大雨時行 〈たいうときどきおこなう〉
コータと俺が休みで、イズも予定が調整出来るという8月12日に、実家に集まることが決まった。
同じくお盆の頃に、イズは実家に話をしに行き、実家に戻る日程を決めてくるという。
『イズのご両親に挨拶しに行こうか?』と聞いたけど、イズは自分の問題だから、と譲らなかった。
諸々落ち着いた頃、離婚届を出すという事で話はまとまった。
コータは、ハローワークで非正規雇用が長い人向けの、正規雇用を目指す講座を受けに通い始めた。
ここのところ、履歴書や職務経歴書と格闘してる。
何よりやったことのある仕事の数が多すぎるので、過去の職歴をまとめるのにも一苦労。担当の職員が付いてくれて、アドバイスを受けながら書き進めているらしい。
みんなが各々の場所で、各々の目標に向かって歩き出してる。
俺はどうする?
答えは出つつある。
確かに、街では誰も俺たちの事を気にしない。
嫌な事を言われることもない。
でも、2人で生きていく場所として、ここじゃない気がしてる。
時代遅れの差別や、嘲笑を浴びるかもしれない。
それでも、俺は堂々と、コータと前を向いて生きていきたい。
そんな想いを強くしている。
ほんの数日前に梅雨が明けた。
天気予報も雨の心配はないと言っている。
テレビでは、うっすら観たことあったけど、この街の花火も、七夕も体験したことがないから、華やぐ街に少しワクワクしている。
期間中に休みの日もあるから、2人で出かけられたらいいな。
「今日、花火って何時まで?」
「確か8時半」
いつもはまだ寝ているコータも、今日はもう支度が整ってる。
「混まなきゃ、間に合うんだけどな」
「いつもの道は閉鎖されて通れないから、もしかしたらひとつ先のインターで降りた方が渋滞に巻き込まれないかも」
「分かった」
時間を気にしながら、朝食をとろうとしているコータに声をかける。
「だし作って冷蔵庫に入れてあるから。好きだったろ、ジッチャン秘伝のだし」
「マジで? 作ってくれたの? 夏と言えばだしだよね。すぐご飯にかけて食べる!」
高校の夏、ジッチャンが作った地元の郷土料理『だし』を初めて食べたコータは、夏の間ずっとウチでだしばっか食ってた。
夏の暑さに、ふとそれを思い出して、作ってみたんだ。
玄関で靴を履き終わって振り向くと、茶碗を持ったままのコータが頬を指さした。
俺は微笑むと、指さされた頰に軽く口づける。
「行ってくる」
「急ぐなよ、気を付けて」
俺は手を振ると、玄関を出た。
雲行きが怪しくなってきたのは、昼を過ぎたくらいだった。
「やっぱりきますね、ゲリラ雷雨」
外から戻った安斉が言った。
「そんな予報だっけか? 一日快晴だと思ってた」
俺は精米した米を、袋に詰めながら聞く。
「午後はゲリラ雷雨に注意って、テレビで言ってましたよ。川島さん、どこの予報見たんですか?」
そうか、花火のことを考えてて、向こうの予報ばっかり気にしてた。
帰り道、高速でゲリラ雷雨とか、速度出せないな。
予想が外れて欲しいと願いながら、ガラスの向こうの空を見上げた。
しかし願いは虚しく、夕方に近付くにつれ、真っ黒な雲が空を覆い始め、遠くから雷鳴が響いてきた。
強い風にのぼり旗が倒されそうになるから、男たちで旗や外に出していた商品を片付ける。
稲妻が光って、店内のあちこちから悲鳴が聞こえた。
「土嚢用意してた方がいいですかね?」
安斉が聞く。
ここは少しまわりより土地が低い。
一気に降られると、排水が追いつかず、店内に雨水が流れ込む事がある。
「そうしよっか。裏から持ってきておいて、ヤバそうだったら正面に置こう」
そう指示を出した次の瞬間、大きな雷鳴にみんなが驚いて身を竦める。
外を見ると、一気に滝のような雨が降り出した。
結局、雨はそのまま強弱をつけながら降り続け、閉店後も土嚢を置いたり雨対策の作業をして、職場を出るのがいつもより20分ほど遅くなった。
それでも渋滞に引っかからなければ、花火に間に合うはずだ。
幸い、さっきより雨は小降りになってる。
俺は急いで車に乗り込む。
『ゲリラ雷雨で職場を出るのが遅くなった』
とコータに連絡しようと文字を打ち込んだけど、心配性のコータさんが『もう今日は諦めよう』と言い出しそうな気がして、送信せずにスマホを置いた。
間に合えばいいんだ。
俺は少し焦り気味にエンジンをかけた。
雨で速度制限はされているけど、高速はいつも通りに走れている。
何ならいつもより順調なくらいだ。
このペースで行ければ、30分くらいは花火が見られるかなぁ、なんて少しホッとしてた。
だけど、進むに連れて雨が激しくなる。
そして気が付いた。
俺は、雨雲を追いかけるように走ってるってことに。
ワイパーの速度を上げて、車のスピードは下げるけど、どんどん視界が悪くなっていく。
ちょっと恐怖を感じるほど視界が悪くなったところで、稲妻が走った。
ほんの少しブレーキを踏むと、後輪が微かに横滑りしたのが分かった。
視界が回復するまで、路肩に寄せて退避したいけど、今下手に速度を落とし過ぎると、後ろから突っ込まれる恐れもある。
もうちょっとすれば県境のトンネル。
そこに入れば、もう大丈夫だ。
向こうは降ってないはず。
あと少し。
そう思った時、雷鳴が轟いた。
驚いて踏んだブレーキで、ハンドルが効かなくなった。
車がスリップした。
進行方向と逆方向に車が向いているのも理解した。
どうにか立て直そうとしたとこまでは、覚えてる。
後ろから突っ込まれたら終わりだ。
こんなとこで人生終わるのは嫌だ。
どうにか路肩に止まってくれ。
コータさんの心配性は、正しかったな。
そう思った瞬間、意識が無くなった。
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