第30話 ツバサの決心
三年生のプロムパーティーも終わってしまった。
生徒会役員として裏方に回っていたツバサは天井を仰ぐ。
三年生のいない学校はどこか寂しい。
四月からはこの一つ上の階での生活が始まるのだ。
どこか引き締まらない空気の中でツバサは友人たちとご飯を囲んでいた。
「柚木、あんた、プロムパーティーどうすんのよ」
「悩んでる」
さくらからの問いかけに、ツバサは食べ終わったお弁当の蓋に蓋をする。
使っているのは空き教室。
ツバサ、さくら、俊介、龍之介が今はいた。
日によって紗雪や悠里、海斗も参加することがある。
大人数でクラスも違うメンバーが集まるには、誰かの教室では目立ちすぎる。
「皆はどうするの?」
終わったばかりのプロムパーティーにすでに悩まされる。
悠里と出たい。それはツバサの根本にある願望に近かったけれど、同時に悠里に拒否されたらという怖さが見え隠れする。
つまり、許婚の海斗がいるのに誘ってよいのか。本当に誘うべきなのか。
そこが分からなかった。
「あたしは出たいけど」
ツバサの言葉にさくらはきょとんと目を丸くした後、
口の端に苦笑いを浮かべた。
「クイーン争いをするには相手がいなくてね」
「俊介は?」
ツバサは手頃にいる海斗と背格好の変わらない男子を見た。
クイーン争い。
プロムパーティーでさえ悠里と競おうとする姿に感心してしまう。
ツバサだったら対抗しようとさえ思わない。
そんな自分が海斗とぶつかるような立場になるとは思わなかった。
俊介はツバサの言葉に大きく手を横に振った。
「俺? ヤダよ!」
彼の言葉はいつでも素直で裏がない。
俊介は上流階級にありがちな隠し事が極端に少ない性格で、それは高等部になっても変わりはしなかった。
購買部のパンを片手にがっついていたが、それでも品の良さが見えるのは所作の違いだろうか。
「クイーン争いってことは、俺もキング候補として海斗と争うんだろ? そんな無謀なことしたくないっ」
まぁ、そうだろうなとツバサは思った。
ほとんど負け確定の勝負に挑む人間は少ない。本気であれば、本気であるほどに。
流れるように出てきた出たくない理由に、さくらは大きなため息を吐く。
「俊介は見た目はちょうどいいのに、腰抜けなんだから」
呆れた視線を隠さない。それでも俊介はお役御免とばかりに、首を横に振るだけ。
よほど海斗と並び立つのが嫌と見える。
俊介自身がパーティや舞台のような目立つ舞台が嫌いなのも大きい。
さくらは相手を物色するように視線を教室内で一周させた。
ぴたりとツバサの方で動きを止める。
「あとは、海斗に対抗するなら……柚木くらいなんだけど」
「わたし?」
徐々にしりすぼみになる声に、首を傾げる。
買い被りがすぎる。海斗に対抗するなんて荷が重い。
「いやいや」と否定しようとした声に、龍之介の言葉が被った。
「小野寺、プロムの前に争いになるぞ」
眉間に深い皺を寄せた龍之介が、世間話に相応しくないトーンで言った。
いつの間にかパンを食べ終えた俊介も、うんうんと大きく頷いている。
え、とツバサが呆気に取られている間に話は進む。
「そうよね。やっぱり、紗雪と出ようかしら」
180度違う提案にツバサは目を瞬かせる。
プロムパーティに男女で参加しなければならないという規定はない。
男女で踊りたい人は相手を見つけてくるし、男友達、女友達同士で過ごす人もいる。
気分が乗った時だけ踊りに行ったり、思ったより自由な空間だ。
キングとクイーン候補になるならば、男女固定になってしまうのだけれど。
「クイーンは諦めるの?」
「そりゃ、調宮には一度は勝っておきたいけど、好きでもない人と出るのもね」
「へぇ」
思ってもみなかった言葉にツバサは頬が緩むのを止められなかった。
キングとクイーンにでる二人は、男女固定のうえ、一番目立つ。
結果として学園ですでに認知されているようなカップルが出ることがほとんど。
ツバサからの生暖かい視線に気づいたのかさくらは少し頬を染めた。
