最終回

 今思えば、そんなつもりはないですよと否定したかったのだと思う。


 そう言わなかったのは、無意識の内に魔法少女を呼び戻したかったと、自覚していたからではないだろうか。


 誰よりも魔法少女を誇りに思い、夢に見ていた柊くんは、自分を倒してくれる魔法少女を呼び戻したかったのかもしれない。


「久しぶりだね、柊くん」


 重く沈み込む灰色の雲が頭上を塞いでいる。

 不吉な音の数秒後にはあちこちで雷が落ち、一瞬の光を灯しては消えていった。


 激しく不規則な怒りが充満している。まるで今の柊くんのようだ。


 三ヶ月前と変わらないスーツ姿で、柊くんが目の前にいる。


 ただしその足は地上に着いておらず、数多の命の頭上に立っていた。彼が一度手を振りかざすだけで、何百何千の命が失われることだろう。


 社会人よろしく後ろで手を組んだ柊くんの背後には、見知った顔がいくつもあった。かつての戦友が、苦々しく、あるいは怒りをあらわに控えている。


 皆、私と同じように魔法少女のコスチュームに身を包んでいた。違うのは、立場だけだ。


 人類を滅ぼすか、人類を守るか、ただそれだけの違い。


「やっぱり来てしまったんですね」


 諦めたように言う柊くんに、迷いは見えない。この三ヶ月の間に覚悟を決めたのだろう。


 人類を滅ぼす覚悟ではなく、私と戦う覚悟を。人前者はきっと、随分前から決めていたはずだから。


「言ったでしょ、きっと戦うって」

「そうですね。でも、来てほしくなかったです」


 背後にいた魔法少女の一人が、前に出ようとする。

 柊くんに片手で制された彼女は、それでも気が収まらなかったのか叫んだ。


「お姉ちゃんを見殺しにした人間の味方をするって言うのか! この裏切り者!」

「落ち着いて、ヒトミさん」


 ヒトミさんと言われた彼女は、知り合いではないがなぜか既視感があった。名前にも聞き覚えがある。


 記憶をひっくり返していると、アサカちゃんが昔見せてくれた家族写真を思い出した。そうか、彼女はアサカちゃんの妹か。

 姉妹揃って魔法少女とは、才能に恵まれている。それがいいことかは、わからないけれど。


「ヒカリさん、今からでも遅くありません。俺達の仲間になりませんか?」


 柊くんが手を差し出してくる。歓迎の意を示されたが、私はピクリとも動かなかった。


「駄目ですか。ではせめて、逃げてください。俺達に立ち向かわないで」

「それもできない相談だね」


 この三ヶ月の間に握り続けた相棒を振りかざす。

 ブランクが長く感覚を思い出すまで苦労したが、体は覚えていた。魔法を放つ角度、適切な呪文、攻撃のタイミング。死を回避する本能まで研ぎ澄まし、今ここに立っている。


 魔法ステッキの切っ先を柊くん達に向ける。背後の魔法少女らが同じように構える中、柊くんだけが手を後ろに組んだままだった。


 ゴロゴロと雲の狭間から絶え間なく聞こえる不気味な音。けれどしばらく、その光は現れていない。


「私は魔法少女だから、戦うよ」


 頬が濡れた。雨だ。窺うような控えめさはすぐになくなり、すぐに激しく降り注いできた。


 大粒の水滴に髪の毛がぺしゃんこになる。余計な消費をしないよう、防御魔法すらかけていなかった自分の体に、服が張り付く。


 柊くんはそこで初めて、後ろに組んでいた手を前に出した。その手には、黒い傘が握られている。

 銀色の切っ先が、ステッキと対するように向けられた。


「たった一人で?」

「たった一人で」

「勝ち目がなくても?」

「勝ち目がなくても」

「死ぬかもしれなくても?」


 すぐそこで音が鳴っている。一層激しい雷の予感に、私の体は震えていた。寒くて熱くて堪らない。


「死なないよ、勝つから!」


 柊くんは本当に嬉しそうに笑って、それから傘をバッと広げた。大きな黒い傘の切っ先から、雷よりも激しい閃光が放たれる。


「やりましょうか、魔法少女!」


 ピシャーーンッ!


 一際大きく鳴り響いた雷の音が、人類存続を賭けた戦いの合図となった。

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舞い戻れ魔法少女 島丘 @AmAiKarAi

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