高校生になって彼と出会いました。

 通っていたのは幼稚園から大学まである大きな学園で、小さな子から大きな大人に至るまでが毎日通学してはそれぞれの学び舎で勉学に勤しんでいました。エスカレーター式に小さい頃からの友達がずっと一緒に居てくれるそんな世界に、1年生の7月、夏休み直前に転校生がクラスへと来たんです。


「初めまして、転校してきました、木島隆です。よろしきゅお願いします」


 あ、噛んだ。


 隆に抱いた最初の印象はこれでした。緊張に弱いようでそう言ったあとで顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていました。席は厳正なるとは言い難い恣意的な作為によって、クラス委員長の私の後ろになりました。


「館川さんだよね。色々教えてください、お願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 館川あかね、これが私の名前、だけれどもっと別の渾名もありました。


『高利の美少女』


 氷じゃありません。三白眼に長い黒髪と細面で見た目からしてきつそうな外観、制服を規則通りに着こなし、威圧しているわけじゃないのに威圧して見えてしまう。高利貸しでいそうな悪女、がぴったり合うイメージで、小学校の1年生で喧嘩をけしかけてきた6年生を、一言も口を利かずに、眼力と平手打ち1つで打ちのめして以来、定着した渾名でした。

 私もそれを便利に使うすべを身に着けていたので、クラスでも浮くことは無く、いえ、少しは恐れられていたから浮いていたよと、隆に言われましたっけ…、だから、まぁ、普通の学生生活を送れていたと思います。

 昼休みに校内の案内を先生から言い使って、物珍しい転校生を取り囲んで皆が浮かれている中、私は連絡をするかのように隆に校内を案内する旨を伝えました。冷ややかな口調で抑揚のない声、それを聞いたクラスメイトはゾッとしたようで、少し距離を取りますが、隆だけは違いました。


「はいはい、お願いします」


 私も含めて全員が驚きの目で隆を見ました。もちろん、私が一番驚きました。どんな時でもこんな返答の返し方を聞いたことが無かったからです。


何このいい加減な男。


 私が隆に2番目に抱いた感情は軽蔑のような感情でした。

 クラスメイトが隆から私の顔に視線を向けてきて、さらにぎょっとして一歩下がります。数少ない友人の、ああ、友人は数が少ないですよね。よっちゃんからは「殺しにかかるのかと思ったよ」と後で聞きましたが、それくらい冷たい顔をしていたようです、けれど、隆にはまったくもって気にならなかったようで、にこやかに私へとほほ笑んできました。


「もう少し笑ったら?綺麗な顔が台無しだよ」


 知り合って間もないのに、そう言って右手の人差し指で私のおでこをトンと叩いてきました。ああ、この時だったのかもしれません。


 此奴は軽薄な男なのだろう。徹底的にしごかないとクラスが迷惑を被るかもしれない。


そこから私は隆を目の敵のように思うようになりました。

一言一句を聞き漏らさずに一挙手一投足を見逃さぬように厳しい視線で隆を見ていました。


「ねぇ、制服のネクタイ曲がってるわよ」


「ねぇ、どうして机の中を整理していないの?」


「ねぇ、次は体育だよ、女子が着替える番なんだから出てってよ」


 こんなことを毎日のように言っていたような気がします。登校から下校までをずっと付きっきりで文句を言っていました。よっちゃんは「そんなに言ったら死んじゃうよ」と顔を真っ青にしていましたが、隆の行動は一向に改まらず、いえ、言い間違えました。ミリくらいは改善が見られたかもしれませんけれど、ミリの差が分からない私にとっては同じようなモノで、注意は一向に効き目がありませんでした。


