雷乃収声 〈らいすなわちこえをおさむ〉

 毎日会うのに、毎日一緒なのに、飽きることなんかなかった。


 結局、コータは神楽にも、神輿渡御にも参加することになり、高校は勿論、休みの日だって、気が付くと俺の家にいた。

ジッチャンはついに、まるでコータも自分の孫のように、呼び捨てにするようになった。

「孫が増えたみてぇだな」

稲刈りの手伝いに来たコータを見て、嬉しそうにジッチャンが笑った。

「コータ。進路は決まってんのが?」

「ううん、全然」

機械が上手く刈れない部分を、鎌で刈りながら、コータが答える。

「穂高とここで米作れ」

「それもいいかもね」

手に持った稲穂を、空にかざしたコータがそう言った。

俺はそのやり取りを、少し離れて見ていた。

こんな日々が永遠に続けばいいのに。

俺もまた、今刈った稲穂を太陽にかざした。


「そういえば、お父さんは? 姿見なかったけど」

コータが聞くから、

「まあ、いろいろ?」

そうお茶を濁す。

稲刈りサボって、どこかの女のとこだろ、とは言えない。コータもそこは深堀りしない。

「もしかして、お父さんってギター弾く? 奥にギターあったけど……」

俺は少し躊躇した後、意を決して話し始めた。

自分ちの深いところを、誰かに話すって勇気いるだろ?

「昔、バンドやってて、デビュー前提で事務所所属しないかって話もあったんだって」

「えっ、凄いじゃん」

隣に座ったコータが身を乗り出した。

「でも辞めちゃった。田んぼ継ぐために」

流石のコータも、それに返す言葉はなかった。

何でだろ、こんな話するつもりなかったのに、コータが俺の眼を見つめて離さないから、言葉が勝手に飛び出していく。

「母ちゃんは、バンドを辞めて家を継いで、荒れてる親父でも決して見捨てなかった、最後のファンなんだって」

こんな重い話、俺、何でコータにしてんだろ。

「なのに、浮気しまくって……耐えきれずに母ちゃんは出ていった。親父は、失くしてから気づいたんだよ。母ちゃんが、かけがえの無い人だったって。今もずっと後悔してんだよ。それを誤魔化すみたいに、遊び散らかして。でも埋められないんだよ、開いちまった穴は」

コータはずっと眼を逸らさず、聞いてる。

俺は渦巻く感情を誤魔化すみたいに笑った。

「馬鹿だよなぁ。たまに母ちゃんの好きだったんだボブ・ディラン聴いて泣いてる。答えが風に吹かれてるやつ。だから、俺、どんなにクソ親父でも、親父を嫌いになれない」

泣くのはグッと堪えたけど、声が震える。

「穂高はお母さん似だね」

コータがふと優しい笑顔で言った。

「優しくて、強い」

俺は何だか照れくさくて、視線を逸した。

「でもさ、ずっと思ってたけどさ。オレたちやっと高校生だぜ。シンドい時は、もっと友達に甘えたっていいんじゃない?」

俺はハッとして、もう一度コータを見つめた。

「話してくれてありがと。ちょっと、穂高に近づけた気がして嬉しい」

コータを抱きしめたかった。

溢れ出す想いが暴走しそうで怖かった。

このままで居たいのに、更にもっと近くを求める欲深な俺もそこに一緒にいて……

もし俺が、好きだって言ったら、どんな顔するのかな?


やっぱり、怖いや。

失うくらいなら、このままがいい。


 稲刈りを終えた頃から、ジッチャンの様子が、おかしかった。

前からたまに、左の鳩尾みぞおちあたりが痛むと言ってるの聞いたことはあったけど、明らかに頻度が増していた。

病院に行きなよ、と言っても、病院嫌いのジッチャンは言うことを聞かなかった。

心配させないように隠してるけど、本当は尋常じゃないのが何となく分かった。


 秋祭り、ジッチャンは神輿渡御の先導を、冷や汗を流しながら、どうにか務めた。

流石にまわりも気がついて、祭り終わりに神楽頭が強引に当番医に連れて行ってくれた。

すぐに、町の総合病院を紹介され、今度は親父が付き添って、検査に行った。

大きな病気じゃないといいけど、と思っていたけど、薬を出されて嘘のように良くなったので、俺はそれからあんまり気にしなくなった。


 年末年始、ジッチャンは神社の事で動き回ってた。

大祓に、初詣に、ずっと神社に詰めて、参拝に来る人たちが寒くないようにと、焚き火を焚いて、甘酒を用意して待っていた。

毎年の風景、何でもないと思ってた。

でも、七草を過ぎた頃、ジッチャンは起き上がれなくなっていた。

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