桐始結花 〈きりはじめてはなをむすぶ〉
少しずつ、疲れが溜まってきてるな、とは感じるけれど、まだまだ頑張れる余裕はある。
頑張れるだけそばにいたい。
というか、一緒に暮らす日々で、自分の想いがはっきりしてきたのが分かる。
やっぱり、コータじゃなきゃ俺はダメなんだ。
また離れて暮らすなんて、考えるだけでも嫌だ。
早くキチッとしたい。
イズとのこと。
どっちで暮らすかってこと。
これからのこと。
家族になりたいと言ってくれたコータに、俺も家族を会わせて、みんなで家族になりたい。
コータもまた、キチッとしたいと思ってるの、知ってるよ。
帰ると片づけられちゃうけど、ハローワークの資料や、就職情報誌を見て仕事探してる。
不安定な働き方を辞めて、頑張ろうと考えてる、それだけでも何か嬉しい。
お互いの存在が、前に進む原動力になる。
そんな関係でありたいから。
普通であることより、今ははっきりと言える。
コータと共に、ずっと歩みたいんだ。
明日ちょっと家に寄って、タイミングが合えばイズに話したい、コータとのことを。
話をしたいと連絡すると、イズから
『早めに帰るね』
とすぐ返事が来た。
いよいよだ。
コータに会えたこと、想いが通じたこと、伝えたらどんな顔するかな?
多少の不安はあるけど、イズならきっと喜んでくれると思ってる。
みんなの予定を合わせて、コータを連れていく相談もしなきゃ。
ベッドに横たわりながら、実家にコータを連れて行ったら、を想像する。
自然に笑顔になる。
「何、笑ってんの?」
風呂からあがってきたコータが問いかけた。
「内緒」
「何だよ、最近内緒が多いな」
不貞腐れながらも、ベッドにあがり隣に横たわる。
「明日、家と実家寄ってくるから、ちょっと遅くなるかも」
頭にかけたタオルを下敷きにして、こちらを向いているコータが、俺の右頬に手を伸ばす。
「ちょっと寂しいけど、あんまり遅くなるようだったら、向こう泊まってもいいし。無理だけは禁物な」
その手の温もりを確かめるように、頬を擦る。
「分かってる」
道も覚えて、慣れてきて、緊張感が薄れる頃がヤバいっていうのは、自分でも良く分かってる。
気をつけなきゃ。
でも気をつけた上で、遅くなってもやっぱりここへ帰って来たいんだ。
「ねぇ、来月の予定ってどのくらい決まってる? お盆とかどんな感じ?」
俺が何故それを聞くのか、コータはすぐに理解したようだった。
「前半は穂高の休みの日に合わせたよ。後半はまだ」
頬に、耳に、首筋に触れる指先がくすぐったくて、笑いながら首を竦める。
「分かった。明日、みんなの予定聞いてくる」
そんな俺の反応を見ながら、微笑んでコータが言う。
「みんなによろしくね」
「うん」
お互い微笑み合う。
「そういえばさ、来月5日七夕の花火あるんだけど、間に合えば一緒に見よう。裏の高台から良く見えるんだ」
「そうか、七夕かぁ。道混むかな?」
「かもな。まぁ、絶対今年じゃなきゃ、って訳じゃないから、無理しなくていいよ」
触れていたコータの指が離れていくから、俺はコータの髪を覆うタオルを引いて、その身体を引き寄せようとする。
今度は俺が触れたい。
だけどコータは抵抗する。
「何だよ。自分はずっと触ってくる癖に!」
俺が拗ねると、
「もうちょっとだけ話聞いて」
と、それまでのトーンとは少し違う声で言った。
左手が、優しく髪に触れる。
上目遣いに見ると、コータが頷いた。
「正社員とまではいかなくても、もっと安定した仕事が出来るように、ハローワークの講座とか通ってみようと思ってる」
俺はただコータを見つめる。
「ずっと、もうオレの人生なんて、どうなったっていいやって思ってた。何となく生きてるだけ。何がしたいとか、どうなりたいとか何にもなくて、死んでるみたいに生きてた。唯一、瑞穂と父親として繋がっていたくて、養育費を振り込むくらい。それも、連絡も来なくなって、意味あんのかな? って思いながら続けてた」
時折震える声に心が揺れる。
「でもさ、お前と暮らすようになって、ああしたい、こうしたい、どこ行きたい、何食べたい、自分でもびっくりするくらい欲求が膨れ上がって……。何より、お前の隣りにいて、恥ずかしくないオトコでありたいと思った。お前と同じように、どんなにシンドくても、一緒に手を繋いで前向いてたい。だからさ、どこで仕事するにしろ、端から諦めずに、履歴書の書き方とか、面接の受け方とか、1から学び直したいと思ってる」
泣きそうなのに、最後にめいっぱいの笑顔を見せるから、俺も笑顔で返す。
「俺、お前が言うみたいな、そんなたいした奴じゃないけど、でもそう思ってくれたの嬉しい」
もう一度、タオルに手を伸ばし、強く引く。
それに合わせるように、コータが俺の身体に近づき、そして強く抱きしめる。
「お前と居ると、オレ生きてるって思える」
その言葉が何より嬉しい。
眼を閉じて、大きく息を吸って、抱きしめる手に力を込めた。
俺もちゃんと言いたい。
「愛してる」
久しぶりの駐車場に車を停めて外に出ると、すでに部屋の電気が点いているが分かる。
ちゃんと早く帰って来てくれたんだな。
自分の家に帰って来たのに、少し緊張する。
キーロックして歩き出すと、部屋のカーテンが少し開いて、イズが俺を見ていた。
手を振ると、笑顔で手を振り返す。
良かった。
