第4話 僕の幼馴染がかわいくてたまらない

 限界突破していた心拍数が更に跳ね上がった。

 なぜって、そこにいたのは僕の幼馴染トレノだったからだ。

 

「と、トレノ――!」

「……なによその反応」

 

 トレノはぷうっと頬を膨らませて怒った仕草。

 が、すぐにふっと表情を和らげて。

 

「まあ仕方ないか。あたし、乙女ってガラじゃないもんね」

 

 そんなことはない――と言おうとしたけど、けほっと咳き込んでしまった。

 キスと愛の言葉をささやきすぎて、喉が傷んでいたようだった。

 

「あ、大丈夫? 水飲む? ほら」

 

 トレノが水挿しを差し出してきた。コクコクと飲む。

 ああ、いつもと変わらず面倒見がいいなあ……。

 

「トレノ……ありがと、大好き」

「ふえっ!?」

 

 と、いきなりトレノの頬が真っ赤になっていた。

 

「すすすす好き!? いきなり何言ってんのユウ!?」

 

 昨日までの僕なら、ここで誤魔化していただろう。

 でも僕はソフィアさんに教わった。人は会ったばかりの人も好きになれる。いわんやトレノみたいにずっと側にいた子のことは、もっともっと好きになれるのだ。だから僕は続けた。

 

「好き。トレノ優しくて好き。大好き」

「う、う、うううー! 恥ずかしいこと言うなー!」

 

 ぽかぽかと胸を叩いてくるトレノ。かわいい。好き。

 

「あ、わ、わかった! あんた全員に同じこと言ってるでしょ!?」

「うっ!」

「お見通しなんだから! このすけこまし、女の敵!」

「うぐうっ!!」

 

 ぐさぐさぐさー!

 うすうす自覚していただけにトレノの言葉が良心に刺さりまくる。

 トレノは腕組みをしてはああっと盛大にため息をついた。

 

「あのね。他の子はともかく、あたしには別にヘタな嘘ついて好きなんていう必要ないから。てきとーにチュってするだけでいいから。妙な気を使っちゃ駄目だからね」

「いやその……好きなのは嘘じゃないんだけど」

「嘘よ。だってあんたが本当に好きなのってルナさんでしょ」

「っ!?」

 

 予想だにしなかった名前が出てきて僕はあっけにとられる。

 トレノはまたふうっと小さくため息を付いた。

 

「わかるわよ。ずっと見てきたもん。あの日からずっとルナさんだけを追いかけてて、あたしのことなんか見てないでしょ。そんななのに、今だけ好きって言われたって、困るわよ」

「う……」

「だから」

 

 ぐいっとトレノは僕を引っ張った。

 

「ほら、キスしましょ。それであんた、本物の勇者になれるんでしょ?」

「トレノ……」

「あと……言い忘れてたわ。勇者就任、おめでとう、ユウ」

 

 にこっとトレノは笑った。

 いいのだろうか。

 こんな気持ちのまま、トレノとキスをしていいのだろうか。

 

 いいわけがない。

 

 確かにルナさんは好きだ。ずっと大好きだった。でも、トレノが好きなのだって本当なのだ。それは今だけじゃなくて、前からずっと好きだったし、これからもきっと好きなのだ。

 たとえすけこましだろうと、女の敵だろうと。

 それを誤魔化してキスだけするのも、違うと思うのだ。

 だから僕は言った。

 

「トレノ。好きだ」

「……っ! だ、だからねえ!」

「好きだ。ずっと好きだった。これからも大好きだ! 嘘じゃない!」

「うう~~っ!!」

 

 トレノはほっぺを真っ赤にして(かわいい!)首を横に振った。

 

「あ、あのねえ! じゃあルナさんはどうなのよ!」

「ルナさんも好きだ! あとソフィアさんもグリエルさんもキサラちゃんもミサキさんも、みんなみんな、大大大大好きなんだ!! 絶対に嘘じゃない!!!!!!」

 

 言い切った。

 言い切ってしまった。

 トレノは目が点になっている。

 

「……………………え、本気?」

「本気だよ!!」

「えーとね。あのねユウ。あんた世間知らずだから知らないかもしれないけどね、人間には体は一つしかないのよ。だから、一人の女の子しか好きになっちゃいけないのよ。わかる?」

「わかるけど、でも好きなんだよ!!」

「あーのーねー!」

『ああ、素晴らしい覚悟です、勇者よ――!』

 

 と、脳内に声が響いた。

 

「女神様?」

『ご安心なさい。勇者は人を超え神にも近しき存在。《分身》や《並行世界移動》すらも可能なのです。これらの能力を使えば、同時に複数の女性を愛することすらも可能なのです!』

「ほ、ほんとですか!?」

『代償に人格は少々歪みますが些細な問題ですね。よかったですね、勇者』

「はい! やったよトレノ、これなら問題ないね!」

「問題しかないわー!!」

 

 涙目で怒鳴られてしまった。

 

「人格が歪むって言われてるわよ、どーすんの!?」

「そんなの、トレノを好きになれるのに比べたら些細な問題だっ!」

「あう!?」

 

 そうだ。我ながらヤケクソ気味な決意の気もするけど、そもそも世界一の勇者になってルナさんより強くなるという奇跡を起こそうという時点で、正気ではいけなかったのだ。

 僕はこれから奇跡を起こそうというのだ。だったら、たくさんの女の子を同時に愛する奇跡ぐらい、起こせなくてどうする!!

 

「トレノは僕のお嫁さんにする! ルナさんもソフィアさん達もだ!(ただし希望すれば) そう決めたんだ、よーしやるぞ、うおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおぉぉぉ!!」

「あ、こらユウ、どこに行くのー!?」

「トレノーーー!! 好きだーーーーーーー!!!!」

 

 ありあまるエネルギーで走りながら叫び回って3分後。

 僕は部屋に戻ってきた。そして一言。

 

「というわけでトレノ! キスするね!」

「……………………あーもう」

 

 くしゃくしゃと頭をかき乱して。

 トレノは呆れたようにため息をついた。

 

「ばか。ほんと、ばか」

 

 そうつぶやいてから、ちゅっと。

 トレノはキスをしてくれたのだった。

 みかんみたいに、甘くて酸っぱい匂いがした。

 

『幼馴染とキス の実績が解除されました。

 食いしばり が解禁されました』

 

『乙女100人とキス の実績が解除されました。

 剣戦闘LV1 が解禁されました』

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