閑話 ハイリの甘美なる一日


 人生が不幸だというのなら、自分から幸福を作ればいい。


 たとえ故郷から勘当され全裸で草原を走ることになろうとも、牢屋に入れられ強制徴兵に遭おうとも、危険のない任務で死にかけても、不幸だという前に幸福になれる方法を探るべきだというのは、俺が誰かに語りたい名言である。


 つまりはこの人生の津々浦々が不幸なモノであったとしても、自分の振る舞い次第では幸福になれるということだ。


 もちろん、これはハイリの人生にも言えることだ。


 若くして敵だらけの村に生まれ落ちた運命を呪わない日はなかったけれど、それを不幸だと嘆いた日もまたなかった。それは別に、己の境遇に不満がなかったわけでもなければ、不幸だと思わなかったわけでもない。ただ、細やかな幸福で誤魔化しただけだ。


 言い方が悪い気がするし、その場しのぎのような気もしなくはないが、苦労不幸が悪いことだとは俺は思ってないわけで。ならばこそその誤魔化しも、何か無理しているわけでもなければ、自暴自棄に陥っているわけではない。


 いやはや、見つかったら吊し上げられる状況で、村のエロ爺たちの家からエロ本を盗む日々はなんと素晴らしいことだったか。復讐と性欲の一石二鳥は、すさんだ心を随分と癒してくれたものだ。


 気分はさながらトレジャーハンター。好みに合わないものが出て来たとしても、そのハラハラ感こそが醍醐味である。


 さて、そんな自己保身を煮詰めたような村と比べて、アルダ貿易都市の日々は平和そのものだ。磔にされれば氷漬けにされることもあるが、まあ神の生贄にされるよりかはましだろう。


 とはいえ、そんな貿易都市の日々でもたまるものはたまる。悶々と。


 となれば、発散するしかないだろう。自ら作り出す小さな幸福で。


「……牛乳に卵にさくらんぼ……よし、材料はそろったな」


 昼終わりの午後三時。警備隊宿舎の厨房にて、バザールの方で買って来た食材を並べて、俺は一息ついた。


 休むことも訓練だと、意地になって特訓を続けた俺たちの頭を、慣用句的にも物理的にも冷やすローディアからのありがたい言葉もあり生まれたこの暇。前々からやりたいと思っていたけれど、あの村ではできなかったことをするにはちょうどいいと、場所を借りてきた次第である。


 何をするのか。それはもう一つに決まっている。


 おっぱいプリンの制作に決まっているだろうが!!!!!!


 ああ、なんという甘美なる響きだろうか。カスタードのかろやかな色合いに、サクランボを乗せて生み出される二つの双丘。甘美にして甘味なそれに、俺は常日頃からむしゃぶりつきたいと思っていた。


 しかし!! あの村ではそれは不可能だった!!!


 嘆かわしきかな。かの村には砂糖もなければ赤い果実も実っていない。カスタードを作れるような材料は不足しているし、そもそも俺がキッチンに立とうものなら、料理に毒でも仕込むつもりかと吊し上げられる始末である。


 まったくなんて非常識な老人共か。もう少し油断してくれれば毒殺できたものを……。ともかく、あの村ではおっぱいプリンを作る隙などありはしなかった。


 苦節9年。あの日、始めて手に入れたエロ本に書かれていたおっぱいプリンを、作るチャンスが訪れたのである。


 材料は十分にそろえた。魔導具も道具も一通り借りてきている。型も用意した。カスタードプリンの作り方も覚えた。あとは――


「料理経験0日の俺の手が、どれだけ暴れるか、だな」


 ともあれ、毒殺上等の看板は村から追い出されたときに捨てて来た。もう怖いものは何もない。いざ、クッキング!!


「乳はでかければデカいほどいいのは必然……牛乳は多めでいいな」


「乳白色を再現するには……あまり蒸さないほうがいいか」


「サクランボは添えるだけ……よしっ!!」


 蒸気の魔道具で蒸して、冷凍の魔導具で冷やしてさっそくおっぱいプリン第一号が完成した――瞬間に形を保てなくなり崩れた。


「なんでだぁああああああああ!!!」


 崩れ落ちる様はまるで魔獣襲撃に遭った城壁のよう。儚く散る様はまるで砂上の楼閣。杜撰の一言に尽きる一回目の挑戦は、叶わぬ夢が如く無残な最期を遂げたのである。


 崩れ落ちた乳白色のプリンの残骸の上に転がるサクランボは、まな板のように平らな皿に赤い頭を晒している。それを見た俺は思わず叫んだ。


「貧乳は俺の趣味じゃねぇええええええ!!!」


 怒りのままに残骸を貪り喰らった後、二度目の挑戦が始まる。


 ただ――


「黒い!!」


 二度目の挑戦で生まれたのはまさかまさかの暗黒物質。触れた先からボロボロと崩れるそれは、えも言えぬ触感をしている。無論、食感も文字にして表すことが不可能なほどには不可解なものであり、残飯処理の一口目を凄惨なものとなる。


