『御前会議』(三話か四話の後に挿入する)

 9時59九分。

 海が見える片田舎、某県某子にワルマートの本社は存在する。建設費や賃料を抑えるためあえて都会に本社を置いていない。また支社や物流拠点なども過疎地域を利用したり、トラックによる物流も交通量の少ない夜間に長距離運転で行うことを徹底している。

 それに加えて狂気的なまでの出店数と、抵抗勢力を排除するための武力行使。経済的打撃と物理的な支配。そしてあらゆるコストカットによりワルマートは日本を支配できるようになったのだ。

 だがそれすらも始まりに過ぎない。

 本社にある大会議室。

 体育館なみに広いそこは無機質で、十数メートルの長テーブルが中央に一つ。その上座には虹色の髪をした女性が鎮座していた。壁掛けの巨大時計の針がカチッと動き10時になる。すると大会議室の扉がギィ……と開き、スーツを纏った大勢の人たちが一斉に入ってきた。

「「「エブリデイ・ロー・バリュー!」」」

 まるで軍隊の行進のように整った動きで男女合わせた百名以上が次々に席に着く。彼らはワルマートと取引のある大企業や納入業者の社長たちだ。

 自らの利益を得るために批判を受けながらもワルマートと手を組んだ者。

 ワルマートの影響を受けて閉店した商店街の中小企業の経営者。

 どんな事情にしろこの《御前会議》に集まったメンバーはワルマートの協力者だ。彼らがワルマートの――摩天孔雀の無茶な要求に応えているからこそ、国民は格安で便利でそこそこ質の良い物を買えているのだ。

「今日の書記は誰だ?」

「……私、進藤が務めさせていただきます」

 そう答えたのは七十を過ぎた男性だった。ビシッとスーツを着こなしているがその瞳に活力はなく、孔雀の一挙手一投足に怯えている。彼は昨年の暮れにワルマートによって白旗を上げた潟下商店街の商店会長だ。

 長年経営してきた《進藤印刷》も今はワルマートに格安で仕事を発注され、今日を生き抜くことで精一杯だ。

「御前会議は短い。書き漏らしの無いようにしろ」

「承知いたしました」

 会場に緊張が走った。御前会議では新参の経営者が書記を務めるのが慣例になっている。

 そこで少しでも議事録の内容に不備があるとその企業は即、ワルマートとの取引が打ち切られてしまうのだ。

 そんな緊張の中、孔雀は口を開く。それと同時に彼女の背後のスクリーンに資料が投影される。

 そこには《大創業祭》と書かれていた。

「諸君らの励みにより弊社の躍進は止まるところを知らない。今やワルマートは日本一の大企業となり、その名を知らぬ者などいないだろう」

 集まったメンバーの中にはワルマートに苦渋を飲まされた者も少なくない。だから孔雀の発言に内心反感を抱いている物が殆どだろう。

 だが三十歳そこそこでこの地位を手にした才女はまさにカリスマ。ひとたび彼女が口を開けばその言葉が圧倒的な支配力となり、聞く者を服従させるのだ。

「そこでワルマートは創立十年の節目となる9月に大創業祭を開始する」

 後ろのスライドが切り替わり作戦概要が何枚か流れると場内にはどよめきが溢れた。

「発言のある者は挙手をしろ」

 一人の男性が手を上げると、進藤も素早く彼の名前と企業名をチェックする。

「孔雀様。ここまでする必要はあるのでしょうか? 確かにこれが叶えば我が社は莫大な富を得ます。……ですがこれはさすがにやりすぎではないでしょうか。近年は過剰なダンピングやワイルドファイア部隊による武力行使が問題視されておりますし……」

 ワルマートはこれまでライバルになりそうな店を潰すため、極端に値段を下げてその店の客を奪ってきた。さらにそれでも潰れない店や、潟下、千秋町商店街のように出店を拒む地域には武力で制圧を仕掛けている。当然これに対しては各地で批判的な声が相次いでいるのだ。

