第11話 不思議なことが多すぎる

 食堂の料理がまずい。

 料理場で働いたため、その理由も分かった。そしてその理由について、あたしは口を噤んでいる。


 ――精進料理? ということかねぇ?


 生前の記憶では、寺の食事でも、というかむしろ寺の食事こそ贅沢だったことを、あたしは知っている。生臭坊主が多かったせいだ。それこそ盗み働きでも、何度か寺へお邪魔した。


 ――出汁を取って、塩を入れれば……。


 ほぼ味がないと言ってもいい料理に、一番言いたいことはそれだ。だがあたしは言わない。

 これだけ何もかもが夢のように整っているところなのだ。料理がまずいのは、きっとわざとに違いない。

 洗った野菜を切って炒めた。肉と野菜を煮た。それだけだ。味付けは何もしていない。素材の味が生きている、ような死んでいるような。そんな料理を前にして、あたしはへの字口になってしまうが、それでも黙っていた。


「うん、よく焼けてるし、煮えてる」


 それ以外に評しようのない料理を食べて、あたしは目を細めた。


 ――ま、食べられなくはない。


「あっ!? うわーっ! いたっ!」


 昼時の混雑が終わったあと、休憩時間に食堂で食事をしていたあたしのすぐ近くで、走りこんで来た子供が転んだ。後から入ってくる人がいないことから、おそらく料理場で働く誰かの子供だろう。駆け寄る人もいないので、先に休憩が終わった人の子供かもしれない。


「大丈夫かい?」


 子供のそばにしゃがみこんで聞くと、やんちゃそうな男の子の目が潤み、涙が溢れてきた。


「う、うええええぇん!」


 派手に泣く子供だ。元気そうで何よりではあるが、これではまるであたしが泣かせたみたいではないかと思いながら、あたしはまだ転んだままだった子供を起き上がらせた。


「そんなに痛かったかい。……おや、すり傷だね。こんなのはツバをつけておけば治るよ」


 人差し指をなめて子供の膝小僧にぴっと当ててやると、なぜだかすり傷のあった膝小僧がぴかっと眩しく光った。


「はっ?」

「えっ?」


 きょとんとした子供と目が合って、それから二人揃って膝小僧を見ると、そこにすり傷は影も形もなかった。


「……いたくない」

「そうかい。そりゃよかった」


 意味は分からないが、子供が泣き止んだので、あたしはにかっと笑ってやった。


 ――ツバをつけたら本当に傷が治る、なんて。やっぱりここは不思議なところだねぇ。


「おねえちゃん、ありがとー!」

「はいよ。もう室内で走るんじゃないよ」

「うん、わかったー」


 「分かった」といいながら料理場のほうへ走り出した子供だったが、すぐに気が付いたらしく、そろそろと歩き出した。素直ないい子だ。


 ――あの子も、ここにいるということは、幼くして……。


 それは考えても仕方がないことだ。あたしは頭を振って、その考えを振り払った。

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