 果たしてこれは料理と言っていいのだろうか。残飯という文字すらも適当とは思えない味付けは、むしろ毒物劇物にあたる吐き気を齎し、現場をより凄惨なモノに仕立て上げた。


「もういっきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 やけである。くそである。二つ合わせてやけくそだ。

 ここまでくるとテンションを上げてないとやってられない。というか、料理というのはここまで重労働だったのか。まったくもって、今まで料理を作ってくれた人々には頭が下がる思いである。ただしクソ爺。てめーはダメだ。


「どっせぇえええええええええええいぃ!!!!」


 そして巡る三回目。簡易冷凍の魔導具から掛け声とともに取り出されたる双丘は、見事な形をもって俺の目の前に顕現する。


「こ、これは……!!」


 至高の曲線美を辿って艶めかしくつややかに仕上がったプリンは、甘い香りを漂わせながらようやく俺の眼前に姿を現した。一秒、二秒――十秒たっても崩れないその堂々たる様は、まさしくおっぱいプリンの名にふさわしい貫禄である。


 三回目にしてようやく完成したそれは、しかしまだおっぱいプリンとはいえない。なぜならば、その頭頂部は未だ真っ白なカンバスでしかなく、あるべきはずの赤色が備わっていないのだから。


 ここにサクランボを乗せることによって、我がプリンは至宝の美となる――


「なんでだぁああああああ!!!!」


 しかし、サクランボを置いた瞬間に赤はプリンに埋もれてしまった。……おっぱいプリンのど真ん中を貫通する形で。


 やはり強度か。強度が足りぬか。なにゆえに足りぬのか。


「もやかっぁあああああああああいい!!!!」


 言語機能に支障が出ても続けられるおっぱいプリン制作。意地とロマンが俺の体を突き動かし、四回、五回と失敗と挑戦を繰り返した。


 ただし、やはり出来上がるのは到底おっぱいプリンとは呼べないような代物ばかり。張りを出そうとすれば石のように硬いそれが出来上がり、ぷるんとした感触を作り出そうとすればゲル状の何かへと姿を変え、生き生きとした見栄えを作り出そうとしたら動き出す――一体俺が何を作っているのかわからなくなるほどに、料理制作は難航を極めた。


 そして17回目。用意した材料が付きかけて来た時、それは訪れたのだった――


「こ、これは……!!」


 ぷるんと揺れるプリン。その感触、張り共にこれ以上ないほどの出来栄えであり、形が崩れる様子もない。ここまで来たところで、俺は涙が出て来た。しかし、泣くにはまだ早い。完成系にサクランボを……サクランボを添えなければいけないのだ!!


 添えた。崩れることなく、二つのサクランボが双丘へと添えられた。


 こ、これだ……これこそが、俺の目指していたおっぱいプリン……!!


「なんて神々しい……」


 乳白色の揺れが放つ色めきは神々しさすら放って見える。ただの食物だというのに、俺はこのためだけに生まれてきたような、そんな錯覚を覚えてしまう。


 自然、おっぱいプリンを前にして無意識で手を合わせていたことも、不思議なことではないだろう。祈祷。それは人間に与えられた最大限の敬意であり、感謝なのだ。


 そしていま一度言おう。


 俺は、このために、生まれて来た……!!


「あ、ハイリ。それ食べないなら貰うぞ」

「あ?」


 それは一瞬のことであった。何をしに来たのか、厨房に現れたブディールは、俺が祈祷している隙におっぱいプリンの肝たるサクランボをちょいとつまんで食べやがった。


 それが戦争の引き金になるとは知らずに――


「何してくれやがるんじゃコラぁああああああ!!」


 ブディールを襲う火の玉ストレート(拳)

 祈祷の姿勢から放たれるそれは、信仰心を怒りへと変換したエネルギーによって空気を切り裂きブディールの命へと迫る。


「うぎゃぁあ!! くっ、気でも狂ったかハイリィ!! 死ねぇええ!!」

「なんぼのもんじゃぁああああああいいい!!!」


 しかし、それを受けて終わるブディールではない。そして、一撃をもらって反撃をしないブディールでもない。


 ここから殴る蹴るの喧嘩になったことは言うまでもないだろう。そして、大騒ぎの結果、ローディアの魔法によって氷漬けにされたのもまた、言うまでもないことだろう。


 結局、俺はおっぱいプリンを作ることは叶わなかった。


 それでも、そこに至ろうとした道は確かに幸福だったと言えよう。


 おっぱいを夢見て、おっぱいを追い求め、おっぱいを夢想し、おっぱいに激怒する。


 その時間のすばらしさを胸に、この言葉で今日一日を締めくくろうと思う。


 すべての巨乳に幸あれ。


 今日はよく眠れそうだ。

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神様の生贄になるはずが神様を生贄にしてしまいました @redpig02910

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