「あのさ、なんでそんなに聞かないわけ?」


 ある時、頭にきて隆の机を両手で叩いて猛抗議を行いました。

 クラス中が静まり返ってしまって、今となっては反省しているのですが、言われた当の本人である隆はいつものように腑抜けた笑顔を私に向けてこう言ったんです。


「秘密が俺にはあるんだよ、それを高利の美少女、あかねが理解出来たとしたら、今後の行動を考えてやらんでもない」


「なによ、それ」


 渾名と下の名前でふざけて呼ばれたことにも腹が立ちましたが、それ以上に秘密と聞いてしまうと、何が何でも暴き出して、この縦横無尽で自由奔放な性格を叩きなおしてやらないといけないと考える様になりました。


「知りたいか?でも、教えてやんないよ」


 嬉しそうにそう言って揶揄ってくる隆に腸が煮えくり返りそうでした。でも、そうですね、よく考えれば見捨てて置くこともできたのに、私の元来の性格である始めたら最後までがそれを拒否して、結局として夏休みに入るまで、校内でのイタチごっこは続きました。


『おい』


『なに?勉強で忙しいんだけど?』


 夏休みに入って学校での交流が無くなっても、隆はときよりRAINのアプリで連絡を寄越してきました。書き出しは必ず「おい」で始まります。高校の宿題やその他の課題についてのことで真面な質問も受けましたが、それ以上に理不尽な言葉が飛んできたことも確かです。


「ちょっと町まで出かけないか?あ、前に罰ゲームで連れてけって言われたクレープ屋に連れてってやるよ」


「ちょっと海に行かないか?水着はいるな、ああ、泳ぐわけじゃないぞ、磯取りだ」


「ちょっと図書館で勉強を教えてくれ、どうしても意味の分からない古文がある」


 ああ、最後のちょっとは真面でした。

でも、結局、その図書館でさえも勉強をしたのは1時間程度であとは学校の出来事や読んでいる小説やニュースなどで喧々囂々と言い合いをしていた気がします。研究室という個室を使用していましたから、外に音は漏れなくて、互いに何気ないことを言い合っていました。


 夏休みの終わりには課外研修という課題がありました。初めてだった隆はそれだけは素直にどういったことをすればいいのかと尋ねてきたので、私はこれ幸いと思い一緒に課題をしよう言って隆を誘い出しました。


 課外研修というのは、自分でアルバイトでも博物館などでもなんでも良いので、体験をしてその経験から何を学んだかを論文にしたためて提出する課題で、他の学校にはない学園自慢の教育プログラムです。両親に事情を話して頼み込むと父と母は驚いたように顔を見合わせてから、嬉しそうに笑って同意書と泊りがけの研修を許してくれました。この時、初めて両家が顔を合わせたと思います。隆の両親と私の両親が今回の研修の成功を祈って食事会さえ開いてくれるほどでした。隆の両親は隆から想像できないほど立派な紳士と淑女でしたので、食事中に何度も別人を連れてきたのではないかと心配になって隆とご両親を見ていました。


 研修場所は京都でも由緒あるお寺にお願いをしました。

インターネットやおじい様、おばあ様に探して頂き、厳しいと評判であった「宿坊」での3泊4日の課外研修です。滝行から写経などなど数多くの研修で、大人でも厳しいものであるそうでした。当日は説明から始まり、写経、座禅、読経など数多くのプログラムをこなしましたが、隆は普段の行いが嘘のようにそつなくこなして行きます。


「彼は中々に見どころがありますな」


 指導役のお坊さんでさえも、そう言って隆を褒めています。


「貴女はもう少し穏やかにしてもよいのです、ゆっくりやりましょう」


 逆に私は注意を受けてしまってばかりでした。隆と同じようにそつなくこなしているはずなのですが、4日目を迎えてもなお、その注意は続きました。


「さて、ではお疲れ様でございました」


 すべての体験を終えて宿坊を後にしながらも、私の中にはもやもやだけが残ることになりました。隆の評価は上々でしたが、私の評価は中といったところだったことがどうしても腑に落ちず、それが悩ましい結果となったからです。


