俺を貧乏だと貶してくるDQN男は学校一の美女に惚れているらしい。ただその美女からは冷気を感じるほどの視線を向けられているけど

武 頼庵(藤谷 K介)

確かに裕福じゃないけど、お前に関係あるのか?



 キーンコーンカーンコーン――


 午前中の授業が終わりを告げるチャイムが鳴り、授業を終えた先生が教室を出ていくと、途端に騒がしくなる教室内。

 

 とある生徒は、購買部が販売する幻と言われているパンを買うためにダッシュで出ていくし、ある生徒はメニュー数は少ないモノの量と値段が人気な学食へと向かう。女子生徒は友達同士で机を合わせながらお弁当を見せ合いながら食べるし、男子生徒はそんな女子生徒を遠巻きに見ながら静かにお昼を口にしている。


 そんな男子生徒たちの例にもれず、俺は今日も教室の片隅で、誰からも声を掛けられることなく静かに朝買って来た惣菜パンをモグモグと齧っていた。


「ちょっと……」

「ん?」

 そんな俺に声を掛けて来る物好きもいる。

 声のした方へと顔を向けると、体の前で両腕を組んでいる一人の女子生徒が、俺の方をキッと睨みつけるような視線を向けつつ立っていた。


 その女子生徒は才色兼備という言葉が凄く似合う、とても整った外見をしている女の子。

 黒い流れる糸の様な髪が腰まで伸びていて、それでいてとても手入れされているのが分かるように、頭頂部にくっきりと天使の輪が見えている。


 彼女の名前は佐藤輝さとうひかりさん。その外見だけではなく、成績も優秀で先生達からの評価も高く彼女の事を例えるのなら、古来からの言葉を借りるなら大和なでしこと言える。それだけに男子生徒からの人気は断トツで、ただの公立高校なはずの我が高校なのだが、彼女の存在が他の高校の生徒にまで浸透していると噂されている。


 そんな佐藤さんとも3年生になって同じクラスになったのだけど、ちょくちょく俺に声を掛けてくれるのだけどその理由がいまいちわからない。

 いや、彼女の家柄を考えれば俺の様子が見ていられないのかもしれないけど。

 佐藤さんは、曾祖父を創業者として三代続く大手デパート会長のお孫さんらしい。

 

 

「佐藤さん……何か用かな?」

「佐藤君……今日もそれだけなの?」

「え? ……これの事?」

 彼女は俺の持っているモノに視線を向けながらこくりと頷いた。


「そうだけど……」

「……はぁ……」

 彼女はあからさまに大きなため息をついた。


「あなたねぇ、それだけしか――」

「何してるんだよ、そんな奴放っておけよひかりさん」

 彼女が何か言おうとした時、その言葉に被せるようにして大きな声を出し、俺達の方へと近づいて来る男子学生。


伊張いばる君……」

 その男子生徒が俺の机の横まで来ると、佐藤さんは彼に視線を向ける。その視線は何物をも凍らせるような雰囲気を纏い凄く冷たい。

 

「輝さんこんな奴は放っておいて俺達と学食に行かない?」

「…………」

「なぁ、みつるもそう思うよな? お前のようにパン一つしか買えない様な貧乏なやつと一緒なんて輝さんには似合わないぜ。そうだろ?」

 伊張はニヤニヤしながら俺に向けてそんな事を言ってくる。


 まぁ、この伊張武矢いばるたけやという人物は、親が大きな会社の経営者という事を鼻にかけ、クラスの中でも大きな態度をとっているので、今回が初めての事ではない。というか、なぜか高校3年生になって同じクラスになった時から俺の事を眼につけたようで、何かある度にこうして俺に絡んでくる。


「武矢いつも言っているが、俺の事は気にするな」

「あぁん? なに調子に乗って俺の事を名前で呼んでるんだよ!! 貧乏なやつが生意気なんだよ。気安く俺の名前をよぶんじゃねぇ!!」

「……はぁ……」

 こいつはいつもこんな感じだ。いい加減うんざりしてくる。


 確かに俺の家は裕福な家庭環境とは言えない。父さんが俺の小さい時に病気で亡くなってしまったので、母さんと一緒に母さんの実家へと戻った。その実家では祖父や祖母と一緒に暮らしていたのだけど、ばぁちゃんは俺が小学生になる前に他界し、じいちゃんは中学2年生の時にこの世を去った。

 

