第34話 芸術祭
芸術祭は文化の日に行われる。
二日間に分けて行われるイベントは、シオン学園の目玉の一つであり、生徒の家族や友人たちも含めて多くの人が予想された。
通常の高校であれば、すでに受験勉強が過熱している時期であるが、大抵が持ち上がりのシオン学園では関係なかった。
「ゆ、ず、きー! あれはどういうことよ」
「だって、悠里に勝って欲しかったし」
ツバサは首を狩りに来たさくらを受け止めた。
首に手を回され、そのまま頭をかき混ぜられる。予想通りの展開にツバサは苦笑するしかなかった。
すべてのイベントが終了し、後夜祭までの間に最優秀賞は発表される。
今年の最優秀賞はツバサたちのクラス、つまりは悠里に齎された。
「高等部の舞台で、あて書きなんてするんじゃないわよ」
さくらの文句にツバサは首を竦める。
あて書き。俳優にあわせて脚本を書くことだ。
普通は脚本を書いてから演じる人間を決める。だけど、ツバサはそうしなかった。
「しかも調宮で、しかも風と共に去りぬって!」
「よくできてたでしょ?」
ツバサはにっこりと笑ってさくらを見た。
悔しそうに眉を吊り上げて、ツバサを揺さぶっていたさくらの動きが止まる。
普通より手間がかかるあて書きを高校の文化祭で使う所はないだろう。
というより、そこまではっきりしたキャラクターのある人間が学生の頃は少ないのだ。
だが、こちらには調宮悠里がいる。
(負けさせたくはなかったから)
これはツバサの我儘。
悠里に負けて欲しくなかったから、悠里が目立つ作品と脚本に書き直した。
その良さがわからないほど、さくらは演劇に疎くない。
こっそりジャケットの内側にいれているものを確かめる。
優勝したら踏ん切りがつく気がしたのだ。
「っ〜う、悔しいほどにね」
ツバサから手が離れる。悔しいのも価値がわかるからだ。
落ち着いたさくらはツバサを見ながら唇を尖らせる。
「柚木もそっちに進んだらいいのに」
「んー、仕事にするほどの情熱はないかな」
物語を書くことは好きだし、劇をつくりあげるのも悪くない。
だけど、それは調宮悠里のためだから、という枕詞が付いてしまう。
自分だけで追い求めるほどの熱がそこにはなかった。
「調宮だから?」
さくらの視線が鋭くなる。ツバサは肩を竦めるしかなかった。
「まぁ、そんなとこ」
「はぁ、やってられないわ」
さくらはツバサの心情を読み取ったかのように言った。
本気で演劇を目指す人にしてみれば、ツバサのしたことは喜べないだろう。
呆れたように首を横に振るさくらといたら、悠里がすっと間に入ってきた。
「小野寺さん、いい加減ツバサを返してくれるかしら?」
「はいはい」
発表も終わり、行動の人影はだいぶ少なくなってきていた。
皆が後夜祭に向けてグラウンドに移動しているのだ。
後夜祭は後片付けと簡単な花火が打ちあがる。
クラスの友人たちだったり、同じ部活の仲間だったり。
一緒に過ごす人も過ごし方も自由な時間だ。
「……結局、負けっぱなしか」
並んで歩き始めようとしたツバサたちにさくらのつぶやきが聞こえた。
足を止める。振り返れば、悔しさを振り切るように笑うさくらがいた。
「あー、楽しい学園生活だったわ」
「大学もあるでしょ」
さくらの発言に違和感を覚える。
ツバサが尋ね返せば、さくらは肩を竦めた。
「大学は海外だもの」
「留学?」
「そう。高等部からって話もあったんだけど、今まで伸ばしてたのよ」
さくらの言葉に、ハンマーで頭を殴られたような気持ちになる。
忘れていた。さくらの留学の話は、前の世界でもあったのだ。
前はさくらとここまで交流がなかったので、実際大学でどうするかまでは聞いていなかった。
