善い行いをすれば自分に返って…来たら良いのに【掌編小説】

野良ねこ

第1話 ケース① 突発的な行動によって得られる物

とっさに動くことが出来たのは、今考えると最高に暇だったからとしか思えない。


会社や学校、待ち合わせや目的地が明確であればそのまま歩き去っただろう、仕事をクビになって昼過ぎからスーパーで弁当を買い、死んだような目で帰っている途中だった。


「へいへいねーちゃん今暇?俺と遊んでこうよ~てか可愛いね!惚れちゃった」


スーパーの駐車場から出て細い道に入った先、俯きがちに歩いており視界には映らなかったが少し前方から少し甲高い耳に触る男の声が聞こえてきた。


「あの…困ります…これから用事あるので…」


「そうなの?んじゃ一緒に行こうよ、用事終わった後で良いからさ、一緒に飯でも食いに行こうぜ、てか連絡先教えてよ!そっちの方がてっとり早いっしょ」


「ごめんなさいそれはちょっと…急いでいるので」


「ちょっとくらい良いじゃん連絡先交換くらいすぐ終わるんだし」


「いい加減にしてください……!警察呼びますよ……!」


目線を上げると細い道の先に並ぶ商店街の一角で女性が絡まれていた、平日の昼すぎだというのにお盛んだ。


女性は容姿が整っており小柄だ、男性の方は少し細身であるが髪は金髪に染めており両手首にはジャラジャラと貴金属を付けている、絡まれていた女性が少し強く言葉を返すと男は気色ばんで立ち去ろうとする女性の手を掴んで言った。


「そりゃねぇんじゃねぇの?こっちはただ声かけただけなのにその反応、ひどくねぇか?ああ?」


「痛い!辞めてください!離してください!」


「謝れよ!ただ声かけただけなのに警察まで呼ぼうとするとか酷いだろ!俺は傷ついたんだが?」


軽いノリから一変男は女性の腕を掴んだまま甲高い声を一層高くして攻め立て始めた、どう見ても非は男にあるのだがそんなことは関係ないらしい、女性は突然の剣幕に混乱しているのか委縮したのか怯えたような顔をしている。


「ナンパ男粉砕タックル!!!」


「は?」


ドーン


気付けば男にめがけてタックルをかましていた、突然のことで男は女性から手を放し軽くよろめいた、俺の貧弱な体から生み出されたパワーでは吹っ飛びはしなかったが突然のことで動揺している。


「逃げるぞ!走れ!」


そんな男を無視し女性の手を取って駆けだした、突然のことで女性も動揺していたが俺の言葉に従って駆け出した。


「あ!こら!てめぇ!糞が!」


男が気付いて追いかけようとしたが咄嗟のことで反応が遅れたのかかなり距離がある、俺は商店街をそのまま突っ切り人通りの多い駅方面へと走った。


男は追いかけて来ていたが人ごみに入って見失ったのかそのまま視界から消えた、俺はゼエゼエと息を吐きながら女性の手を放し近くにあるベンチへと座って声をかけた、女性の方はさほど疲れてはいなさそうだが状況が呑み込めてないのかこちらを訝しげに見ている。


「大丈夫ですか?突然ごめんなさい」


「あ、いえ、その、大丈夫です。助けてくださったんですね。」


状況を理解したのか女性は軽く頭を下げお礼を言った、それに軽く手を上げ返したが自分でも初めての行動に軽く動揺しておりその後の言葉が出てこず沈黙が訪れた。


ベンチの周辺で行きかう人々はそれぞれが目的地が定まっているのかこちらに一瞥もせず通り過ぎていく、遠くで怪しげな宗教勧誘のビラを配る人たちの声が聞こえる。


「あの」「あの」


ハモった


「お先にどうぞ」


「改めてありがとうございます、助かりました」


「いやいや何ともなくて良かったです、ご用事あるみたいだったのでこのまま行ってください」


「あ、はい分かりました、それでは」


女性は小さく会釈をするとそのまま駅へ向かう人ごみへと消えていった行った。


その背中をベンチからぼーっと見送ると徐々に自分がしたことに少しの恥ずかしさと嬉しさが沸き上がってきたがタックルをした際に弁当を落としたままな事に気付いて商店街へと戻ることにした。


案の定弁当は潰れていたが咄嗟のことでも行動できた自分に対する自信ともっと上手くやれただろうと反省をしながら俺も駅へと踵を返した。


駅は東口と西口に別れており俺の住む家は西口にあるので駅構内をそのまま通り過ぎて逆側に出た。


「あのー、チラシどうぞー」


「ん?」


駅から出て家の方面へと歩を進めると出口に隣接した小さな広場で女性に話しかけられた、背後からだったので振り返ると先ほど助けた女性だ。


その手には先ほど遠くから聞こえてきた宗教勧誘の人が言っていた言葉と同じモノが書かれたチラシがあった。


「あ!先ほどの!ありがとうございます!これも何かのご縁です!是非真新信眞般若教に入信しませんか!」


先ほどとは打って変わって笑顔の女性は元気よく声をかけてきた。


「あ…いや…その…間に合ってるんで…」


俺はその言葉を無視し、日が落ちかけてきた夕暮れの中、雑踏にまみれ潰れた弁当を片手に帰路に着くのだった。

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善い行いをすれば自分に返って…来たら良いのに【掌編小説】 野良ねこ @Noranekonyan1129

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