 それからは母さんと暮らす事になったのだけど、母さんの実家というのが祖父である爺ちゃんの友達の家や土地だったこともあって、じいちゃんが亡くなった事に伴ってずっとそこに留まることがはばかられ、その土地や家を持ち主へと返却し、それからはその持ち主だった人の紹介で入る事が出来たアパートへと引っ越し、母さんと二人で慎ましやかに暮らしている。


「はッ!! 行こうぜ輝さん」

「触らないで……」

 俺が何も言わない事で気を良くしたのか、佐藤さんの腕を引き歩き出そうとした武矢。しかしその手が触れようとしたところでサッとその腕を交わす佐藤さん。


「な!?」

「伊張君。貴方何を言っているか分かっているの?」

「はぁ? 俺は見た事をそのまま言っているだけだぞ。輝さんもそう思ってるんだろ? こういうやつと俺や輝さんとは住む世界が違うんだから、ちゃんと言ってやらないとそれこそ可哀そうじゃねぇ?」

「私は……」

 佐藤さんが俺の方へと視線を向ける。


「私は……それだけじゃ栄養が偏ってしまうわよって事を言いたかっただけよ」

 佐藤さんは未だに俺が片手に持っているパンに視線を向けながら、それだけをぼそりとこぼした。そして顔を武矢に向けると、先ほどと同じ――いや、先ほどよりも温度が2度程周囲が冷え込みそうなほどの冷たい視線を向ける。


「それから、どうして伊張君は私の事を名前で呼ぶのかしら?」

「どうしてって……そりゃぁ俺と輝さんとの仲だし……」

「私との仲? 私たちそんなに仲が良いのかしら? ううん。それ以前にあまり知らない人に名前で呼ばれることが不愉快だわ。これからは名前で呼ばないで頂けるかしら? 私の名前を呼んでいいのは私が好きな人だけよ」

「くっ!!」

 そう武矢にぴしゃりと言い放つと、武矢の事など気にする素振りもなく、佐藤さんはそのまま一人教室から出ていった。


「あ、ちょっと待ってくれよ!! ひか――佐藤さん!!」

 その後ろを慌てて武矢が追いかけていく。佐藤さんの名前を呼ぶのを止めた所を見ると、どうやら佐藤さんから言われた事をちょっと気にしてはいるようだ。


――はぁ……。ようやく落ち着いて食える……。

 佐藤さんが俺に話しかけてくると、いつも以上に武矢からの攻撃が激しくなるので、俺としては正直いうと佐藤さんにも放っておいて欲しいのだが、何故か彼女は自然と俺の側に来ることが多い。


――勘弁してくれよ……。

 俺は母さんと暮らす事でいっぱいいっぱいなのだ。それにようやく第一志望で入れたこの学校を無事に卒業する事しか今は考えられない。だからあまり問題を抱えたくないのだけど、俺がそう思っていても向こうからやって来るにはどうしようもない。


 俺は一人大きくため息をついて、持っていたパンに大きな口でかじりついた。





 午後の授業が終わると、俺はバイトへと向かうためにいそいそと準備をする。


「はッ!! 今日もバイトか? 大変だな貧乏なやつは」

「ご苦労なこったな」

「高校生活楽しいか?」

 などと、放課後になっても俺に声を掛けてくる武矢とその取り巻き阿部A尾藤B


「俺達はこれから女子と一緒にカラオケに行くんだけど、お前も来るか?」

「いやいや、これからこいつは大変なバイトに行くんだから無理だろ!!」

「そうそう。可哀そうな事言うなよ!!」

 ぎゃははと気持ち悪い声を上げて笑う三人。


 俺はそれらのいう事を無視してカバンを背負い、急いで教室を出ようと歩き出す。


「おい!! 無視するんじゃねぇよ!!」

「お前生意気なんだよ!!」

「貧乏人の癖によぉ!!」

 そんな言葉をしり目に俺は教室から出ると、そこには佐藤さんが腕を組んで壁に背を預け立っていた。


「どうして何も言わないの?」

「どうしてって……」

 教室内で俺が言われていたことを聞いていたらしい。


「悔しくないの? あんなこと言われて……」

「まぁ……俺が貧乏なのは間違いないしな。それに……」

「それに?」

 俺はジッと佐藤さんを見つめる。


「言いたい奴には言わせておけばいい。苦労することを知らないあんな奴に……俺は負けない」

「…………そう。そうだといいわね」

 佐藤さんから視線を外し、今度こそ急いでバイト先へ向かうために歩き出した。



「…………」



 俺の背中の方で、彼女の声が聞こえた気がしたけど、急いでいる俺は振り向いて確認する事も無くその場を後にした。







 学校の生活はほとんど変わらない。

 毎日同じようなことの繰り返しだけど、佐藤さんは相変わらず俺の周囲に姿を見せてくるし、その度に武矢は俺に向かって罵詈雑言を浴びせてくる。我慢しているというわけではなく、俺はそれを全く相手にしていない。


