腐草為螢 〈ふそうほたるとなる〉
ジッチャンの四十九日法要が終わった。
春祭りから葬儀、田植え、そして法要まで、ちょうど忙しい時期に重なったけれど、その分やるべき事に集中出来て良かったのかもしれない。
学校を休んでる分、水の管理とか、今まであまり関わらなかった作業も覚えた。
親父から仕事を教わる事も増えて、一緒の時間も大幅に増えた。
苗は順調に育っている。
いつもサボってばかり、そう思ってたけど、案外ちゃんと農家の長男してたんだな。
もうたった2人の家族になったんだ。
今までより、もう少し近づいて、話していければいいと思ってる。
やっと神社にも挨拶に行けた。
神様に無事にジッチャンを送れたことを感謝する。
神楽殿の脇に立って、あの日の事を思い出す。
俺は左手を太陽にかざした。
組紐がスッと下に動く。
風呂や汚れてしまう作業の時以外、ずっと肌身はなさず付けてる宝物。
ここには、あいつとの思い出が詰まってる。
もう会わなくなって1ヶ月近く経つだろうか。
あんなに毎日会っていたのが嘘のようだ。
少しずつ、少しずつ、青春の思い出として、過去のものにしていけばいいよ。
神社からの帰り道、携帯が震えた。
あゆちゃんからだった。
「先輩、聞いていい?」
「ん? どうしたの?」
声から酷く動揺しているのが分かる。
「先輩が好きだった人って、三枝先輩じゃないよね?」
びっくりするような爆弾が投げつけられたけど、俺は動揺を隠して、笑って答えた。
「は? 何それ?」
「私が先輩と付き合ってるのを知った友達が、それってゲイを隠す為のカモフラージュなんじゃないの? って心配してるの」
俺は思わず眼を閉じた。
「私、知らなかったけど、一部の人の間で、先輩と三枝先輩が付き合ってそうって言われてたんだって……」
知らないのは自分たちだけってやつか。
そんな噂までたってたなんて知らなかった。
「あゆちゃん、落ち着いて。そんなのただの噂だから」
「例の件で、女の人怖いなら、私いくらでも協力するし、いくらでも待つよ、先輩大好きだもん。でもゲイなら話は別でしょ? 私いくら待ったって無駄だよね?」
あゆちゃんの中で、堪えていたものが噴き出してる。
「先輩を信じてる。でもいつも不安なの。不安で仕方ないの」
あゆちゃんを泣かせたくなんかないのに、電話の向こうで、彼女が嗚咽している。
ここで絶対言わなきゃいけないのに、大丈夫だよと言い切れない自分が情けない。
それどころか、一番ズルいやり方をしようとしてる。
「あゆちゃんはどうしたいの? 別れたい?」
「何でそんなこと言うの! 別れたくない!」
「うん、別れないよ」
こんなズル賢いことばかり上手くなる。
そしてこの瞬間も、そんな噂でコータに火の粉が被らないか、そればかり気にしている。
最低な俺。
あゆちゃんは学年主任に怒られて、今ちゃんと学校に行ってるから、休みの日に町でデートする約束をして、落ち着いたところで電話を切った。
今日のところは、なだめすかしたけど、これを続けるのは、さすがに無理だろうな、と思った。
家に帰ると、親父が髪を整えたりして、出かける準備をしていた。
また女が変わったのは明らかだった。
「夕飯は?」
親父に聞くと、
「今日は遅くなる」
そう答えた。
これは朝までコースかもしれない。
田んぼのことはしっかりやってるし、文句はないけど、息子としてはもう少し落ち着いて欲しいもんだとも思う。
「言っとくけど、ジッチャンがいないからって、家に女上げるのはナシな。こちとら思春期の若者なんで」
「分かってる」
前より少しスムーズに、自分の気持ちが伝えられる。そこは良かったのかもしれない。
親父がいそいそと出かける後ろ姿を見送って、俺は部屋に戻った。
土曜日、駅で待ち合わせたあゆちゃんは、予想に反してご機嫌だった。
制服でも可愛いけど、今日はふんわりしたブラウスに短めのデニムのスカート、ショートブーツでおしゃれしてきていた。
俺もさすがにスウェット上下という訳にはいかないので、Tシャツに無地のシャツを羽織り、緩めのデニムを着ていたから、ボトムがお揃いみたいになった。
「先輩……」
「ねぇ、そろそろそれやめない?」
少しでもあゆちゃんを安心させたくて、考えてきたことを実行に移す。
「えっ?」
言葉の意味を理解して、照れ始める。
「何て呼べばいい? 」
「何でも。あゆちゃんの好きでいいよ。逆に、俺はあゆちゃんでいいの?」
「あゆ、がいい」
「じゃ、あゆ」
右手のひらを口元に置いて、
「ヤバい……」
と照れる。
「俺は?」
「じゃあ、穂高くん」
上目遣いに照れながら呼ぶ。
「はーい」
さすがに俺も照れくさい。
あゆが腕にしがみつく。
「こないだはごめんね、疑ったりして……」
「あぁ、別に……」
正直今日もご機嫌ナナメかと思ってたから、このご機嫌は予想外だったけど、安心してくれたなら良かった。
「三枝先輩って、今同じクラスの子と付き合ってるんだってね。疑っちゃって、三枝先輩にも失礼だった」
突然、殴られたかのような衝撃に、息が止まる。
何だって? コータが?
そっと気が付かれないように、唾を飲み込む。
ここで悟られちゃいけない。
「マジ? 知らなかった。やるなぁ、あいつ。同じクラスって、誰だろ?」
同じクラスの女子を思い浮かべるけど、コータと接点がある子が全く浮かばない。
「何て名前だっけかな? 白くて細くて大人しくて、生徒会で書記だっけかやってる人……」
1人、顔が浮かんだ。
「牧村?」
「そうだ! 澄香先輩!」
顔が浮かんだところで、牧村とコータなんて、話さえしたことなかった気がする。いったいどうなったらそんな事になるのか。
「三枝先輩って、優しそうなイメージで、すぐにしたりとかしなさそうなのに、もう当たり前にホテルとか行ってるんだってよ」
「へぇ~」
何か、自分がしたと同じように、同じ事を仕返しされてるような気分になる。
俺の知らないコータ。
俺の知ってるコータは、そんな奴じゃない。
俺たちを追ってきた時、お前もきっとこんな気持ちだったんだな。
友達としての絆が砕け散るみたいな、そんな感覚。
「穂高? くん?」
危ない、危ない。
「さ、電車来るよ。行こうか」
ホームへと移動しながら、俺は笑った。
俺たちは、それぞれの道を歩み始めたんだ。
良かったじゃないか。
顔は笑っているのに、心の中の俺は泣いている。
傷だらけで、泣いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます