたちはお互いの連絡先を交換して、一旦別れた。

いずみさんは、足りない物を家から持ってくると言う。

マチルダさんとナイトは、午後は来られないらしい。

別れ際、ナイトがオレのシャツの裾を掴んで、

「ほだと仲良くしてね」

と不安そうに言うから、目線まで下りて頷いた。

ふとした仕草が、初めて会った頃の穂高に似てる。

「大丈夫」

右手で頭を撫でると、

「またほだ泣かしたら、許さないから」

と口を尖らせる。

マチルダさんがたしなめると、ナイトは渋々頭を下げた。

愛されてんな。

家族に大切にされてる。

図書室の隅で、いつも1人で本を読んでた、あの頃の穂高とは違う。

何でだろ。

自分の事じゃないのに、嬉しいんだ。


「イズに会った?」

不安な心を表すように、穂高はずっとオレの手を離さない。

「会った」

眼を閉じ、深く息を吐いた穂高がポツリと言う。

「ごめん」

またオレの手を握る力が強くなった。

「今する話じゃないよ。落ち着いてからにしよ」

オレが手を離そうとすると、身を乗り出して聞いた。

「怒ってる?」

聞いてすぐに顔を顰める。

「ほら、無理すんなって。驚いたし、正直混乱したけど、怒ってないから」

今にも泣きそうな顔して見つめるから、オレはもう一度手を握り直した。

「もう、帰る時まで離さないから」

お互いの組紐が重なり合う。

「ナイトに『泣かしたら許さない』って言われたよ」

やっとはにかむように笑った。

「マチルダさんも、イズ? さんも、もちろんオレも。みんなお前を大事に思ってる。だから、早く治そう」

「うん」

本当に微かな声で、穂高は答えた。

確かに、こんなに弱ってる穂高は久しぶりだ。

実を言うと、ホントは少し怒ってる。

ぶつけたい質問も幾つもある。

でも今はいい。

お前がこの手を握っていて、それが温かいというだけで、全てを凌駕するんだ。


 穂高のいない毎日が、こんなにもシンドいと思わなかった。

ほんの少し前まで、当たり前に1人だったのに。

マチルダさんからは、11日か12日くらいに退院という連絡が来ていた。

いずみさんは、結婚に至る経緯や自身のあまり人に話したくないだろう話まで、誠意を持って説明してくれた。

正直、そこはもういいんだ。

回りに色々言われるのは分かるし、2人にとって渡りに船だったのは理解できる。

オレと再会出来るか、全く分からない状態で、それは仕方のないことだと思う。

なのに、喉に引っかかった小骨みたいに、どうしても上手く全てをのみ込めない。

その苛立ちで、履歴書作成にも身が入らなかった。


「三枝さん、ご自身の長所はどこだと思いますか?」

非正規雇用者支援担当の桑田さんが、オレの書いた履歴書をひと通り見て、何か所かに赤鉛筆で書込みをしながら聞いた。

自分の長所をスラスラ言える奴なんているのかな? 

いるのか。

オレは自分をどうアピールして良いか分からなくて、いつも自己PRの欄がスカスカになる。

「会社は、何人もいる候補者から選ぶんですから、自分を選ぶとこんな良いことがありますよ、という部分を一番知りたいわけです。でも、三枝さんの履歴書はいつもその部分が弱いんです。力を入れるべきはそちらですよ」

自分の長所。

自分を選ぶと良いこと。

自己肯定感が低いからか、全然分からないんだ。

いつだって、しっかり面接のある会社では、高校退学理由のあたりで呆れ顔される。

その後は、面接を流されてると感じる。

雇ってくれる会社は、人手が足りなくて、すぐにでも来て欲しい所だから、履歴書さえまともに見ていない。

今の派遣会社に至っては、履歴書は出してない。

志望動機も聞かれない。

みんな同じ、稼ぎたいだけ。

「あとは動機。三枝さんの言葉からは、何がしたいのか伝わって来ないんです。何でもいいです、学生の頃とか、やりたいなって思ってた職業とか無いですか?その時、何故そう思ったのか、考えてみてください」

