第29話 調宮悠里の決意
三年生のプロムパーティーも無事終わった。
明かりが少なくいつもより格段に暗い廊下を歩く。迷うことはない。
窓の外を見れば、ガラスに自分の顔が反射していた。
(ツバサは何が不安なのかしら)
悠里は撤収のために生徒会室に戻りながらツバサのことを考える。
中等部でツバサが女の子と知って、それでも変わらない自分の気持ちを抱いて。
無意味に近づいたり、ツバサを困らせたりしてみた。
今となれば子供っぽかったかとは思うが、悠里には必要なことだった。
その結果、悠里を機嫌よく過ごさせるためにはツバサを隣に置いておくべきなんて言われることになってしまったのだけれどーー悠里本人は微塵も気にならなかった。
「決めたのかい?」
「遅くまでご苦労なことね」
生徒会室の扉を開ければ、朝倉海斗がそこにいた。
悠里が来ることを知っていたかのように、机に座っている。
用意周到な許婚殿だ。
悠里は後ろ手に扉を閉めながら彼に視線を向けた。
「会長だし、そろそろかなと思って」
生徒会の役職を一年にして引き継いだ。
それは三年のプロムパーティーは自分たちですることができないと分かっていたからだ。
生徒会と言いながら、シオン学園ではプロムパーティーの開催に一番力が割かれる。
三年時でできない代わりに、二年生のうちにプロムパーティーの演出と進行を請け負うことになった。
(宮本くんには悪かったけれど)
三年生時のプロムパーティーの目処もついた。
これで憂いなく本題を進められる。
海斗は悠里にむかい微笑んでいた。
「時間がかかったね……って言ったほうが良い?」
中等部の別荘の時から今まで、彼には待っていてもらった。
海斗の事情も鑑みれば気に病む必要はないのだけれど。
悠里は小さく頷いた。
「そうね。石川さんが来てくれたから」
海斗が眉を引き上げる。
やはり彼を揺さぶるには彼女の話が一番のようだ。
悠里自身も人の事は言えないのだが。
「里奈が?」
「彼女、ツバサのこと、可愛いって言ったのよ」
ツバサの身長は悠里より未だに小さい。
女の子なのだから、それも当然だけれども、男の子としては低い。
だが、合気道をしていることや頼りになる性格から、可愛いと言われることは少なかった。
それを里奈は最初から可愛いと言って、ツバサの頬を赤くしてみせたのだ。
苛つかなかったといえば嘘になる。
「ふぅん、あいつは地味に女の子の人気を集めるなぁ」
海斗は顔の前で手を組みながら答えた。
悠里は肩を竦める。
今さら、何を言うのか。
ツバサが人気を集めるのは初等部から変わりはしない。
「ツバサは目立たないだけで、優秀だもの。女の子の扱いも優しいし」
「細かいところまで気づくからな。学問も優秀、人当たりもいい。体は鍛えてる、と」
たまにツバサは海斗を羨ましそうに見ている。
それは背格好だったり、生徒会長をしていることだったり、羨望を集めやすい物を海斗が持っているからだろう。
だけれど、悠里に言わせれば、海斗に負けない、下手したら勝てるほどツバサは優秀だった。
自分のことのように悠里は胸を張る。
「星野さんのおかげで、自分より大きい人も投げられるらしいわ」
「それは努力家だ。身長以外は花丸だな」
身長は仕方ない。
女の子と知っている悠里としては、何も問題はない。
それ以外、減点されるポイントとしては、悠里は煩わしい髪の毛を耳にかけながら言った。
「あと家柄以外ね」
「ああ、君のとこは気にするもんな」
「昔の貴族がなんだって言うのかしら」
悠里は口調を鋭くした。
朝倉家は人の中身を重視する。学園なんて経営しているくらいだから、元々そういう気質なのだろう。
反対に調宮家は家柄が最重要で、だからこそ、今現在はパッとしないのだ。
悠里の姿に海斗が面白そうに唇を引き上げる。
「朝倉の家に貰ってもいいんだが?」
「お断りよ。家柄のためだけに、ツバサの家を離すわけにはいかないじゃない」
ツバサの家は貴族など関係ない一般家庭だ。
古の時代でもあるまいし、家格のために養子に出させるわけにはいかない。
何より悠里がそんなことをさせるのは嫌だった。
「これは、これは、隠さなくなった途端、強気だね」
人のことだと思って楽しそうな海斗に、悠里はトゲを投げ返す。
悠里の一方的な理由で進めた話ではないのだから。
「海斗くんこそ、私はいない方がいいでしょ?」
「……なんのことやら」
海斗はわざとらしく首をゆっくりと傾げた。
逸らしてなんてあげない。
今まで散々ツバサとのことをからかわれていたのだから。
「石川さんはモテるわよ。わかってると思うけど」
ツバサがサポート役として一緒にいたから、他の生徒より見る機会は多かった。
愛想もいいし、勉強も頑張っている。何より馴染もうとする姿は目を引くだろう。
そこにツバサを巻き込むのは頂けないのだが、海斗ならばどうとでもなる。
「ご忠告痛み入る」
「余裕な態度ばかりじゃ、女の子は好きになってくれないわよ」
朝倉海斗と調宮悠里は、きっとこの学園で一番似た者同士だった。
だから許婚と言われても嫌な気はしなかったし、家が言うならそう云うものなのだろうと思えていた。
ツバサが来るまでは。
彼女と出会って悠里は初めて自分の欲をしることができたのだ。
悠里の言葉に海斗は深いため息を吐く。
「ほんと、君は柚木のことに素直になったら変わり過ぎじゃないかい」
「静かに頷いてるだけだと手に入らないものなんだもの」
ツバサと堂々付き合うための障害はいくつかある。
まずは海斗との許婚。
そして、なぜか今は男として扱われているが、ツバサは女の子だ。
それがバレた時にどうすればいいか。
悠里はずっと考えていた。
「海斗くんとの許婚を解消したい?」
「ええ、海斗くんにも、もう話しました」
海斗に決心したことを告げてから、悠里は表面下で話を進めた。
朝倉家には海斗から話をしてもらう。
あちらとしては口約束だっただけで、調宮に拘る必要は少ない。
問題は悠里の目の前にいる母親だった。
「なんて勝手なことを!」
「私も海斗、お互いを一番にできないって分かったからです」
言葉を荒げる姿に、悠里は淡々と返事をした。
海斗か、悠里か、どちらかでも互いに執着できたら話は変わったのだろうけど。
悠里はすでに側にいたい人を見つけてしまったし、海斗も似たようなものだろう。
冷静に悠里は怒りの炎を鎮火させる言葉を投げた。
「朝倉家は調宮の援助を続けてくれます」
「何ですって?」
ピクリと母親の顔が止まる。
怒りから呆気にとられたような顔へ。
悠里は小さく肩を竦める。
「私が朝倉の家で働くならって条件でしたけど」
ひっそり、ツバサもそこに含められたのは内緒だ。
海斗としては気心のしれたツバサに補助してもらえるとありがたいのだろう。
むしろ、悠里と繋がりを保つことでツバサを取り込もうとしているのだ。
母親の顔が訝しげに変わる。
「……一体、何をしたの?」
「さぁ、秘密です」
ニッコリと笑ってみせる。わざわざ言う必要もない。
悠里は最後の言葉を投げかけた。
「だから、ツバサとのことを邪魔しないでください」
「っ、わかったわ」
これで、ツバサとの障害はなくなった。
大手を振ってアプローチできることに、悠里は欣喜雀躍の意味を知る。
プロムパーティーまであと一年。
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