第21話 悠里の不在
バードウォッチングを終え、別荘に戻ってからは、また同じ距離感だった。
まだ寝ぼけてる俊介をどやしながらの朝食は楽しく、悠里もさくらたちと感想を言い合っていた。
良かった、という、何一つ具体的でない感想を抱きながら、ツバサは日中を友人たちと過ごしたのだ。
「悠里がいない?」
悠里の不在を聞いたのは、夕食も近くなった時間帯だった。
さくらと紗雪が連れ立って男部屋に来たのだ。
いつも意思の強さを瞳から発しているさくらが、その光を弱めているだけで嫌な予感がした。
「お昼過ぎに出かける時には、いたんだけどね。紗雪?」
「うん、部屋に帰ってきたら、いなくて」
さくらと紗雪は二人で出かけていたようだ。
昼前には見かけて、帰ってきたらいなかった。
さくらがわずかに上目遣いでツバサと海斗を見た。
「柚木のとこかと思ったんだけど」
「わたしも、お昼ご飯のときから会ってない」
男部屋の人間も入口近くに集まりつつあった。
良家の子女だけあって、誰かがいないことの重大さが染み付いているらしい。
眉間にシワを寄せた海斗がツバサの隣に立った。
「柚木は俺と色々話してたんだ」
ツバサも頷く。
こういう場所に慣れていないツバサは、海斗に別荘を案内してもらっていた。
こういう場所でのパーティーは年に数度ある。後学のためだった。
ツバサは俊介と龍之介を振り返った。
「会った?」
「俺と龍ちゃんは日が暮れる前に庭先で会ったぞ」
「確かに、調宮だったな」
俊介が龍之介を見ながら言った。龍之介は顎の下に手を当てつつ答える。
メガネの奥の視線が右に左に動いた。
「急いでる様子で、何か探してるみたいだったな」
「手伝うか聞いたら、いいって」
ありありと場面が想像できる。
いかにも悠里がしそうな行動だ。
ツバサが内心苦笑していると、さくらが俊介にまくし立てた。
「それで、そのまま行かせたの? 手伝いなさいよ」
売り言葉に買い言葉。
俊介とさくらの軽口はポンポンと素早く交換される。
俊介は慣れた様子で両手を肩くらいの高さで上に手のひらを向けた。
「仕方ないだろ、調宮、取っつきにくいし」
「あんたねぇ」
がるるるると唸り声が聞こえてきそうな勢いだった。
そんなさくらと俊介の間に入り、両方と顔を合わせる。
「まあまあ」
ツバサが二人をいなしていると、海斗が集まった皆を見回す。
いつの間にか海斗の後ろにはキッチリとスーツを着込んだ鈴木が立っていた。
「とりあえず、探してみよう。外に出たとは聞いてない」
海斗の言葉に鈴木は頷いた。
「門が開いた形跡もありませんので、敷地内にはいらっしゃるかと」
その言葉にツバサは胸を撫で下ろした。
悠里が勝手にどこかへ行くとは思えないが、とりあえず敷地内にいるなら安心できる。
世の中には誘拐という恐ろしい手段もあるのだから。
海斗はまず女の子たちを見た。
「小野寺さんと星野さんは、部屋で待っててくれる? 悠里が帰ってきたら、連絡して」
「分かったわ」
さくらが頷き、携帯端末を握りしめる。隣では真剣な顔をした紗雪が何度も頷いていた。
ツバサも自分の端末の画面を見る。
悠里にメッセージを送ってみたのだが、まだ連絡は帰ってこなかった。
「俊介と宮本は、別荘の周りをお願いできるかな?」
「りょーかい」
「わかったよ」
その付近は俊介と龍之介がよく時間を潰している場所だ。
バーベキューをしたのも中庭と呼ばれる部分になる。
そうなると自分は、と考えていたら、海斗と目があった。
「俺と柚木は」
「裏山、でしょ?」
ツバサは先取りして答えた。下手なことを突っ込まれる前に、自分で言ったともいう。
朝、バードウォッチングで行った場所。
何かを落としたとしたら、バードウォッチング中の可能性が高い。
「そう。付き合ってもらえるかい?」
「もちろん」
送られた視線に、ツバサは笑顔で頷き返した。
海斗は知っている。だとしたら、逃げるわけには、いかない。
「鈴木たちには外を探してもらうから」
「連絡が取れる場所にいてくださるよう、お願いします」
念の為外も探してくれるようだ。
鈴木の言葉に全員が頷くと、それぞれの持ち場へ散らばっていった。
「柚木は悠里が何を探してたか、わかる?」
「いや、流石に分からないかな」
ツバサは海斗とともに、朝も踏み込んだ裏庭へと足を運ぶ。
朝は涼しかったが日が暮れる時間近くになっても汗ばむ気温だった。
湿気が多いのも関係しているかもしれない。
薄い長袖を着ているので、さらに体感温度は上がる。
「朝、バードウォッチングしてたんでしょ?」
遊歩道を二人で歩く。
ツバサが先頭を歩いていたら後ろから、そう声をかけられた。
前を見つめたままツバサは答えた。
「鈴木さんから聞いたの?」
「まぁ、そんなとこ。悠里が動物に興味あるなんで知らなかったな」
買い出しの話も知っているらしい。
悠里と歩いた道を歩きながら、何かないか探す。
ちらりと見えた海斗は少しさびしそうに見えた。
「乗馬はしてるでしょ」
「乗馬をしてることを知っているだけ、だよ」
はぁとため息が漏れた。
悠里だけで手一杯なのに、海斗の面倒までは見られない。
だけど、海斗が悠里に興味を持ってくれるならば、協力しないわけにもいかない。
「そこから動物が好きなんて話になったのは昨日が初めてだ」
許婚と言いながら、どれだけ会話がないのだろう。
ツバサは呆れたように呟く。
「……聞けばいいのに」
「ん?」
海斗が首を傾げた。
なんで、知らないのに、知ろうとしないのか。
ツバサは苛立ちまぎれに草をかき分けながら言った。
「気になるなら聞けばいいんだよ。悠里は自分から話さないだけで、しっかり答えてくれるから」
調宮悠里とは、そういう人間だ。
無駄なことはしない。しないというより、できない。
彼女はこなすべき事柄が多すぎて、一番大切な自分自身という情報を伝え忘れる。
見てればわかる。
けれど、それを海斗に求めるのは酷なことだろう。
「詳しいね」
「許婚なら、努力しなくちゃ」
ツバサは投げやりに言い放った。
このアドバイスを海斗が受け取っても、受け取らなくても、ツバサは構わない。
そして、それは海斗にも見抜かれていたようだ。
「君にとって、都合が悪くても?」
「……悠里のためなら」
しぶしぶ答えた。
そこまで分かっていながら聞いたのか。
やはり、学園の王子さまは中等部のときから、普通ではないようだ。
ツバサの答えに海斗は一瞬笑い声を漏らした。
「なるほど。柚木は面白いね」
誰のせいだ。
出かかった一言を飲み込む。
「……悠里の声がする」
ツバサの耳はかすかな悠里の声をしっかりと捉えていた。
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