第2話 いなせな侍

「ここで何をしている!」


 ――へえ、こいつはすごい。あの世ってのは、侍がとんでもなくなんだな。


 荒々しく声を掛けてきた男を見て、あたしはゆっくりと身体ごと振り返った。

 髪はあたしと同じくざんぎりだが、その瞳は血のように赤い。黒を基調とした異国の服に、刀(?)の柄と黒マントの裏は濃赤紫。閻魔様の使いらしく、全体的に黒い姿だ。そして侍は、首が痛くなるほど背が高かった。


「あんたがあたしのお迎えかい?」

「迎え?」

「ずいぶん待たせてくれたじゃないか。あの世だってのに、もう日が暮れちまいそうだよ」

「は? なにを言っている」


 人気のない町に、ようやく現れたお迎えに、あたしはまったく疑いを持たなかった。


「ああ、いいさいいさ。みなまで言うな。文句なんて言ったあたしが悪かった。――さ、どこへなりと連れていっておくれな」

「なんなんだ、お前は。俺がお前をどこに連れていくって?」


 あたしのお迎えのはずの男の言葉に、あたしは心底呆れた顔をした。


「なんだい。それをあたしが知っているわけないじゃないか。しっかりしておくれよ。あんたが頼りなんだからさ」

「……どうも話が噛み合わないな。……はあ。仕方がないからついてこい。とにかく今は、こんなところでのんびり話をしている場合ではない」


 ぐちぐち訳の分からないことを言っていた侍だが、ようやくあたしの道案内をする気になったようで、これで一安心だ。


「はいはい。だからあたしはあんたについていくって、はなからそう言っているじゃないか」

「……」


 なにか言いたそうな顔をした侍だったが、結局なにも言わずに歩き出した。

 歩きながら、あたしは服と同じ色の、足を全部包み込んでいる履き物を履いていることに気がついた。草履ぞうりでも草鞋わらじでもないそれが、なんだか不思議だ。

 辺りを警戒しながら歩く侍の後ろを、あたしは早足で追いかける。あの世に来てまで、いったいどんな危険があるというのだろう。

 侍の向かう先に、今までの建物とは段違いに豪華な、異国の城のようなものが見えてきて、あたしは慌てた。


「ちょ、ちょっと待ちなよ。まさか、あそこかい?」

「そうだ。普段はだれも彼もが入れるわけじゃなんだが、いまは非常事態で、領民や旅人みんなを受け入れている」

「へえ? そうなのかい」


 あの世でも、いろいろなことが起こるものなんだなと、あたしは感心した。

 あの世に、こんなすごい建物があるだなんて、だれも言っていなかった。

 三途の川を見たと威張っていた奴ならいたが、ここはきっと三途の川の先なのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る