学生の頃、したかった仕事……

何故、そう思ったのか……

オレは、ふと思い出して微笑んだ。


「まだ実際にお仕事検索したりはしてないんですよね?」

帰り際、桑田さんが書類を確認しながら言った。

「もしかすると、他県に引っ越すかもしれないので……」

もう、穂高に無理な通勤はさせられない。

とすれば、オレが向こうに行くしかない。

そうなれば、更に就職は厳しくなるだろう。

「そうなんですね。どこで就職するにしろ、基本が出来てればあとは応用ですから。頑張りましょ」

オレは履歴書をしまうと、頭を下げた。


 いずみさんから、お盆明けには最低限の荷物を持って実家に帰る旨の連絡が来た。

『入れ替わりで、こっちで2人で住むのは駄目ですか?』

一緒にいるには、もうそれしかないと思ってる。

でも何故か即答は出来なかった。

離婚届に関しても、

『急がなくて大丈夫』

そう伝えた。

離婚したところで、オレたちが結婚出来る訳じゃない。

紙の上での出来事に、あんまりオレは感心ないんだ。

関心ないくせに、わだかまってる。

この感情はいったい何なんだろう。


穂高に会いたい。

会えばきっと、全て吹き飛ぶのに……

穂高のスマホは、事故の時助手席に置かれていて、衝撃で吹っ飛んで、画面がバリバリになった。

どこかおかしくなってるようで、データは見られるけど、ネットに繋がらないという。

誰かを介してでないと、やりとりが出来ないから、病院に行った日以来、穂高と話せていない。

それがもどかしい。

オレは、サブ画面の待受にしてる野球観戦の時の写真を見つめて溜息をついた。


 大きな駅まで、または最寄りの駅まで迎えを出すと、マチルダさんやイズさんから連絡が来たけど、オレは駅から歩きたいからと断った。

あの日、穂高が駆け込んできた駅舎は、ほぼあの時のままだった。

降りたのはオレだけ。

元々そういう駅だ。

思い出が詰まり過ぎていて、胸がいっぱいになる。

もう二度と立つことがないと思っていたホーム。

オレは、ゆっくりと歩き始めた。

穂高が神楽を舞うのを初めて見た日、穂高が駅まで迎えに来てくれたことを思い出す。

一緒に神社までの道のりを歩いた。

今なら分かるんだ。

あの日、ずっと俯き加減だった理由が。

あいつはずっと照れてたんだ。

まるでデートみたいなシチュエーションに。

思い返せば分かる。

あいつがどれだけ想っていてくれたか。

友達と思って見ている世界と、愛する人と思って見ている世界では、まるで違う。

今ようやく、お前と同じ世界を見てるよ、穂高。

曲がる位置を忘れてたりするかな? と思ったけど、ちゃんと覚えてた。

真っすぐ行けば神社。

神社はもうすぐ夏祭りだろう。

あともう少しで穂高の実家が見えるはずだ。

懐かしい。

見えるすべてが、まるで時が止まってたみたいにそのままだ。

穂高の家の田んぼを夏の風が渡っていく。

田んぼに挟まれた道の向こうに、穂高の実家が見えた。

家の前に軽トラックと軽自動車が並んで停まっている。

家に近づいていくにつれて、縁側に人がいるのが分かった。

ナイトを囲んで、両側に穂高とイズさんが楽しそうに笑っていた。

オレは何故か、進んではいけない気がして立ち止まった。

何となく、わだかまっていた自分の心が、分かった気がした。

またオレと出会わなければ、ヤツが手にしていたかもしれない幸せ。

男らしく、カッコよくありたいヤツに、オレはそうさせてやれない。

いつだって、今だって、無理をさせて……

穂高なら、きっといい夫に、そして父親になるはずだ。

オレみたいに、名ばかりの父親でなく、子煩悩でそれでいて厳しく育てられるはずだ。

足元が崩れて行くような感覚に、思わず足が竦む。

人の心は、単純じゃない。

ヤツは、この幸せを手放すことを躊躇っていたんじゃないのか? 