自然と緊張が解れて、笑顔になる。
「おかえり」
玄関のドアを開けて、イズが待っていた。
「ただいま!」
俺を上から下までじっくりと見たイズが、首を傾げた。
「なんかちょっと……」
「何?」
「幸せそう。なんか良いことあった?」
俺は照れ臭くて、俯いた。
今日、職場でも
『最近、川島さんいつも楽しそうですよね』
って言われて、
「そう?」
って返したっけ。
そんな風に分かるくらいなのかな。
自分では、よくわからないから戸惑う。
「ちょっとした報告がある」
どんな顔して言ったら良いか分からなくて、目線が彷徨う。
「ちょっと! 早く聞かせてよ!」
イズが笑顔で手招きする。
何も変わらない。
前と一緒のイズ。
「マチルダさんからお茶しようって呼ばれて行ったの。ほだ実家にいるんだとばかり思ってたら、いないって聞いて、ん? ってなって、『どこにいるかは、ほだから近いうちに話があるだろうから』って。もうそれは、ねぇ」
ダイニングで向かいあって、イズが楽しそうに問いかけた。
俺が、左手をガッツポーズするみたいに出すと、イズが小さな悲鳴をあげる。
「おかげさまで、コータに会えました。今、コータのアパートで、一緒に住んでる」
言葉が出ないというように、右手で口を隠してイズが話を聞いている。
「本当はもっと早く全部言うべきだった。ゴメンね、イズ。ナイトとフェニックス観に行った日、コータと再会したんだ。でもその日は拒絶されて……もう、全部終わったと思ってた」
俺はあの日のことを思い出しながら、無意識に組紐を触った。
「でもあの日、夜中出かけた日、コータから電話が来て……。言えてなかったけど、御守ありがとね。本当に想いが伝わった」
「良かった」
イズが、本当に嬉しそうに笑った。
「治ったのって、それでか。嫌悪感とか、罪悪感とか、払拭されたんだね」
「うん」
小さく返事したけど、恥ずかしくって、目線を落とす。
つまりは、コータとそういう関係になったよって報告してるみたいで、小っ恥ずかしい。
「話してくれてありがと。それはやっぱり話しづらいよね。私でも躊躇する」
「イズももう大切な家族だからさ、簡単に『それじゃ、離婚ね』とか言いたくなかったし、どうしたら良いかずっと考えてた。でも、コータと暮らす中で、分かった。俺、やっぱりあいつのそばに居たいんだ」
今度は眼を逸らさず、しっかり伝える。
イズが笑顔で頷いた。
「私も色々考えた。一人になってみて、ほだに甘えてたなぁとか。ちょっとほだを好きなのかも、って思った時期もあったんだけど、それはコータを一途に想うほだという人間が好きなんであって、恋愛感情ではやっぱりないな、とか。恋愛感情で好きならさ、コータとのこと、きっと切なくなったりするんだろうけど、私今めちゃくちゃ嬉しいもん」
その笑顔に、俺もつられて笑顔になる。
俺も、やっぱりイズという人間が大好きだ。
「私、実家に戻る。両親にホントのこと言おうと思う。ほだ、実家にホントのこと話したんでしょ? マチルダさん、心配してくれて、話聞いてくれて、嬉しかった。理解してもらえるか分からないけど、ホントの自分を伝えることも必要だと思った。勇気をもらえたよ、ほだ」
相変わらず、イズは強いな。
真っすぐ、前を向いている。
俺は、もう次にイズが何を言うのか分かって、いろんな感情が渦巻いて、泣きそうなのに。
「離婚しよう。でも、紙の上で離婚しても、家族と思ってていい?」
俺は大きく頷いた。
「勿論。だって、俺たち家族じゃん?」
問いかけると、イズが眼を潤ませて笑った。
「イズ、お盆とか予定どう? 実家に集まらない? コータを連れてくるから」
帰り際、玄関先でお盆の件を思い出して切り出す。
「嘘! コータに会えるの? 行く行く! 私、合わせるよ。日付決まったら言って! 絶対行く!」
食い気味に答えるから、俺は苦笑いする。
「分かった。細かいことは全部その都度やり取りしよ」
「うん。楽しみにしてる。コータによろしくね」
そう言われて、コータにまだ結婚のこと話してないとは言えなくて、笑顔で頷いた。
「やっぱり離婚かぁ」
マチルダさんが残念そうに言う。
「コータとは現時点で結婚出来ないんだし、そのままでも良くない?」
「良くない」
珍しく、俺と親父の声が揃った。
「そこはちゃんとしたい」
俺の言葉に、マチルダさんが座卓に突っ伏した。
「ね、じゃ離婚してもイズとお茶したり、買い物行ってもいい?」
俺と親父に問いかけるから、
「それは自由じゃん」
と俺は答える。
「嫌いで離婚するわけじゃないんだ。紙の上で離婚しても、それで全ての縁が切れる訳じゃねえ。ナイトも懐いてる。家族の一員のままでいいだろ」
親父の言葉を聞いたマチルダさんと俺は顔を見合わせる。
「珍しく良いこと言った」
俺たちは笑った。
親父やマチルダさんと、こんな関係を築けるなんて、思ってなかった。
でも今は、この家族が大好きなんだ。
「お盆には帰って来るんだろ? いつでもいい、コータ連れてこい」
俺が言うより先に、親父が言った。
「うん」
「イズも呼ぼうよ」
マチルダさんが言う。
「うん。言ってある」
言わなくても、みんな同じこと考えてる。
俺は本当に嬉しくて、腹の底から笑っていた。
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