第5話 旅立ち、そして最初の試練

 僕は神殿から北に伸びる街道を歩いていた。

 いよいよ冒険の旅がはじまったのだ。

 行く先は北の大陸の魔王城……ではなく、まずは北にあるモリバントの都だ。公王レオナルド様が治める、南東大陸でも三本の指に入る大都市で、コーラの村なんか比較にもならないほど栄えている、らしい。

 なぜモリバントの都を目指すかというと、僕は魔王を倒せるようになるために、勇者レベルを上げる必要がある。そのために「お姫様とキス」が当面の目標。都なら公女様がいるだろう…という単純な論法だ。


 よーしやるぞ、と気合を入れる。


「都は危険な場所らしいし、気をつけないと」


 旅立つ僕に、ソフィアさんはいろいろと助言をしてくれた。宿の取り方、騙されない心得、道具の使い方、それにモリバントの都のこと。前公王様の崩御以来、政治に混乱がありずいぶん治安が乱れているとのことだ。

 いちおう大神官様に現公王様向けの紹介状を書いてもらったけれど、エリス教の力は都では大きくないらしく、いまの公王様が協力してくれるかどうかはわからない。

 もちろん公王様に会えなかったとしても、それだけで諦めるわけにはいかないけれど。だって、僕は勇者なんだから!

 と、また気合を入れたそのときだった。


「ギキー!」

「わっ!?」


 道の脇の茂みから何かが飛び出してきた。見るとそれは、犬のような二本足で歩く獣人。神殿の図鑑で見た、コボルト…!モンスターだ!

 魔王軍の手先であり、人類の敵。

 つ、ついに初戦闘だ…!

 僕は腰の剣を抜いた。鍛冶屋のウィックさんにあつらえてもらった、刃渡りの短いショート・ソードだ。山で死ぬほど訓練だけはしてきたけれど…果たして実戦で通用するか…!

 と、考えているうちにコボルトは木製の棍棒を振りかぶってきた。

 まずい、受けなきゃ…! 僕はその棍棒の動きを見る。

 あれ…やけにゆっくりだ。これなら受けるまでもなくラクに避けられる。僕は体を捻り、棍棒は体の横を通り過ぎた。

 キャンっとコボルトが鳴いて驚く。隙だらけだ。思った瞬間、僕は剣でコボルドの手をガンっと叩いていた。からんからんと棍棒が勢いよく転がって、道側の川に落ちていった。


「キャーン! キューン!」


 コボルトは悲鳴を上げながら茂みの中に消えていった。僕は追わなかった。弱いものいじめをするつもりがない…とかではなく、単純に驚いていたのだ。僕、こんなに強かったっけ?


『勇者の力、剣戦闘LV1の効果ですよ』

「め、女神様!?」


 また声が響いてきた。この女神様、やけにフレンドリーだ。


『剣戦闘はLV1あれば一人前の兵士と同等の技が使えます。LV2で一流、LV3で必殺技も使え、LV4や5は伝説・神話級です。勇者特典というわけです。勇者が弱くては話になりませんからね』

「そ、そうなんだ…すごいや…でも修行せずに強くなるとか、ちょっとズルい気もするけど…」

『ご安心なさい、魔王の方がよっぽどズルいです。生まれた時から今のあなたの10000倍は強いですから』

「うっ。そ、そうなんですか」


 確かに、ひとりで国を滅ぼせると噂の魔王と戦う勇者だ。このくらい強くないと、話にならないのかもしれない。


「でもその、だったらキスなしでも強くなるようにできなかったのでしょうか…?」

『それではつまらない…』

「えっ」

『おっと言い間違えました。それでは強くなれないのです。単に無償で能力を与えられても、使いこなす強さがなければ何にもなりません。

 あなたはキスという試練を通じて、能力を使いこなす強さを身につけるのです。すなわち貴方はキスで本当の力を手に入れられるのです!』

「な、なるほど!」


 なんて深慮深い考えをお持ちなんだ。さすがは女神様。


『まあキスなのは私の趣味ですけど(ぼそり)』

「え、女神様、何がおっしゃいましたか?」

『いいえ、気のせいです。さあ勇者ユウ、進みなさい。これから数多くの試練が貴方を待ち受けていることでしょうが、私はあなたをいつでも(楽しいから)見守っていますよ(助けはしませんけど)』

「はい!」


 女神様の期待に応えられるよう、もっと頑張らないと。僕は道を急ぐことにした。急がないといけない。こうしている間にも、北の大陸では人々が魔王に苦しめられているのだから。