「どうしたんだ、そんなに落ち込んで」


「落ち込んでないわよ」


「嘘つけよ、結果に不満があるんだろ、俺が良くて、あかねは微妙だったからな」


 自慢するわけでもなく、隆は淡々とそれを言ってから、私の手を取ると引っ張り始めました。


「な、なによ、どこいくの」


「いいからついて来いよ。もう我慢できないや、秘密を教えてやるよ」


「引っ張らないでよ。言葉で言えばいいじゃない」


「言って通じないから困ってんだろ、だから、見に行くんだろ」


 京都駅から私達は電車に乗って奈良へと移動することとなりました。重たい荷物は隆が強引に私から奪い取って持ってくれて、私は隆の財布と私の財布の管理をすることになりました。奈良駅からはバスに乗って奈良公園へ向かいます。小学校の修学旅行で訪れた奈良は、あの時の景色と変わらないようにようでした。


「さ、行くぞ」


 バスを降りて東大寺へ続く参道を私達は歩いていきました。私は若干の疲れがでていたのかもしれません。足取りが重かったのですが、それに隆が気がついてくれて、喫茶店や途中のベンチなどで休み休みゆっくりと向かいました。


「鹿煎餅を買ってくるわ」


「なんで?鹿くらい気にしないわよ」


「そんだけ頭下げてるんだぞ、可哀そうだろ」


 ベンチで休んでいると数頭の鹿が私の周りに集まってきてしきりに頭を下げ始めていました。それを見て隆は不憫そうな顔をしてそう言って近くの煎餅売りのおばさんの元へと走っていきます。


「ほら、買ってきたぞ」


 4束ほどある鹿煎餅を見せびらかすように私に差し出しすと、先を争う様にして鹿の頭が割り込んできます。


「鹿、きちんと与えますから、静かにしなさい」


 私はそう鹿たちに言ってから何時ものように視線を向けました。

 鹿はそれに気がついてくれたのか、先ほどまでの勢いを無くして、その場に静かに佇むようにして私達をジッと見つめてきます。


「すげぇな、それ鹿にも通じるのか」


「当たり前でしょ、耳と目があるんだから、通じないのはあんただけよ?」


「あかね、時々、馬鹿なのか天才なのか分かんなくなるな」


 隆から尊敬するようなまなざしを受けながら、鹿煎餅を受け取り止め紙を取って一枚を近くの鹿へと差し出しだすと咥えて静かに離れていきます。一枚、また、一枚と、鹿へと咥えさせていると、スマホでその動画を撮影しながら隆が嬉しそうに微笑んでいます。


「なに?」


「いや、面白い構図だと思ってさ」


「どこがよ?煎餅を与えているだけよ?」


 あっと言う間に枚数が無くなってしまいました。残っていた鹿は数十頭です。どれもこれもきちんと待っているわけですから、与えない訳にはいきません。

 やっぱり可哀そうじゃないですか。きちんと待っている方に失礼ですし…ああ、この場合は鹿ですけれど。


「ねぇ、もう少し買ってきて、きちんと最後まで与えたいわ」


 私のその一言に何か驚くことでもあったのでしょうか?鳩が豆鉄砲をと言ったような、唖然としたような表情で隆が私をじっと見つめてきます。ほんのりと頬が蒸気しているようにも見えました。


「なによ?」


「ん?いや、何でもない」


「いいなさいよ、卑怯でしょ」


「卑怯だぁ?ああ、言ってやるよ、可愛かった。それだけだ」


「何が?鹿が?」


「ああ、もう。あかね、お前がだよ?」


「私が可愛かったの?」


「そうだよ、今の仕草は可愛かった。だから見惚れてたんだよ」


「普段から見慣れてるじゃない?何を馬鹿な事言ってんの?」


「お前、やっぱりすげぇな」


 何か呆れることを私が言ったのでしょう。何かに呆れ果てたように、でも、そこはかとなく悲しそうな顔を隆が見せて、でも、すぐに顔を背けて鹿煎餅を買いに行ってくれました。もちろん、後できちんとお金は払いましたけれど、どうにもこうにも、受け取るのを拒んでいることに腹が立ちました。


