第10話 刃物は得意なほう

 食堂に着いて、あたしはライサに『料理長』という中年の太い男を紹介された。太いというか丸いというか、なんとなくだが、この男の作る料理なら美味しいような気がすると思った。だが、昨日の食事を思い出して、あたしはなんだか納得がいかずに目を細めた。

 ライサが去ったあと、「皮むきは出来るか」と芋を渡されたので、「出来る」と答えた。山と積まれている芋の前に連れていかれたので、そこから黙々と芋の皮をむく。

 食堂の料理場には、料理長の他にも男女あわせて8人ほどが慌ただしく働いている。あたしの方をちらりと見た人も何人かいたが、その人たちもあまり新入りに興味がないようだった。


 ――この芋むき用の庖丁、あとでいただこう。


 この身体ではなかったが、刃物は使い慣れている。皮むきもそれなりに早く、丁寧に出来た。


「悪くないな」


 いつの間にか背後に立っていた料理長にそう評されて、驚いて返事が遅れた。

 あたしは昔(生前?)から、集中し過ぎると周りが見えていないことがある。八丁堀の旦那にも指摘されたことがあったのに、どうやら死んでも直っていないらしい。


「……どうも」

「これが終わったら、次はあれを洗って切ってな。輪切りで、このくらいの大きさだ」

「分かった」


 だいぶ小さくなった芋の山の隣、葱の山を見て、あたしは頷く。料理長が指で大きさを見せてくれたので疑問はない。芋の皮をむくより葱を切るほうが、きっとあたしの手は早いだろう。


 ――六文銭を稼ぐのに、ここではどれほど働けばいいんだ?


 芋の皮をするするとむきながら、あたしは首を捻った。用意されたシャワーつきの部屋と食事、それらの金額も自分で稼がないといけないのなら、むしろ金を借りている状態ではないのか。

 『借金』の二文字に、あたしはふるりと身を震わせた。


 ――とっとと働いて借りを返さないとだねぇ。


 スれば一瞬。それが許されないこの世界は、あたしにとってずいぶん厳しいものに思えた。


 ――地獄絵には、芋むき地獄なんてなかったはずだけど……。


 黙って手を動かしながら、あたしはそんなことを考えていた。

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