第2話 はじめまして異世界

 目の前には30代と思われる男女が呆けた顔でこちらを覗き見ている。一体何が起きているのかわからない。


「あーああーあああー(あのあなた達は一体…)」


 言葉が発せないことに動揺し体を動かそうとするが上手く動かせない。しかもなんかベトベトしていて気持ち悪い。可能な限り頭を動かし自分の体を確認して更に驚いた。

 

 信じられないことに僕の体は赤子になってしまったようだ──


 同じく動揺していたのであろう夫婦と思われる男女がようやく言葉を発する。


「なぁ、ツマル…一体君は何を持って帰ってきたんだい?」

「オットー、私にも何がなんだか…あなたの好きなモモンだと思って拾ってきただけだもの」


「気持ちはありがたいけど、こんな異常なサイズのモモンをよく食べようと思ったね」

「世の中なんでも大きい方が良いと思って…」


「だからって…」

「あーああーあああー(モモンてなんですか?)」


 僕を見つめながら会話する男女を観察してわかったことがある。どうやらこの男女は冒険者をやっている夫婦で、妻のツマルが薬草採取の傍ら拾ってきたモモンの中から出てきたのが僕であるということ。モモンの意味はわからないが、体中にベタベタと纏わりつく不快感と甘く蕩けるようなフルーティーな香りからするに、恐らく桃のことだろう。

 

 ここまでくれば、粗方予想はつくが──

  

 オットーは妻の大雑把さに呆れつつも、大人しく見つめてくる赤子をモモンの中から抱え出した。


「お前、よく切られずに済んだなぁ。運の良い子だ」

「ねぇオットー、この子どうしよう?」


「うーん、普通に考えれば教会か孤児院に預けるべきと思うが…」

「なんか運命を感じない? ずっと見つめられているとなんだか愛着が湧いてきちゃってるかも」


「たしかに…冒険者として一線を退いたばかりの僕達にとっては、この出会いは運命とも言える」

「そうよ! それにモモンから出てくるなんて普通じゃないし、きっと親もいないんじゃ…」


「そうだね、よしっ僕らで育てることにしよう」

「ありがとうオットー、早速この子に名前をつけてあげなきゃ…あなたの名前は…そうね…うん、ミコト!」


「あーああーあああー(名前よくわかったな!)」

「お、名前気に入ったんじゃないか? よし、ミコト、今日からお前は僕達の子供だ!」

 そう言ってオットーは、抱えていた僕を天井高く持ち上げた。


 持ち上げられた僕は、そうして初めて自分がいる状況を確認することができた。

 室内は全て木材でできているログハウスのような造りで、広さは十畳くらいだろうか。足元には同じく木材でできたダイニングテーブルがあり、その上には…それはそれは大きな桃…然りモモンが真っ二つに割れた状態で転がっていた。


 どうやら僕は異世界に転生したようだ。


 自分でも驚くほどに冷静でいられた理由は、やはり前世の記憶のおかげだろう。僕がいた地球上にある日本という国では、異世界への転生や転移をテーマとした創作物が流行っており、僕も小説やアニメなどで多くの異世界作品を楽しんでいた。そう考えるとこの転生に意味があるのかは気になるところだ。定番でいくと重大な使命を与えられたり、またはスローライフを楽しむ世界線かもしれない。


まだこの世界の情報が少なすぎるため、自分の置かれた状況を転生したという事実以外に推測することはできない。ただ一点、数多の創作と比べても異様な点がある。


 僕がモモンの中から出てきたという点だ…


 前世の記憶のとある昔話がずっと頭の隅にあり、払拭することができない。これから僕は鬼を退治しなければならないのだろうか。そんな疑念を抱えながらモモンを見つめていると、オットーが思いついたように語りかけてくる。


「そうだ!名前も決まったことだし、ステータスを見てみないか?」

「そうね、私達のスキルを継承する事はないでしょうけど、ミコトが幸せに生き抜いていける力を授かっているといいな…」

 

 ステータスやスキルという言葉が出てきたため、生き死にが隣り合う残酷な世界ということが分かり、深夜の冷蔵庫の異音のような不快感が胸を騒つかせた。更にツマルが不安そうな表情を見せたため、冷蔵庫の異音は真夏の寝苦しい夜に外から聞こえてくる喧騒に変わった。


「じゃあツマル、鑑定をお願いできるかい?」

「オッケー、それじゃあミコト、ちょっと見せてもらうね」


 そう言ってツマルは僕に向かって手をかざし唱えた。


「ステータスオープン!」──

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異世界太郎 未田 非不 @asaokirenai

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