「あっ! コータ!」

ナイトの声がして、オレはハッとした。

オレを見つけた穂高が、縁側を降りて早歩きで近づいてくる。

「走るなよ」

今にも走り出しそうな勢いを押し留め、オレが少し加速する。

オレは直前で止まるつもりが、穂高がそのままオレを抱きしめた。

「会いたかった……」

いつもより強く、穂高の腕がオレを離さない。

「ナイトが見てるよ」

ナイトは呆然と、イズさんは嬉しそうにこちらを見ているのが分かる。

本来、こういうとこを見られるのを一番嫌がるはずなのに、それだけ想いがつのっていたんだと想うと、愛しさが溢れる。

「元気になって良かった」

こっそりこめかみに口づけながら言うと、

「向こうからは分かんないって」

と穂高が唇を重ねた。

「ねぇ? チューしてない?」

ナイトの声が聞こえる。

「してない、してない」

イズさんが笑って答えた。


 懐かしい玄関を入ると、親父さんが直立不動で待っていた。

「ご無沙汰しております」

頭を下げると、

「おう、堅苦しいのは無しだ」

と、すぐに奥へと消える。

入れ替わりにマチルダさんが出て来て、

「上がんな、上がんな」

と手招きした。

「お祖父さんにも挨拶していいですか?」

オレが聞くと、マチルダさんが満面の笑みで頷く。

少し後ろに立っている穂高の顔を見ると、ヤツも眉間にシワを寄せて、嬉しそうに笑っていた。

「ジッチャン、きっと待ってたよ」


 一番奥の仏間に入ると、ご先祖さまたちの写真が掲げてある。

白黒からカラーになり、その一番端にお祖父さんの写真はあった。

「通夜以来?」

穂高が聞く。

「だな。『穂高の味方でいてくれ』って言われたのに、真っ先に居なくなって怒ったかな?」

「怒ってないよ。むしろ会わせてくれたじゃん」

オレが、理解できずに首を傾げると、穂高が笑う。

「ナイト。ジッチャンが死んだ直後にマチルダさんのお腹にやってきたから、ジッチャンの生まれ変わりじゃないかってよく話してるんだ」

縁側で、ナイトとイズさんが夏休みの宿題に精を出す声が聞こえてる。

「ジッチャンがオレたちを……」

穂高が頷いた。

 

「まずは家族勢揃いして、穂高の退院祝いが出来て良かった。コータも来て、親父もきっと喜んでる。乾杯!」

座卓を囲んで、親父さんが乾杯の音頭を取った。

だだちゃ豆に、だしに、スイカに……

懐かしい味が並ぶ。

「だし、また作ったから」

「こないだのは、美味かったから、もう全部食べちゃったよ」 

「マジで?嬉しい。ジッチャンの味、再現出来てた?」

「出来てた」

今日の穂高は、珍しくテンションが高い。

オレの答えに、顔を皺くちゃにして笑った。

「ちょっと! こんなはしゃいでるほだ見るの、初めてなんだけど……」

マチルダさんの言葉に、穂高はきょとんとして答える。

「俺、はしゃいでる?」

穂高の問いに、オレ以外の全員が頷く。

一瞬空いて、みんなが一斉に笑った。


 食事の後、マチルダさん、イズさん、ナイトの3人が、朝顔の鉢に水をやるのを、縁側で穂高と一緒に見ていた。

「イズから聞いてる? 仕事もあるから、すぐには無理かもしれないけど、俺んちで住まない?」

穂高が少し不安げに問いかけた。

オレは安心させたくて、その顔を見つめると、

「もう、そのつもりで動いてるよ」

と、答えた。

ホッとして、微笑むヤツの肩を抱きかけてやめる。

ここは、実家だった。

「部屋はすぐには引き払えないけど、仕事はどうにか出来るかも。なるべく早く、身体だけはこっちに移すよ」

めちゃめちゃ嬉しそうに、全力で頷いて、ちょっと顔を顰める。

「まだそんな頭振っちゃダメだろ」

思わず頭を振ってしまった、そんな自分を全力で笑う、その笑顔が愛しい。

どんな不安も、どんな痛みも、コイツと居ると吹き飛ぶから不思議なんだ。

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