留学を決めていたから、最後の勝負にこだわっていたのか。
「小野寺」
「辛気くさい顔しない。留学の餞になんて勝利を貰っても嬉しくないわ」
思わず名前を呼んだツバサに、さくらは鼻で笑って返す。相変わらず、さっぱりした良い性格だ。
悠里を見れば知っていたようにこくりと頷かれた。
何を言えばいいのか分からない。
ツバサが言葉を探していると、いつもと同じ微笑みを浮かべた紗雪がさくらの裾をつまむ。
「さくらちゃん」
「紗雪」
紗雪を見たさくらの顔が一瞬歪んだ。
だけど涙はこぼれていない。悠里とツバサがいる前では意地でも泣かないだろう。
「きれい、だった」
「ありがとう」
紗雪の肩にさくらが顔を埋める。
まるで神聖な儀式のようだ。
呆けていたツバサの腕を悠里が引っ張った。
「ほら、行きましょう」
悠里に掴まれた手はひんやりとしていた。
後ろ髪をひかれるように顔だけ振り返る。
やはり紗雪とさくらは変わらない姿勢で佇んでいた。
「後夜祭が残ってるわ」
悠里は前だけを向いていた。そっとするのも優しさだとその背中に教えられる。
悠里に連れ出されるようにして、ツバサはグラウンドに面する広場についた。
人影は増えたものの、大きく騒ぐというより、お祭りが終わった寂しさが漂っていた。
二人並んで楽しそうな生徒たちを見る。
「小野寺さんのこと、知らなかったの?」
「知ってた、はずなんだけど」
悠里の言葉にツバサは途切れとぎれに答えた。
そう知っていたはずなのだ。
それでも記憶のかなたに埋めてしまっていたのは、今が楽しすぎるせいなのかもしれない。
「何それ」
「楽しすぎて忘れてたのかも」
悠里がくすりと口角を上げるようにしてほほ笑んだ。
ツバサもそれ以上答えることができなかった。
さくらには悪いが、最優秀賞をもらえたら後夜祭でしたいことがあったのだ。
「そう」
「でも、悠里のために書いたから、評価されて嬉しいのもある」
「優しいのね、ツバサは」
悠里は揺れる黒髪を抑えながら前を向く。
ツバサから見える横顔はグラウンドの明るさに照らされ影を作っていた。
優しい、だろうか。自分は悠里にひたすら甘いだけ。
酷い人間だとツバサは思いながら、悠里にプレゼントを差し出す。
「これ、優勝したら渡そうと思って」
「これは、プロムコサージュ?」
悠里が確認するようにツバサとコサージュの間で視線を移動させる。
プロムコサージュ。まだドレスを見ていないのに作ってしまった。
悠里が許嫁を解消してくれたのに、ツバサは何も返せていない。
そう思って悠里のイメージで作ったものだ。
「うん。悠里に合いそうなものを作ってもらった」
「ありがとう」
白い百合とカスミソウ。周りにはレースがあしらわれている。
ツバサは自分の手が震えないよう、そっと手渡す。
できる限り喜んでもらえるように作った。
だけど自信はない。
「ドレス見てないから、合わなかったらもう一回作るね」
「合わせて作るに決まってるでしょ」
「そっか」
当然という様に言い返された。
ツバサはほほ笑むしかない。悠里も自分に中々甘い。
こほんと小さく咳払いをする。
悠里の視線が自分に向いたのを確認してから、ツバサは片方の手を胸に当てながらもう片方を悠里に差し出した。
「悠里、わたしと一緒にプロムパーティーに出てくれますか?」
「ええ、嬉しいわ」
悠里の返事と共に後夜祭の花火が打ち上げられた。
風を切るような音のあと体に響く振動が走る。
シンプルな赤い菊花火。照らされた悠里の頬を涙が一筋流れていった。
芸術祭が終われば、とうとうプロムパーティがやってくる。
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