「さ、拝観でもするか」


 チケットを2枚買って大きな大仏殿の前に進み出でます。順路の指示に従って、少々騒がしい外国人観光客に圧倒されながら、線香を立ててお祈りをしていると、ふと脇に外国人の夫婦が寄ってきて声を掛けてきました。英語は得意したが、話しかけてきた夫婦の英語にうまく対応できないでいると、横から隆が助け船のように会話に割り込んできました。嬉しそうにすらすらと話し込んでいく隆の傍で、私はにこやかに笑みを浮かべながらも、悔しくてたまりませんでした。英語の成績も英語スピーチコンテストでも、上位の成績であったのに、今、目の前の現状では意味をなさず、ネイティブ並みの会話を楽しんでいる隆の傍に寄り添いながら、意味の分かるのに喋ることのできない悔しさに歯がゆい思いでした。


「なんだよ?」


「なんでもないわよ。貴方に出来て私にできないなんて腹立たしいじゃない」


「そんなこと当たり前だろ、お前が言うこと俺ができないんだからさ」


「それもそうね…」


「あ?馬鹿にしてる?」


「まさか、正しい意見と肯定しているのよ」


「口の減らねぇ女だな」


「それ、女性差別よ?」


「あ、それはすまん。ごめんなさい」


 日常茶飯事の言い合いをしながら、私と隆は大仏殿の本殿へと入りました。修学旅行の時には気にはなりませんでしたけれど、そのお顔を眺めていると、なぜか心が不安と恐れを抱くようになります。横顔を拝見しているだけなのにも関わらず、そのお顔に思わず身震いしてしまい、咄嗟に隆の腕に縋りついて抱きついてしまいました。


「なんだよ?」


「分かんないわよ。なぜか大仏様が怖いのよ」


「怖い?」


「ええ、そう、不安になりそう…」


「あんなに穏やかなお顔なのにか?」


「知らないわよ、何とも言えないの、不安と言うのか、恐れと言うのか、何かこう変な感じ…なんていったらいいのかな、そう見透かされている気がして…」


 会話の最後には私の声はどんどんと小さくなっていきます。どうにもこうにも息苦しくて、なにかこう、胸が締め付けられるような気持ちにさえなってきました。


「それ普通だぜ?てか、あかね、それが普通だよ」


「どういうこと?」


「お前さ、何に対してもドライじゃん。俺はてっきり感情のない冷血漢のような女か、はたまた氷の女王様みたいな女なのかと思ったけど、クラスメイトはあかねのことをほとんど悪く言うやつはいなかったし、よっちゃんに至っては真剣な子だからって言って庇ってさ、しばらく見ていて思ったんだけど、誰よりも真剣に取り組んで、誰よりも率先して行って、誰よりも真摯に向き合ってる凄い奴なんだなってことは分かった」


「そんなこと言われると、ますます不安になるわね」


「褒めてんだぞ?」


「あ、そう言うのは間に合ってます」


「腹立つな。ああ、そうじゃない。でさ、俺に突っかかってくるようになって、ずっと見てたんだけどな」


「気持ち悪…そんなに見てたの?」


「ちげぇよ」


「冗談よ、分かってるわ」


「腹立つな。会話打ち切るぞ」


「あ、逃げる気?男なら最後まで話しなさいよ」


「女尊男卑だろ、それ」


「女はいいのよ」


「本当に腹立つな。まぁ…いいか。でさ、お前をずっと見ててな、ふっと不安になったんだよ。人一倍努力してる奴がいつか何かにぶち当たって、どうしよもなくなった時に壊れてしまうんじゃないかって。何事にも真剣、だけど、その所作が俺は酷く怖くなったんだ」


