納品

ぽわぽわしたモプに癒された翌日、私は中和剤納品のために工場へ足を運んだ。


「若様、やはり若様が直接行く必要は無いと思うでごんす。工場から人夫を呼んで回収してもらった方がよいのでは?」


「これも視察だよ、ゴンス。自分が関わる事業の現場位はちゃんと知っておくべきさ」


荷車を曳く大男の名はゴンス。優しそうに垂れた目尻と、それに反して鍛え上げられた身体が特徴だ。


「坊ちゃん、ゴンスさんの言う通りッスよ。めんどくさ……サボ……人夫の人達の仕事奪うのは良くないッス


ヤンスはキビキビ働こうね。この間市場でサボってたの知ってるから」


荷車を後ろから押す優男はヤンス。


「トリノ様、お疲れ様です!」


「あらトリノ様、チルミルの新鮮な果実が手に入ったんですよ。おひとつどうです

か?」


「あ、トリノ様だ!遊ぼう!」


市場を歩いていると、領民達に声をかけられる


「人気者でごんすねえ」


「ああ。これだけ顔が割れてると悪いことはできないな」


「悪いことする予定があるッスか?」


「そんなつもりは無いさ」




市場を抜け、工場へたどり着く


「これはこれはトリノ様、いつもご足労いただきありがとうございます。」


工場長はオバ・ユーノという初老の女性だ。人の良さそうな笑顔を……いや、実際人はいいのだが、うちの資金源であるシャンプー工場を取りまとめるだけあって、多方面に優秀な人だ。


「オバ、わざわざ出てこなくていいのに」


「ほっほ、トリノ様が来られるのにのんびり椅子に座ってる訳には参りませんよ」


「いや、オバみたいな古株を顎で使う方が気を使うんだけど」


「ほっほ、権力者とはそういうものですよ。トリノ様はジャモン辺境伯を継がれる御人、慣れていただかなくては」


「まあ、そうなんだけどさあ……」


「それに」


「ん?」


「トリノ様を嫡男としてしっかり扱わねば、どこぞの弟様が口を出してくるかもしれませんからね」


「どこぞのって……うちの弟じゃん」


弟のツギノとは、なんというか、あまり仲が良くない。いや、一方的にキツく当たられているというべきだろうか。

貴族の後継者というのは、基本的に嫡男が継承する。

しかし、嫡男に問題があったり、女性しか生まれなかったりで、次男以降や女性が継承することも帝国では珍しくない。南の王国だとまた結構違うらしいが。

まあ、うちの領地では私が嫡男として後継者教育を受けているし、将来的には私がジャモン辺境伯領を継ぐことになるだろう。というか、だからこそ領地を富ませるために試行錯誤しているのだ。貧乏暇なしな生活なんて嫌だよ絶対。


どの貴族でも大体二番目の子というのはスペアとして扱われる。後継者に何かあれば継承権が発生するが、何もなければ領主の補佐として生活していくことがほぼ義務付けられていると言ってもいい。

おそらくだがツギノはそれが気に食わないのだろう。


「兄さん、まだ領地にいたんですか?王都でも『大森林』でも好きなところに行ったらいいのに」とか

「領主になるのは僕なのになんで兄さんはわざわざ領主教育うけてるんですか?」とか

顔を合わせる度に中々に言いたい放題言ってくれる。

幼少期は「おにいたん」って後ろをよちよちついて回るかわいい子だったんだが。

いや、私にとっては今でも可愛い弟であることには違いない。生意気にはなったが、どうも嫌いにはなれないのだ。

どこそこで、次期領主は自分だー、とのたまわるせいでオバみたいな古株からは敬遠されているし、この歳から後継者問題が発生しているような事態は頭を悩ませているけれども。


それでも、昔みたいに仲良くしたいなあと思ってしまうのが兄心なのだ。

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目指せ異世界独裁者! しめりけ @antagatadokosa2147

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