お江戸から来ました ー詐欺師お凛の異世界生活ー

浦野 藍舟

第1話 小粋なあの世?

 ――これは、なんていう夢なんだろう。


 見たことのない、異国情緒あふれる街並みにたたずんでいたあたしは、目を瞬かせた。

 もしかしてあたしは、ヘマをやって異人に売られちまったんだろうか。

 きょろきょろとあたりを見まわしていると、大きく透明なガラス窓があって、ぎょっとする。それもひとつではなく、たくさんだ。高価なものだからと、大店の蔵にひとつだけ、大切にしまわれているのを見たことならあるそれが、ここでは日常的に使用されているらしい。

 ふと窓に映る、自身であるはずのその姿を目にして、あたしは目を見開いた。口もぽかんと開いてしまう。

 窓のなかのその女も、同様に目を見開き、間抜けに口を開けている。

 口角を引き上げてにっと笑ってみると、その女も引き攣った笑いを浮かべた。


 ――これは、誰? これが、あたし? いや、そんなはずが、ない。


 たしかあたしは、追っ手から逃げていたはずだ。

 私腹を肥して、町の人たちを苦しめていた越後屋のバカ旦那とバカ息子――大旦那と若旦那を、二人揃えてちょちょいと色香で惑わせて、金だけ貰って姿をくらませた。それだけのことだった。

 けれど、せこい詐欺師に引っかかったと、思いのほか逆上した若旦那が放った追っ手はなかなかしつこく、振り切るのに苦労した。

 そういえば、バシャンと大きな水音がした。まさかあれは、あたしが川に落ちた音だったのだろうか……。


 ――なんてこった。あたしは死んで、ここはあの世ってことか。


 動揺しながらも、あたしは窓に映る自身の姿から目を離すことができなかった。


 ――へーえ、これが仏様の趣味って奴なのか?


 色気溢れる三十路を謳歌していたあたしが、十代半ばのような小娘に逆戻りだ。それも、記憶にある、目つきの悪い鶏がらみたいだった小娘の頃とは違い、ずいぶんと可愛い顔になっちまった。

 子供のようなざんぎり頭にも違和感があるが、着物も見たことのない仕立てだ。紺色の一枚布(?)は、首回りも膝から下も、袖すらもない。服自体は、襦袢じゅばんよりも布面積が少ないのに、黄土色の首巻きはとても長くてふわりと軽く、手触りで上質なものだと分かる。

 それにこの風景。想像していたあの世とは、あまりにも違いすぎる。仏様ってば、ずいぶん小粋なお人(人?)だったんだな。


「ええっ?」


 地面から突き出た真っ直ぐな棒の上に、突然明かりが灯った。もちろん行燈あんどんなどではない。


「うわぁ」


 見たことのない建物の形も、色とりどりの石が平らに敷き詰められた地面も、あたしにはなにもかも未知のものだ。


 ――まあ、死後の世界なんだから、未知で当たり前か。


 くつりと笑って、あたしは大きく息を吐いた。様々な驚きから開放された気になって溢れた笑みは、久しく忘れていた自分らしいものの気がする。

 ところで、お迎えはどうしたんだろうか。天涯孤独の身だからって、誰もこないってことは無いよな。

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