「な、なによ! あたしにだって乙女心はあるのよ」
狼狽するさくらなんて今日は珍しいものをたくさん見られる日だ。
好きな人と出たい。その気持ちはよくわかる。だからこそ、ツバサも悩んでいるのだけれど。
ツバサは脳裏にさくらと紗雪を思い浮かべた。
「いや、紗雪ちゃんとなら身長もいい感じだし、丁度いいんじゃない?」
さくらは身長があるし、ダンスは抜群にうまい。
紗雪は小柄だが合気道をしているからか体幹がしっかりしている。
二人が組んで踊る姿は華やかだろう。
「でしょ? やっぱツバサは分かってるわね!」
ツバサの言葉にさくらはぱぁっと顔を輝かせると、背中を叩いてくる。
テンションが高くなると人の体を叩く癖は早急に直して欲しいものの一つだ。
苦笑いしながら洗礼を受けていたつばさに、来年のプロムパーティを任されている龍之介が話を振った。
「柚木は準備してるのか?」
「まだ、何も」
プロムパーティの準備は様々なことがある。
一番はやはり当日の衣装。特に女の子のドレスだ。
シオン学園に通っている子息は裕福な家庭が多いため、奮発したオーダーメイドのドレスを着る人間が多い。
何年も前から似合うデザインや色を考える子も多いくらいだ。
男の子は衣装というより、相手の女の子に送るもので悩む場合がほとんど。
ツバサは肩を竦めながら、友人たちを見た。
「プロムコサージュ、作ったほうがいいかな」
「もちろんでしょ!」
プロムコサージュ。
プロムパーティに誘う際、男子生徒から女子生徒に送るもの。
これを差し出しながら誘うのが、一番様式にあった美しいものとされている。
女の子は自分にあったプロムコサージュを作ってくれることに憧れるという。
悠里にあうものと考えれば、様々なものが浮かんでくるが、ツバサは苦笑を深くした。
「でも、まだ、悠里から何も言われてないんだよね」
悠里を信じている。彼女はプロムパーティーに出る気だ。
その相手が誰だかはっきりしないだけで。
ただ恐らく自分がその相手なのだろうと、ツバサはこの頃ようやく自覚し始めていた。
「え」
「嘘だろ、おい」
「絶対、調宮は柚木と出るぞ」
まず、さくらが目を丸くして動きを止めた。
その次に俊介が両手を肩より高く上げ、外国人のようにオーバーリアクションをとる。
最後に龍之介が額に手をあてて、呆れたように首を振った。
全員、言いたいことは同じ。
つまりは「信じられない!」ということなのだろうと、ツバサは何度目か分からない苦笑いを浮かべる。
「聞いていいのかな?」
「っていうか、調宮を誘ってないの?」
はっとしたようにさくらが視線をこちらに向ける。
ツバサは素直に頷いた。
「海斗がいるし、堂々と誘うのもって思って」
「かーっ、面倒なことしてるなぁ」
俊介の言葉がどちらに向けられたものか、分からない。
だが、初等部からここまで関係を続けてきた友人たちが否定しないでくれるだけで嬉しかった。
「とりあえず誘って、駄目だったら断られる。それが男らしさじゃない?」
「うー……そうだよね」
真っ当すぎる意見にツバサは唸るしかない。
男らしさ。その視点で考えると、そうなのだろうけど。
悠里のことを考えると二の足を踏んでしまう。
何より、ツバサはあの神のいたずらがいつまで続いてくれるか知らない。
そのことが過る度、仄暗い影のようなものを感じてしまう。
「大丈夫だ。絶対」
「ありがとう、宮本。やってみる」
龍之介が言うと説得力がある。プロムパーティーを任されている彼にそう言われるのはありがたかった。
ツバサは両手を合わせて握りこむ。
自分が、調宮悠里を誘う。悠里の隣に立つ。
想像しただけで心臓がバクバクした。
「ま、まだ日はある。焦らずになー」
俊介の気軽さに少し力が抜ける。
やっと決心を固めたツバサのもとに、朝倉と調宮の許婚が解消されたという情報が入るのは次の日だった。
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