「そんなこと…、いえ、でも…そうよね…。で、でも、今までは何とかなってきたわ」


 この時、初めて隆に嘘をつきました。

 何とかなってきたのはクラスの協力のおかげで、ただ一つどうにもならないのは隆自身の言動でした。よっちゃんに相談してはどうしたらいいのか真剣に考えて、実行してもその通りには程遠い結果に本当に辛かったのです。


「俺が言うことを聞かない事で困らなかったのか?」


「嘘言ってもしょうがないわね、困ってたわ、でも、意味がちょっと違うわよ、言うことを聞かせる、ではなくて、きちんとしてほしかったのよ。いつも腑抜けてばっかりだったでしょ?」


「そんなに腑抜けてたか?」


「そうよ。ダラシナイと言っては何だけれど、それに近かったもの。でも、隆のことですごく悩んだわ、四六時中、ずっと考えてこうしたらああしたらって悩みながら、それを実行しても、変化しないか、ズレた方向にいってしまう。貴方の言を借りるなら、確かに壊れそうになってたかも、今回の宿坊の件でそんな気がしたわ、さっきの外国人旅行客の話でもそう、できるはずなのに、できてるはずなのに、できない。私って駄目な奴って、もっと努力しなきゃって思ったわ」


「それ、間違ってるぞ、あかね、お前、肩の力抜けよ」


「は?なにが間違ってるのよ?」


「できないから努力するのはいいことだと思う、でも、できないから私って駄目な奴って考えることは間違いじゃないか?そう思ってできるようになっても意味は無いと思うんだよ」


「私に何か足らないって、そう言いたいのかしら?」


「まぁ、そうだな。端的に言うならさ、行為のみを考えるんじゃなくて、それ自体を楽しんでみたらどうだよ。ただ、目的だけのためにすることが良いこととは思えない」


「だって、最終的に正しく出来上がればいいと思うわ」


「それは違うね。頑張らなきゃって感情があって、頑張ってできても、できたって達成感が無ければ辛いだけじゃないか」


「何言っているのよ、次に進むだけじゃない」


「それってさ、きちんと咀嚼できてない気がするんだ。次々と新しいことにチャレンジしていくことは悪くない、でも、一歩立ち止まって、達成感をきちんと味わってから、次に進むべきだと思う」


「いや、私だって達成したらきちんと喜んでるわよ」


「それ、誰かと共有してるか?」


「まさか、自分でできたって思って終わりに決まってるじゃない。自慢する必要もないわけだし」


「あのな、誰かと共有すべきものなんじゃないのか?家族でも誰でもいいからさ」


「馬鹿ね、もう高校生なのよ。分別は付けるべきだわ」


「それは分別なんかじゃない、ただの怠慢だよ」


「そんなことないわ。大人になればもっとそう言う目にあうのよ」


「仕事だろうと、趣味だろうと、もちろん、学校のことだろうと、そうじゃないさ。お前、大仏様を見て不安になるって言ったよな」


「突然何なの?」


「今もそうか?」


 私は大仏様の顔を見上げました。横顔からでしたけれど、直視することのできない不安感が私の中に渦巻いて、しばらくすると視線を背けて床を見つめてしまいました。


「俺がここにあかねを連れてきたのはさ。大仏様を見ているとお前みたいに思えたんだよ。常にみんなのために頑張って、クラスを纏めて、必死に学校のことも、友人たちからの頼みもこなして、ああ、俺の面倒も見て、ストイックにいろんなこと頑張ってるのに、それに対して見返りって言い方は適当じゃないかもしれないけれど、当たり前のようにやり遂げて、でも、誰にも何も言わない。周囲が気にして察していても、それを気にも留めずに過ごしてるから、周りもそれが当たり前になってる。俺にはそれが酷く嫌だった」