 やがて、二日の旅路、野宿を経て。

 遠くにモリバントの都の尖塔がぼんやりと見えてきた。山のように高く見える塔が何十本も建っている。あれが名高いモリバントの城塞だ。すごい、いったい何階建なのだろう、こんなに遠くからでも見えるなんて……。

 と、僕が田舎者らしく感動していたときだった。


「ひいいーっ! 逃げろ、食われるぞー!」


 数人の戦士姿の男が、悲鳴を上げながらこちらに駆けてきた。


「ど、どうしたんですか?」

「小僧、逃げな! 《人食い鬼》が出たんだ!」

「人食い鬼!?」


 村に来た冒険者から話だけは聞いたことがある。人より大きい身長をした、凶悪なオーガ族の一種で、その名の通り若い人を好んで食べてしまうという恐るべき魔物だそうだ。当然、コボルドの何倍も強い。


「あっちで馬車が襲われている!逃げるんだ!」

「わかった!」


 僕は言うと剣を抜きながら馬車の方向に走り出した。


「うおい!?アホかてめえ、逃げろって!」

「僕は勇者だ! 助けを求める善良な人を放って置けない!」


 言い切った後、笑いが出てしまう。そうだ、僕はヒーローなのだ。女神様に力を授けて頂いたのもこういう時のためなのだ!


「いやあの馬車は善良とは程遠い…ああ、行っちまった」


 戦士さんの言葉を最後までは聞かず、僕は馬車へと走り続ける。これも剣戦闘LV1のおかげなのか、すぐに木陰で襲われる馬車に追いつけた。

 戦士さんの言葉どおり、そこには人食い鬼がいた。三匹だ。どいつも僕の倍は背丈がある。馬車の主人らしき商人服の人が4、5人ほど、槍で応戦しているが、何人か怪我している。どう見ても不利なようだ。

 よし、行くぞ!


「おおおおおおおおお!!」


 叫びながら走り寄り《人食い鬼》の一匹を背後からざっくりと斬る。返す刀で横一閃、二匹目の首が青い血飛沫と共に宙を舞う。気づいた三匹目がギギイと叫びつつ、錆びついた刃の剣を僕に向かって振るう。

 しかし、遅い。

 ズザアアアア!

 半身で《人食い鬼》の刃をかわすと同時に斬る。僕の剣技は、それが簡単にできるぐらいには、女神様のおかげで研ぎ澄まされていた。

 よし――予定通り。

 剣の血を払って鞘に収めると、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。


「おおおおー! すげえなアンタ、三匹もあっという間に倒すなんて! どこの無謀な子供かと思ったら、ヤケクソにつえーじゃねーか!」

「僕の力じゃありませんよ。女神様の力です」

「なんだ貴方、神殿の神官戦士サマでしたか? どおりで強いわけだ」

 

 何か妙な勘違いをされたようだ。

 まあ別にいいか……。

 

「ところで、へへへ、お礼の方ですがねえ」

「ああ……大丈夫です、お礼のために助けたわけじゃありません」

「へっへっへ、そいつはありがてぇ。ですが神殿との《取り決め》です、馬車に積んでる『商品』の一部を持っていって頂いて構いませんぜ。やつらに全部奪われちまうところだったんだ」

「え……そ、そういうわけには」

『頂いておきなさいな。女神の名において許可します』

「女神様」

『ふふふ――何しろ積荷は――こほん、とにかく頂いた方が面白そうです』


 この女神様、よく話しかけてくるなあ……。

 とはいえ旅商人の馬車なら食料や武具を積んでいるはず。

 きっと旅の役に立つことだろう。

 

「それなら、少しだけですが有り難く頂いていきます」

 

 僕は馬車に登ってカーテンをさっと引き、中を覗いた。

 

「――え?」

 

 中にいたのは、女の子だった。それも複数人だった。十人近くはいるだろうか。商人の使用人とかとは、明らかに違う。だって、女の子はほとんど、裸みたいな格好をしていた。それに何より、足と腕に枷がはめられていた。

 捕まっている?

 ――なんで?

 

「へへへ、神殿との協定ですからな。『ひとつ』持ってってくだせえ」

 

 隣の商人がへこへこと媚びた声を発していた。

 僕はフィオナさんの言葉を思い出していた。モリバントの都は、とても治安が悪くなっている。タチの悪い商人が大手を振るっているぐらいに。そして僕はようやく理解した。

 この子たちは奴隷。

 そしてこいつらは奴隷商人だ。

 

『ふふふ』

 

 女神様の笑いが脳内に響いた。

 

『さあ、試練の時ですよ。あなたはどうしますか、勇者ユウ』


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キスで強くなる純情ショタ勇者が10000人の嫁と世界を救う話 ZAP @zap-88

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