 そういう輩はまず反応してしまうと更に調子に乗るからだ。時折あまりにも酷い事を言っているところを見かねたクラスメイトが、数名だけだが俺の事を擁護してくれたりするけど、結局はクラスのボス猿である武矢に面と向かって逆らうなんて事はできず、受験シーズンに入って武矢たちがそれどころでなくなるまで続く。


 時折、佐藤さんも一言二言だけ俺に言葉を掛けてくれる事もあったけど、周囲で何かが劇的に変わる事も無く、高校を卒業するその時まで俺に対する武矢達の態度は変わることが無かった。


 クラスの大半が大学進学へと進んだのに対して、俺は元から決めていた通り、働きながら学べるようにと専門学校へ進学。それまで家計の為に頑張って働いてくれている母さんの負担にならない様に、俺も働きつつ自分で目指している職業に就く為に学んでいる。


 俺の目標は、父さんと同じ職に就く事。父さんは日本料理の料理人だった。


 時間がある限り社会の中で料理に対する向き合い方などを学びつつ、専門学校で知識や基礎技術を学ぶ。

 母さんと住んでいるアパートへと帰っても、母さんに俺が調理した料理を食べてもらったりしつつ、休日には爺ちゃんの知り合いだったという人の伝手を使わせてもらい、畑で野菜などを育てたりした。時折母さんにも手伝ってもらったり、近所の人達も野菜などを育てるためのアドバイスなどをしてくれて、自分なりに専門学校時代は充実した時間を過ごす事が出来た。


 

 色々と自分なりに試しながらも、目標に向かって邁進し迎えた社会人としての2年目。念願だった調理師としての資格を取って、晴れて料理人としての一歩を踏み出した俺に、高校の同窓会の案内状が届く。


 できれば出席したかったけど、修行しているお店が繁忙期であったため、次の機会を待つことにして欠席に丸を付け返信。その後しばらくして俺が修行している店に、元クラスメイト数人が偶然やってきて、近況を話し合ったり出れなかった同窓会の内容を聞いた。


 内容はみんな元気にやっているという話や、どこどこに就職しただれだれが、実はブラックだった会社に嫌気がさして辞めたとか、だれだれが結婚したなどという話が多かったけど、それはその場に行けなかった俺としては、プチ同窓会の様な凄く楽しい時間だった。


 その会話の中、元クラスメイト達がハイライトと言って話してくれたのが、俺的には一番驚いた。


 何とあの武矢が佐藤さんに公開告白し、完全敗北――いや、完膚なきまでに振られたらしい。

 次期会社の社長で、現在はその会社の役員だと鼻息荒く話していた武矢だったが、同格だと思っていた佐藤さんに「自分の嫁にしてやってもいいぞ!!」と血迷った告白をした。すると佐藤さんは大きくため息をついて武矢を見ると、「あなたは眼中にないわ。いえ元々あなたには無関心なの」と切って捨てたらしい。


――まぁそうなるよな。高校時代に武矢を見る佐藤さんの視線……。あれは拒絶する冷気を放っていたからな……。

 俺はその場で起きた事を想像して、うんうんと一人頷いた。




 それからも毎日修行の日々は続いたが、そんな忙しく働いていたある日、料理長と店長から呼び出される。


「え? お見合いですか?」

「そうだ」

「どうかな充君。受けてくれないかい?」

 料理長はもともと俺の事を買ってくれていて、独立してもいいと言ってくれている。その時は力になるとも言ってくれている人だし、店長はお店に面接に行った時から、何故か俺の事を気に行ってくれたようで、母さんの事なども気にしてくれて良くしてくれる。


 そんな二人からの提案に俺の返事は――。


「わかりました。お見合い……してみようと思います」

 そう言って頭を下げた。



 数日後、店長から言われたとおりのお店に母さんと共に一緒に向かう。俺がお見合いをするという事を母さんに話をしたら、既に店長と料理長から話が通っていたようで、母さんは俺よりも乗り気になっていた。


