11作目:冒頭

 二〇二三年。九月某日。

 ワルマートは潟下(かたしも)商店街へと侵攻を開始した。


「はーっはっはっは! お前ら弱小商店街の規模で、我々巨大スーパーマーケット《ワルマート》にかなうとでも思っているのか!」

 声の主はワルマートの男性幹部だ。

 全身を包む濃い藍色の制服にはWM(ワルマート)のワッペンが付いている。

 そして軽自動車ほどもある大きさの“戦闘用買い物カート”に乗り、大勢のパート戦闘員を従え進軍してきた。

 彼の「撃て!」という号令と共に、マシンガンのけたたましい音がなり響くと《500ワルカ》の弾丸が次々と放たれる。

 店や倉庫は次々と破壊され、戦う人たちも派手に吹き飛んだ。

「はーはっはっは! 今の数秒で使った金はざっと数十万円――じゃなく“数十万ワルカ”ってところかな。経済力が違うのだ。おとなしく降参して《摩天孔雀様》の奴隷となれ!」

「くそっ、なんて強さじゃ。武器は、武器はもう無いのか!?」

「もう尾崎のばーさんが作ったゴボウぐらいしか……」

「弾は!?」

「伝助さんのトマトならコンテナで大量に……」

「あるだけ持てぇい!」

「進藤商店会長、無理です。諦めましょう」

 ゴボウとトマトを両手に抱え、男が涙目に進言すると続ける。

「もう商店街の時代じゃないんですよ。誰だって、何でもあって安い店があったらそっちに流れる。俺たち、今までよく頑張りましたよ」

 接近した戦闘用買い物カートから、幹部は彼らを見下ろすと、

「その男の言うとおりだ。人口と若者が減った商店街に何が出来る。おとなしく《白旗》を上げ、ワルマートで働くがいい! 時給は五百ワルカだがな。はーっはっは!」

「……ここまでか」

 進藤会長は震えるこぶしを握りながら、後ろを振り向く。

 そこには老若男女問わず、戦った商店街の人たちがいた。

 みんな疲れ果てて、目から光を失っている。

 農機具店や工具店からかき集めた武器は折れて散らばり、裁縫店が準備した靴や防具も粉々に打ち砕かれた。

 戦闘指導にあたってくれた運動教室の先生も、敗北を前に呆然としていた。

「会長、このままじゃ本当におしまいです。もう言うとおりにしましょう。野垂れ死ぬよりマシじゃないですか」

「……そうじゃな、生きていればいずれ……」

 そうして握ったこぶしをゆっくり開くと、胸元から白旗代わりの布切れを取り出した。

 幹部男性はニヤリとわらい、CEOの孔雀へ連絡を入れようとする。

 その時だった。


「ライジング――インパクトぉおおおおおおお!!!」


「なんだ!?」

 声と共に青白い稲妻。

 揺れる地面に巻き起こる砂煙。

 百人規模のパート戦闘員が一気に吹き飛び、幹部の男は驚きの声を上げた。

 砂煙が収まると、進藤会長とワルマート幹部の間に降り立った人物が露わになる。

 それは一人の少女だった。

 赤みがかったウルフカット。

 青いツナギ。

 そして両手持ちの大きな草刈り機を携えている。

 その先端は通常の刃ではなく、フレーム全体が青白い電気を帯びた棒状のスタンガンだ。

 少女は幹部をキッと睨みつけながら、

「すまねぇ、遅くなった」

「あ、あんたは……」

「千秋市千秋商店街の《大神あさひ》だ」

「おおぉ……! 剛龍寺(ごうりゅうじ)会長んとこの便利屋さんか!? 噂は聞いておる。いろんな商店街をワルマートから守っていると」

 進藤会長が喜びの声を上げると、他の町民も沸き立った。

 あさひは幹部に注意を向けたまま振り返り、布切れを握りしめている会長を見た。

「それ大切なもんじゃねーのか」

「亡くなったカミさんが誕生日にくれた手ぬぐいじゃ。でもどうしてわかるんじゃ」

「名前が入っている。それによく手入れされていて綺麗だ。こんな埃っぽい場所で出していいもんじゃないよ」

「……ありがとう、……あんた、ありがとう」

 涙声になり頭を下げる会長に、

「礼には早いぜ」

「本当にありがとう。じゃがワシらにはもう戦う力も人も残っておらん。せっかく来てくれたのに、お主の役に立てそうにない……」

 あさひは周囲を見渡した。

 一番元気そうな人でさえ、手や足を抑えて上を向いているのがやっとという状況。

 だが彼女は笑顔を見せ、転がっているトマトを拾って袖で拭くと、がぶりと噛んで一気に食べた。

「これで十分。ごちそーさん」

 再び敵に向き直ると、腰に巻いたベルトポーチから《混合ガソリンカートリッジ》を数本取り出す。

 手のひらに収まる円柱状のそれをエンジン部分に装填すると、チョークレバーをオンにしてリコイルスターターロープを力強く引いた。

 ブォォォン! という音と共にそれは振動し、青白い稲妻がブレードを纏う。

 空気が震えた。

「ほう、少しは骨のある奴が出てきたな。だが所詮一人」

 どこからともなく、再び大量のパート戦闘員が現れると無数の銃口を向けながら進軍してきた。

 びちゃり、とトマトが踏みつぶされる。

「てめぇら……いい加減にしろよ」

 あさひは怒りと共に低い声を絞り出し、草刈り機の持ち手を握りしめると、稲妻の出力を最大にして重心を低くする。

 そしてバネに弾かれたように飛び出すと、500ワルカの弾丸を受け流しながら幹部の乗るカートめがけて突撃したのだった。

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