「私はそんなに偉い人間じゃないわ、比べることなんておこがましいわよ」


「そんなことはない。それは間違ってるよ」


 私の両肩をしっかりと掴み視線を合わせて隆はそう断言しました。

 しっかりと体を掴まれて視線を他人と合わせたのは、生まれて初めてだったと思います。その表情はどこか悲壮感が溢れていました。でも、何かとても大切なことを言ってくれていることだけは、この時は微かでしたけれど理解ができました。


「隆が何を言っているのかは、正直、分からないというのが本当のところ。ずっとそんなこと気にしたこともないし、だから、それを今気がつけって言われても、正直、無理だわ」


「じゃぁ、交換条件と行こうじゃないか」


「交換条件?」


「ああ、俺はあかねが言ったことでできる範囲のことはするようにしていくよ。その代わりにあかねがどんなことでもいいから、その日あったことを毎日教えてくれよ。そうしてできているとか、何かこう褒めるべき、共感すべきところがあったら、伝えて一緒に祝ってやる」


「なにそれ…。でも、そうね、いいかもしれない」


 その言葉も初めて投げかけられるものでした。それはとても心地よい響きに聞こえて、何かむずがゆさと恥ずかしさがありましたけれど、心の中がとても温かくなった気がします。


「いいわ、私もそうしてくれたら懸案が1つ減るもの。きちんと伝えるわよ」


「ああ、俺もそうするよ。じゃぁ、俺たちは今日から友人じゃないな」


「とういうことよ、それ?」


「何でも話すし聞くって言っただろ、俺だって言いたいことは素直にあかねに伝えることにする。そうなってくると、親しい間柄だろ、それは、親友ってことになるんじゃないか」


「親友…ね。そう言った人は初めてだわ」


「まぁ、凄く強引だけどな。まぁ、よろしくな」


「こちらこそ、よろしくお願いします。こういう時くらい、きちんとした挨拶をしなさいよ」


「そうだな、よろしくお願いしみゃす」


「初日みたいに噛むんじゃない」


「すまん」


 ふっと見上げた大仏様のお顔は不安でしたけれど、これ以降、毎年、夏休みになると、隆と一緒に宿坊に泊まり、そして、大仏様を拝むようになりました。3年の夏には宿坊のお坊さんから隆と同じようにお褒めの言葉を頂けたことはとても嬉しくて、その場で思わず隆に抱きついてしまったほどです。


 高校の3年間は隆のお蔭で色々なことを、隆も私から色々な事を体験できたと思います。


 その後は2人で大学進学して高校の時と同じように半分を過ごしました。もう半分は恋人としてお付き合いをして、今は就職の関係でお互いに離れ離れになる生活となりましたが、それももうすぐ終わりを迎えそうです。


「この荷物ここでいいのか?」


「ええ、そこでいいわ。あ、開けないでよ。私が一緒に片付けるから」


「おう、分かったよ」


 新居での新しい生活、今度は夫婦として過ごしていくことになります。

 性格はこの通りですし、外見もあまり変化はないですけれど、でも、あの時から一つだけ変わったことと言えば、隆という存在がいてくれることでしょうか。


「ねぇ、前々から聞きたかったんだけど、この際だから聞いておくわ」


「なんだよ?」


「どうして、私をそんなに気にしたの?」


「あ…、それは…」


「なによ、顔を真っ赤にして」


「うるさいよ。そうだなぁ、こればっかりは文句を言わないで聞いてくれ」


「いいわよ、さ、言いなさい」


 深く息を吐きだした隆は、いつも話すようにしっかりと私に視線を合わせて、真剣な顔つきでじっと見つめたあと、小声でぼそりと呟きました。


「一目惚れだったんだよ」


 恥ずかしそうに頬を掻く隆を私はそっと抱きしめて耳元で囁いてやりました。


「今なら素直に言えるわ、教えてくれてありがとう」


 自分で言うのもなんですが、高利の美少女は氷の美少女くらいにはなれたのではないでしょうか。


 今はそう実感しております。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それは常に身近に…。 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