「貴私の計画を否定するのか?」

「い、いえ! 決してそのようなことは」

「なら代案を出せ。私の《大創業祭》を大きく超える素晴らしい代案をな」

 静まり返った。

 大創業祭の内容は一企業が行うにはあまりにも極端で人道的にも外れている。今でも十分に悪名を轟かせているが、それすらままごとのように思える事業内容だったのだ。

 するともう一人の男が手を上げた。

「孔雀様……私はもう我慢できません!」

 また別の緊張が走る。ワルマートにおいて孔雀は絶対の存在だ。彼女を否定することは謀反に等しい。

「貴様――自分が何を言っているか解っているのか?」

 蛇に睨まれた蛙とはまさにこのような状況のためにある言葉だ。他の参加者も額に汗を滲ませながら行く末を見守っている。

「わ、私は……もう、故郷のような町を……見たくはないんです……」

 後半は涙交じりにそう語った男は、腫らした瞳で孔雀に懇願するように申し出た。これには進藤も潟下商店街が敗北した時を思い出したのか、俯いて記録の手を止めてしまう。

「貴様は?」

 孔雀はチラリと進藤を見ると彼は「早乙女です」と答えた。

「――ああ、思い出したぞ。そうか大盤市の」

 まるで一週間前の夕食を思い出したように、表情を変えずに淡々と口にする。

「あなたにはただの一日だったかもしれない。……だけどワルマートがやって来てから町はめちゃくちゃだ」

「それはお前たちの努力不足だ」

「しかしっ! あんな大勢に攻められては従うしかない! だから私たち夫婦は娘と別れて町を捨て、あなたの元で働いてい――」

「ふざけるな」

 静かな声圧に彼らは押しつぶされそうになる。

「世の中金だ。金は力だ。そして私は得るために努力を惜しまなかった。ゆえにお前たちは白旗を上げた。違うか?」

「む、無茶苦茶だ! 私たちのような中小企業は札束に殴られたら簡単に消えてしまうんだ! あなたには人の心がないのですか!?」

 再び場内にざわめきが起こる。だが孔雀は顔色一つ変えずに、

「生きるだけなら出来るだろう。土地を捨て、見栄と贅沢を脱ぎ、公園で水を汲めばいいだろう。私はそうやって生きてきた者を知っている。お前たちにそれが出来ないのはなぜだ?」

「……そ、それは」

「大切な物は守りたいが力はない。だから長い物に巻かれて暮らしているのではないか? ――にもかかわらず綺麗ごとを並べれば誰かがそれを聞いてくれると信じている。いいか。生活は多くの犠牲の上に成り立っている。その真実から目を逸らし中途半端に生きてきた結果が今の貴様らだ」

 早乙女は言い返せなかった。

 生まれ故郷の商店街がワルマートにより崩壊し、早乙女夫妻は苦渋の決断を強いられた結果、渋々ワルマートの取引先となり生計を立ている。売上げは激減したが、それでも夫婦二人での生活と復興資金を貯めるには故郷を離れてワルマートと商売をするしか道はない。そしてそんな人たちがこの部屋の大半を占めているのだ。

「で、ですが……」

「二度言わせるな」

 そしてスクリーンが消えると、

「大創業祭に参加しない者は即刻取引を停止する。諸君らの働きに大いに期待する。――以上だ」

 全員が一斉に立ち上がり、再び一糸乱れぬ動きで扉へと向かっていく。最後に早乙女が退室する時、進藤と目が合った。

 どちらも故郷を荒らされ商店街を奪われた者同士、孔雀には思うところがあるのだろう。だがどんなに彼らだけが頑張ってもこの状況は覆らない。

 進藤も悔しさに手を震わせながらなんとか議事録を書き終わると最後に部屋を後にした。

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11作目ネタ あお @Thanatos_ao

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