神なき平和のパライソ

威岡公平

プロローグ

「文明の営みのあり方を規定するものが"神秘"のヴェールで覆われていた、その最後の時代」


史書はこの時代をそう記述する。


古く文明の中心と見做されていた"大陸"から海を隔てて、北東から南西へとゆみづる状に緩くカーブしながら縦走する大小の島々がある。


黎洲七十七洲。


 この島々に住む平地の民たちは、彼らを養う国土その土壌の色を取って、海の向こうの「外」の世界と分ける名として「黎洲」の呼び名を用いた。最も大きな島嶼の中心を走る"竜骨山脈"はじめ、列島に聳える山々はその背で雨を受け止め、数千、万にもおよぶ大小の河川として遍く国土に水脈を走らせる。

 海峡と河川によって切り分けられた、無数の山岳と黎土くろつちの平野。平地の民たちはそうした理解の上に天地を、国境の内外を、世界のすべてを解釈した。彼らにとって「国」とは「洲」であった。


 黎洲の戦乱は、王家と王権の簒奪者たちの勝者なき戦いに端を発する。


 黎洲に最初の「王」が現れてから千年、王権は失われ、最初の王の末裔たるみかどはただ皇京みやこに座して、祭礼と栄典の授与のみを僅かに残された権能とする存在へと零落した。

 そして権力闘争に勝利した軍事貴族──武士たちもまたしかし、新たな「王」を生むことはできなかった。彼らは彼ら自身が頂く"武家の棟梁"将軍が「王」となることを拒否したがために。

 八代に跨る闘争の果て、第九代に至って、将軍家は有力諸侯を悉く屈服させる。平地の民の力を結集した九代将軍は、夷狄──亜人種、長命種、怪異、そしてあらゆるまつろわぬ者達──の棲まう領域へ侵攻する。最大領土を獲得したかに見えた平地の民たちだったがしかし、反逆者の刃によって彼女の首は地に落ちた。


そして後には、うつろとなった"武家の棟梁"の座だけが残される。


 この"将軍空位時代"は、それ以前の時代の争いの火種すべてを巻き込み、黎洲全土を覆う。

 一度は北嶺ほくれい南溟なんめいの果てに押し込まれたまつろわぬ者達は息を吹き返し、武士たちが去った後の征服地と残された平地の民を襲った。

 有力寺社は更に僧兵や陰陽師を抱え込み、神霊の力を頼んで武装化された山門は平地の民たちの住む領域を守る最前線の役割を担っていく。

 そして主を失った連合軍が瓦解し各地の所領に退いた武士達は、各地で勢力を旗揚げし、彼らによってまとめ上げられた平地の民同士で、残る人類の領域を争う絶え間ない闘争が繰り広げられる。


 「最初の王」の零落の後、将軍と武家達が権力を争った百五十余年。

 将軍に束ねられた武士と平地の民達が征服戦争を繰り広げた二十余年。

 将軍の首が落ち、「人」同士が、「人」と「そうでない者達」が生存の糧を争って戦うようになってから百余年。


 終わることのない戦いの連続の日日に、誰が言い出したか、いつからかこの百余年をさして人は「戦国時代」と呼んだ。


 百年の戦乱は"三百諸侯"と呼ばれた各地の大名を11の列強に淘汰し、列強達の戦力均衡パワーバランスは膠着と停滞を

 東洲と並んで黎洲最大の列強・○○家は△△家の侵攻に大敗を喫する。みかどの座する皇京みやこを"弓箭の失政"に晒し多くの将兵を喪った○○家は畿内の覇権を失い、残党は南の山地に、西の旧領へと分かれ、逃れた。


 年号は改まって、天煕元年。 


 都に、鄙に、あるいはまつろわぬ者達の住む"僻境"に。

 三百年の戦乱の終わる"最後の時代"と、その次になにが来るのかを、この黎洲に住むもの達は、誰もまだ知らない。

 誰もまだ知らぬまま、剣乱の波は小さく、確実に震え始めていた。

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神なき平和のパライソ 威岡公平 @Kouhei_Takeoka

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