 俺はそのお見合いも、どうなるかは分からないよと母さんに言っていたのだけど、母さんは微笑むだけで「会ってみないと分からないでしょ?」というだけ。


 どうも母さんは進展すると思っている節がある。



 格式の高そうなお店、所謂料亭という分類になりそうな外観をしている。その奥に続く廊下を、お店の中居さんを先導役として俺と母さんがその後を続く。


 歩いて進むと、お見合い相手が待っているという部屋の前に案内され、中の方に声を掛けてスッと中居さんが離れる、母さんに背中を叩かれて気合を入れられ、俺も「良し!!」と気合を入れて、その部屋のドアをノックした。


「どうぞ」

「失礼いたします」

 スッとドアを開けて中に入り、改めて名乗りを始める。


「初めまして。この度席を設けて頂きありがとうございます。改めまして私は佐藤充と申します。そしてこちらは母の――」

 一息にそこまでは話し、そこでようやく相手側のお顔が俺の視線に入って来る。最初に眼にしたのはとても厳格そうな和服姿で白髪のご老人。俺が入る前に声を掛けた返事をした方だと思う。


 その横に和服姿で髪をアップにしてまとめている女性が座っている。


 その女性が俺の方へと顔を向けると、俺の言葉が途切れた。


「お久しぶりね。佐藤君」

 にこりと少し頬を赤く染めたまま笑顔を向けてくる女性。


「え? ま、まさか……佐藤……さん?」

 驚愕してその場で立ち尽くす俺を、何とか先に進ませようとして母さんが背中を叩いて来る。


 そしてようやく気を取り直した俺は、既に座って待っている二人の向かい側へと腰を下ろした。


 そこからは何を話したのか、何が有ったのかをあまり覚えていない。


「今後は私と結婚を前提にお付き合いください」

 ただ一つだけ衝撃的な事を覚えている。佐藤さんがスッと頭を下げて俺に向かってはなったその言葉と、そして俺に対して頬を染めながらはにかんだ笑顔。

 


 この日、俺に婚約者が出来た。





 母さんは何も話をしてくれなかったけど、実はおじいちゃんの友達というのが、見合いの席に同席していた方で、輝さんのおじい様。何とおじいちゃんと幼馴染だったらしい。


 そしておじいちゃんたちと住んでいたあの土地や家は、元々輝さんのおじい様の実家だったそうで、事業が上手くいき本拠地を会社の近くへと移すときに、おじいちゃんへ管理をお願いし、そこに住んでもらう事にしたそうだ。


 そしてその後に住むこととなったアパートも、輝さんのおじい様が手配してくださって、引っ越しまで面倒を見てもらった。だからすんなりと次に住む場所が決まったんだなと、今更になって気が付く。


 そんな縁があった俺と輝さん。実は幼い頃に何度か顔を合わせていたようで、俺は全く記憶が無いのだけど、輝さんはその時の事を何となく覚えていて、おじい様からも俺達家族の事を色々と聞きながら育ったそうだ。だから俺の事を気にかけてくれていた様だけど、それならそうだと言って欲しかった。


 そうすれば武矢にあんなに絡まれる事も無かった――いや、アイツの性格からすると、それならそれで更に酷いことになっていたかもしれないから、輝さんが何も言わないでいてくれて良かったのかもしれない。



「そういえば……」

「ん? なぁに?」

 新たに新居として契約した一軒家のなか、輝さんと二人並んでテレビを見ていると、ふととあることが頭に浮かぶ。

 同居する予定の母さんは、輝さんのご家族と共に温泉旅行に行っているので、今は引っ越しの荷物をかたづけるために二人で家に残っていた。


「同窓会で武矢を振ったって聞いたけど……」

「あぁ……うん。そうね。あの人しつこかったわ。その後、何度も私と家にまで連絡してきたもの」

「そうだったんだ……。でも俺で良かったの?」

「私はね、あなただけしか興味がないのよ」

「え?」

 俺を見つめる輝さん。その顔は次第に赤くなっていく。


「だ、だから……そろそろ名前で呼んでくれない?」

「あ……」


 俺の中の記憶にとある場面が浮かぶ。


『私の名前を呼んでいいのは私が好きな人だけよ』



「輝……」

「はい……」

「これからよろしくね」

「もちろん!!」


 それから数か月後――


 俺と輝は夫婦となった。


 婚姻届けを出すときに、「結婚しても名字が変わらないから楽ね」ととても綺麗な笑顔を見せてくれた輝の事を、俺はこの先もずっと忘れない。






※あとがき※

お読み頂いた皆様に感謝を!!


2024,04,18, 作中加筆

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俺を貧乏だと貶してくるDQN男は学校一の美女に惚れているらしい。ただその美女からは冷気を感じるほどの視線を向けられているけど 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian

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