5 誰にも頼れない人間の出来上がり

ここで僕をどうしようもない人間に仕立て上げる出来事が起こるんだ。


いいことじゃあないさ。


前にも言っただろう? 


この時期には嫌な思い出しかないんだ。


それが起こるのは、またもや放課後の園庭。


僕が思うに、先生たちの監視の目から離れた餓鬼どもが好き勝手できる唯一の時間なんだよ。


だから、今から起こるようなことも平気で起こる。


また、いつものように倉庫近くに一人でいるな。


今日は絵は描いてないのか。まあ、ただ、ぼうっとしているのも悪くない。


だが、周りの連中はそうは思わないだろうよ。


ほら、来やがった。


中心核的な連中がお前のことを誘いに来たぜ。


いつもみんなで走り回っているやつに、お前も一緒に参加しないか?って


悪いことは言わねえ、行くんじゃねえ


って言っても無駄か


そう、お前は誘われたことが嬉しくて輪に入ることにするんだ。


無理もないな。そりゃあ嬉しいさ。


これでみんなと仲良くなれるって思うよな。


でも違うんだ。


お前は騙されている。


連中はただ走り回っているだけじゃあなかったんだよな。


やつらは一人、あぶれ者を決めて、そいつから逃げるという遊びを催していたんだ。


当然、連中はお前を陥れたいわけだ。


でも、流石のやつらでも「お前がその役だ」とまで理不尽な真似はしないんだ。


あくまでも公正に、出された手の形の勝敗で決定するんだ。


お前はその行動の名前もよく知らないな。


とにかく勝つんだ。勝てば、なんとかなる。


頼む。頼むよ。


結果はお前以外の全員が、お前に勝てる手を出す。


分かっていたさ。


お前はそういうところで、ついてない人間なのさ。


ほら見ろよ。みんなお前から離れていくぜ。


中にはお前に酷い言葉をかけてくる奴もいるよ。


まったく酷いと思わないか?


いや、いい。慰めなんか求めちゃあいない。


僕らは静かに見守っていればいいんだ。


はじめはお前も困惑するさ。


そう、泣きそうにもなるさ。ああ、わかるよ。そうなって仕方がないことだと思うよ。


でも、お前は「泣いたらもっと状況が悪化するんじゃないか」って考える。


自分が先生に告発なんかすれば、みんな怒られてしまうって思うよな。


いいのにさ、自分のことだけ心配してりゃさ。


優しすぎるんだよ、いくらなんでも。


おっと、もう動き出したか?


まあ見てなって。悲劇はこれで終わりじゃあないぜ。


ほら、お前は遊びだと割り切ってみんなを追いかけるんだ。


やつらは必至で逃げていくが、幸運にもお前の方が足は速かったんだよな。


園内の大会で一位、二位を獲得するくらいには。まあ、それはまだ後の話だがね。


よし、追いついたか。


そうだ。


そして、お前はやっとのことで一人を捕まえる寸前まで漕ぎつけるんだ。


もちろん、追う役が逃げる役を捕まえれば、その役割は入れ替わる。


だから、追いついてしまえばこの悪夢からも脱却することができる。


そう考えたわけさ。


たしかに誰も傷つかない手段だ。お前らしいよ。


だが、


もう、あと少しというところで逃げていた奴がお前に向かって砂をふっかけるんだよな。


あぁ、目に入っちまったみたいだな。


その間に奴は遠くへ逃げていく。


まったくもって、ひどい仕打ちだよ。


怒ってもいいよ。


それくらいしても、大丈夫だよ。


でもお前は、そう。


怒らない。怒らなかったんだ。


呆れるよ。怒りくらいは湧いていただろうに。


それを表に出さなかった。


しかし、お前は動くんだよな。


その後もずっと同じように砂の煙幕を浴びせられ、流石に耐え切れなくなったお前は、ついに大人に報告することを決意するんだ。


職員室に行くか? 逃げる側のやつらの親に言いつけに行くか?


(というか、わが子の行動に注意もしない親ってどうなってんだよ。まあ、僕が感情を出さないばかりに気づいてなかったのかもしれないが)


だが、そのいづれの選択もしなかったんだよ。


なぜって?


ちょうど、そこにお前の母親が迎えに現れたからだ。


そう。お前は向かう。他の誰でもない。自分の母親のもとへ。


そして、覚悟を決めて言うんだ。


「あいつらに砂かけるの注意して」ってね。


でも、母親は自分の目の前でわが子が砂を被る姿をその眼で見ながら、淡々とこう言うんだよ。



「自分でなんとかしなさい」



その母親の言葉を聞いたとき、悲しさよりも先行して「羞恥」を感じたな。


つまりは、母親に相談した自分が恥ずかしくてたまらなくなったんだ。


ほら、何も言えずに母親から離れていく背中から砂が零れ落ちていくよ。


小さい背中だ。


なんにも背負えない、未熟な背中だ。


でも、この時お前は無意識のうちに、心の中で決心したんだよな。


いや、そう決めざるを得なかったと言うべきか。


『もう誰にも本心を話さない』


そうお前は誓った。


自分に。


なるほど。誰かに自分の本音を話して、分かってもらおうとすることは、恥ずかしいことなんだ。


誰も自分を助けてはくれないんだ。自分のことは自分で解決しなきゃならないんだな。


と、そう理解したんだ。


それは間違っていないさ。


だが、気づくのがあまりにも早すぎたな。

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遺影縁 八影 霞 @otherside000

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