蟷螂生 〈とうろうしょうず〉
こんな結末を、予想しなかった訳じゃない。
アイツが負った傷を思えば、あの頃のようになんてなれないのは、当然のことだった。
俺は、それだけのことをした。
ノコノコと出ていって、顔を見せられる立場じゃ無かったんだった。
何を甘い夢を見ていたんだろう。
俺は、馬鹿だった。
止めようと思っても、涙が止まらない。
今度こそ、終わったんだ。
自分で断ち切った時より、何倍も痛い。
相手から突き放された痛みは比べ物にならない。
ああ、この痛みをアイツは味わったんだ。
ごめんよ、コータ。
俺、何にも分かってなかったよ。
実家に着いたのは、予定より遅い時間だった。
ナイトを起こさないようにおぶろうとした時、ナイトがうっすら起きて、
「ほだ、泣かないよ」
と言ったのを聞いて、泣いてたのを気づかれていた事を知った。
「大丈夫、もう泣かないよ」
俺は答えたけど、ナイトはもう夢の中だった。
可愛い。
俺は笑った。
車の音で、玄関までマチルダさんが出て来ていた。
「遅かったから、心配した」
「ごめん、試合長引いちゃって」
「観てた。凄い試合だったね」
マチルダさんが、俺の眼が腫れているのに気付いたが、触れずにいてくれた。
有り難い。
「遅いから、泊まってくでしょ?」
「そうするわ」
マチルダさんが手を伸ばし、ナイトを受け取ろうとする。
俺はゆっくりとマチルダさんの腕の中にナイトを降ろす。受け取ったマチルダさんが少しよろけるので、俺は両手を広げた。
「大丈夫?」
「重くなったねぇ、ナイト?」
寝ているナイトにマチルダさんが愛おしそうに呼びかける。
「ほだ、泣いちゃヤダ」
ナイトの寝言に凍りつく。
マチルダさんは一瞬俺を見た後、笑顔でナイトに呼びかける。
「大丈夫。ほだは皆で守るから。泣かせたりしない。マチルダ、嘘つかないでしょ」
その声が聞こえたのか、マチルダさんの首に手を回し、笑顔を見せるナイト。
「冷えるから入ろうか」
ナイトの髪を撫でながら、マチルダさんが歩き出した。
ありがとう。
今夜は泣いてた理由には、触れられたくない。
俺はマチルダさんの後を追った。
翌朝、目が覚めてスマホを見ると、イズから連絡が入っていた。
実家に泊まる連絡、忘れてた。
どうやら、マチルダさんに連絡して、実家に泊まった事を知ったらしい。
連絡忘れることなんか、今までなかったのに……
ナイトを連れて野球観戦に行ったのは知ってる。でも、帰ると言ってたから、心配させちゃったな。
昨夜は結局、眠れなくて、明け方ようやく浅く眠れた。
俺は布団の中で左手を上げる。
組紐が腕を伝う。
やっぱり、外せない。
例えもう2度と会えなくても、これは俺の大切なお守り。
その手を降ろし、今度は唇に触れる。
あゆとは数えられないくらいキスをしたけど、何とも思わなかった。
なのに、コータとのキスは、何でこんなにも違うんだろう。身体中の毛が逆立つみたいに、痺れるんだ。
もう、そんな人には出会わないのかもしれない。
俺は深く、深く息を吐いた。
着替えて居間に行くと、もうナイトは学校に出かけていた。
親父は、田植えが終わって落ち着いた田んぼの水の調整に出ている。
マチルダさんは居間でテレビを観ていた。
「おはよ。ナイト、ちゃんと学校行ったんだ。偉いな」
「そうよ。ナイトはマチルダ似だから、コウちゃんみたいにおサボりしないの」
「いや、親父も前に比べたらマシになったぜ」
座卓の脇に座った俺を見て、マチルダさんが口を尖らす。
「そうやって、甘やかすから、コウちゃんサボり癖出ちゃうんでしょ」
「甘やかした覚えねぇけどな」
俺は笑った。
「その人の為にならない愛情のかけ方は、愛じゃなくて害だからね。覚えときな」
俺は、なるほど、と何度も頷いた。
マチルダさんの言葉は、たまにグッと刺さる。
敬礼しながら、
「勉強になります」
と、返す。
俺の表情をじっくり見たマチルダさんが、優しく笑った。
「良かった。元気そうで」
気にかけてくれてたんだ。
俺は敬礼した右手をゆっくりと降ろす。
「ナイトが、凄い心配して……。帰りの車の中、目を覚ましたけど、ほだが泣いてたから、どうして良いか分かんなくて。寝た振りしてたら、また寝ちゃったんだって」
あえて俺の顔を見ずに、テレビを真っ直ぐ観ながら話す。
「あの子も、まだ背は小さいけど、6年生になって色々感じ取ってるのよ。だから、声かけちゃいけないって思ったんでしょ」
ナイトにまで気をつかわせちゃったんだ。
俺は答えられず、俯いた。
「私はあなたのお母さんじゃないって言ったし、実際そうだけど、もう10年以上家族だよ。そろそろ、全部1人で抱え込まないで、甘えてくれたっていいんじゃない?」
最後の最後に、こちらを見据えるから、さらに何も言えなくなる。
「家族にだって言えないことはあると思うよ。私だって、スネに1つや2つ傷はあるしね。あんたが何かいっぱい背負い込んでるのは分かってる。でも、あんたが言わない限り、泣いてた理由やその他諸々、問い詰めたりしない。ただ、助けが欲しい時は『助けて!』って言いな。マチルダ音速で助けに行くから。分かった?」
俺は、眼だけでマチルダさんを見て、小さく
「分かった」
と答えた。
「昨日は仕方ないけど、イズだって遅くまで起きて待ってたみたいだから、ちゃんと謝んなよ」
俺は黙って頷いた。
「あんた達ってさぁ……」
マチルダさんが何かを言いかけてやめる。
「ほだ。あんたがどう思ってるか知らないけど、少なくとも私は、あんたを大切な家族だと思ってる。それはコウちゃんも、ナイトも同じ。忘れんじゃないよ」
俺はまた小さく頷いた。
家族。
そうだね、俺はその家族に入ってない気でいたかもしれない。1人だけ、1歩引いて見ていた。
輪の外側にいる気でいた。
でも、それは俺が勝手に引いた線。
血の繋がりがどうとかじゃなく、親父も、マチルダさんも、ナイトも、イズも、大切に思ってる。
皆を傷付ける奴がいたら、俺は許せない。
そうだ、俺たち家族なんだ。
「ありがと、マチルダさん。俺、1人で生きてる気でいたわ」
マチルダさんが、満面の笑みで親指を立てた。
「はい、じゃ、この話終わり!」
親父が変わった訳がよく分かる気がする。
「マチルダさん、いい女っすね」
「やだ、ほだ、惚れるなよ!」
「大丈夫っす。絶対ないっす」
この人たちがいるから、俺は今日も笑えてる。
愛すべき、大切な家族。
1番大切な人と、例えもう会えなくても、きっと俯かないで生きていける。
きっと……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます